『恩賞の刻、城主の覚悟』
九月の風は、米沢の山々を越えてやってきた。秋というにはまだ陽射しが強く、けれど夏の熱気はもはや影を潜め、風はしっかりと季節の変わり目を告げていた。
私は、藤次郎。伊達家嫡男、齢七にして、戦の策を講じ、相馬家を滅亡に追い込んだ──と、家中では言われている。だが、心の内はそれほど誇らしいわけではなかった。
今日、この米沢城の大広間で、相馬を討ち果たした戦の評定が行われる。戦勝を祝し、恩賞が与えられる場。
私は白張りの紋付を着せられ、喜多の手で髷を整えられながら、鏡の中の己をじっと見ていた。
「お顔が強ばってますよ、藤次郎様」
伊佐がくすくすと笑いながら湯上がりの香をふわりと私の肩にふりかける。
「緊張……というより、少し、怖いのかもしれません」
小夜が静かに告げる。そうか、私、怖がっているのか。
──戦に出たわけではない。けれど私の策で、家が一つ滅びた。誰もその事実を口にしないけれど、私だけは知っている。地図を描き、兵の流れを定め、嘘を広め、武器を鍛え、命を預けた。
家臣たちが私を見て、何を想うか。
◇
大広間には、ずらりと家臣団が並んでいた。
父──伊達輝宗公は上座におわし、家老衆を前にして穏やかに笑みをたたえていた。鬼庭左月殿、遠藤基信殿、伊達実元殿をはじめ、武功を挙げた将らが一同に居並ぶ。
父が口を開いた。
「皆の者、よくぞ働いた。相馬は滅び、我が南方の地に新たなる道が開かれた。これぞ、皆が一丸となって戦った賜物なり」
どっと湧く喜びの声。家中は誇らしく、晴れやかであった。
「鬼庭左月には小高城を預ける。遠藤基信相馬郡新地を領地として与え中村城留守居役、守りを委ねよう」
恩賞が次々に下されていく。兵糧の充実に貢献した者、兵を率いた者、鍛冶を司った者までもが褒められ、礼が述べられた。
そして、父は静かに私を見やった。
「さて──」
一瞬、場がしんと静まる。
「藤次郎、そちにも聞こう。望む恩賞があれば申してみよ」
ざわっ、と家中がざわめいた。
七歳の童子に恩賞など──と、声に出さずとも誰もが思ったのだ。
私は、父を見て言った。
「はっ、拙者が望むは……相馬中村城にございます」
今度こそ、大広間がざわめきに揺れた。
驚き、呆れ、ある者は笑いすら含んだ。
だが、そのとき、ぴしゃりと一喝した声が広間を叩いた。
「静まれい!」
鬼庭左月殿の咆哮だった。
「この小僧、ただの童子ではない。相馬を討ち果たした策、道、兵糧の流れ……全て、この藤次郎様の絵筆より始まったこと、忘れたか!」
その場が凍りついた。
左月殿が口元を整え、続けて言う。
「されば、中村城の与力には遠藤殿、近くの小高城には儂が入る。遠藤家そして鬼庭家が藤次郎様を補佐し、万が一にも乱なきよう万全を期す。異存あるまい」
遠藤基信も同意の頷きをすると誰も何も言えなかった。
父が笑った。
「ならば、決まりじゃ。相馬中村城は藤次郎に与える。基信、左月、それに大内定綱、藤次郎を任せるぞ、良いな」
家臣たちは静かに頭を垂れた。
鬼庭左月殿のその瞳に、確かな信があった。
──私は、認められたのだ。一人の武将として。
私はその場にて父に向って、深々と頭を下げた。
「ありがたき幸せにございまする」
この一言に、私の未来がまた一歩、戦国の坂を上っていった気がした。