プロローグ 『青き竜は、寝落ちから目を覚ます』
──手紙は、宮城県・瑞巌寺の改修作業中に見つかった。
職人のひとりが床下の古木を外した瞬間、ふと手のひらに収まる古びた巻物が現れた。
それは、何百年もの時を超えて、この現代に顔を出したのだった。
墨の香りはまだ生きていた。紙は黄ばみながらも、文字のひとつひとつが力強く筆を走らせている。
「拝啓。
お元気ですか。私は元気じゃありません。今、右目がほとんど見えません。
というか、疱瘡が痛いです。助けてください。
あと、パソコンの中の“青春の黒歴史”だけは絶対に見ないでください──」
ふざけているようで、どこか切実なその筆致に、発見者は最初ただ笑った。
だが──その署名を見た瞬間、背筋が凍った。
「奥州・伊達家当主 伊達藤次郎政宗
……もとい、茨城県立北常陸高等学校二年B組 黒川真人」
現代の名と、戦国大名の名が、同じ筆跡で並んでいる。
ありえない。だが、炭素年代測定の結果は“戦国時代末期の本物”と出た。
この巻物の主──黒川真人なる人物は、今からおよそ450年前、伊達政宗として生きていたのかもしれない。
記録にはこうある。
「あれは、ただの寝落ちだった。
新作の戦国RPG──“奥州烈伝 伊達無双”をやってる最中、VRゴーグル着けたままコタツで寝てしまったんだ。
気づいたら、目が片方見えなくて、母上が“目を潰せ”とか叫んでて……。
ああ、これ、詰んだなって思った。
でも、目を開けたその瞬間から──世界が変わったんだよ。
目は半分潰れたけど、代わりに見えたのは“天下統一のシナリオ”。
俺は、俺だけの戦国時代を“プレイ”することにした。
片目だけでも、未来は見える。
伊達政宗として、信長と並び立ち、歴史を変えてやるさ──」
誰も信じなかった。けれど、その巻物には未来の道具の名称が、戦国武将の口調でつづられていた。
──VTuber
──抱き枕
──コミケ
──親に見られたくない検索履歴
学者たちが目をそらすほど、リアルなオタク的記述の数々。
だが、そのひとつひとつが、歴史の裏に実在した“政宗の謎”と見事に一致していたのだ。
なぜ、彼の兵法は“局地支配と拡張性”に優れていたのか。
なぜ、彼の城郭は“対現代火器”を思わせる構造を持っていたのか。
その答えは、たったひとつ──
「だって俺、現代のオタクだし。
城ゲーと戦略ゲーで育ったんで」
歴史の裏に、オタクがひとり、紛れ込んでいた。
名を黒川真人。
今は亡き、独眼竜・伊達政宗。
こうして、ひとつの手紙から、世界はもう一度、戦国の火を灯す──。