d2-3.探検
まだ何も決めていないところから、とりあえず絶望してる女の子書こうと思って書き始めました。
設定も何もなかったペラッペラな彼女はひとまず救われましたが、彼女の独白には不穏な雰囲気が散りばめられています。
別れ際の宣言通り、プレイボーイ君は私に会いにきた。
私は淹れたてのコーヒーをリビングに運んで来たところだった。
何やらノートと睨めっこしてる龍崎さんに、サーファーさんとの事をさりげなく聞くつもりだったのだ。
「綺麗なお姉さん! 会いにきたよー」
子供相手でもストレートに褒められると嬉しい。
「本当に会いにきてくれたの?」
怪我だらけのすっぴん女の何が良いんだか。子供は可愛いな。
どうぞ、と龍崎さんの前にコーヒーを置く。
睨めっこの相手の正体は何かの帳簿のようだった。
「龍さんもこんにちはー」
少年の元気な声は、まだ女の子のように高かった。龍崎さんはコーヒーのマグカップを持ったままにっこりと笑った。
「久しぶりだね蓮くん。会うたび大きくなるなあ。益々ナカジに似てきて」
そんなに変わってないよ、とプレイボーイ君こと蓮くん。
「そんなことより、お姉さんと龍さんって付き合ってるの?」
唐突な質問に私は激しく狼狽して、「えっ」とか「いやいや、そんな」とかまともに言葉を返せなかった。
龍崎さんが「ただのバイトだよ」と表情ひとつ変えずに返す。
事実なのだが、その突き放すような言い方に私の心はチクリと痛んだ。
「じゃあお姉さん、ちょっと遊ぼうよ。いいでしょ龍さん」
「構わないよ。遊ぶついでにこのキャンプ場を案内してやってくれ。入ったばっかりだからあまり詳しくないんだ」
龍崎さんが私を見る。
「これもバイトだ。お客さんが怪我しないようについていってくれ」
こうして、薪運びの次の私の仕事は子守となった。
プレイボーイ君こと中島蓮くん7歳。蓮くんによる案内はまずキャンプ場内の主要施設である管理棟、炊事棟、トイレ、ゴミ捨て場からだった。
管理棟兼生活用のロッジから離れずに居たから、私はここで初めてキャンプ城の全体図をざっくりと把握した。
キャンプサイト宿泊者がテントを張る区画も特徴がある。このキャンプ場は森の中にあり、敷地内に小川があるのが特徴的だ。土地としてはそれなりに広く、林の中の自然を楽しむだけでなく、幼児などでも入れるようなちょっとした川遊びも出来るようになっていた。開けている場所だと富士山を拝める区画もあり、その何処もがよく整備されていた。
「この川の向こうに秘密基地があるんだ」
蓮くんは私の手を取り、川の先へ案内してくれた。足を濡らさずに川を渡れる川幅が狭い場所を選び、転ばないようにと気を遣える凄い子だった。
「美咲お姉ちゃんはなんでここで働いてるの。夏休み?」
学生に見えてるのかと驚いたが、龍崎さんが「ただのバイト」と説明していたからだということにする。
「なんで、かあ。…何でだろうね」
自分でも分からない。拾われたキッカケは生きる為なのだろうか。でも働き始めた理由は借りを返すためだ。ーーー
いや、違う。
もっと利己的な理由だ。
私は人生の負債から逃げているだけだ。私を縛る全てが嫌になり、逃げ出して、行き着いた先がここだっただけだ。この場所で以前の私を知る人は誰もいなくて、龍崎さんも詮索してこないからそれに甘えてるだけだ。
でも、それを蓮くんにどう言えば良いのかわからず、私は口をつぐむしかなかった。
すると蓮くんは面白いことを教えてくれた。
「ぱぱに美咲お姉ちゃんのことを言ったら、このキャンプ場で龍さん以外の人が働いてる事にすごく驚いてたんだよ。だから、美咲お姉ちゃんは龍さんに取って特別な人なんじゃないかってぱぱが言ってた」
龍崎さんは人を雇わずにずっと1人で切り盛りしているらしい。こんなハイシーズンでもそれが出来るのは凄いことなのではないかと思う。キャンプ場のどのサイトを見ても雑草の手入れまで丁寧にされていたし、水回りの清掃もしっかりしてあったのだ。
「なんていうか、成り行きで働かせてくれてるんだよ。私は特別な人なんかじゃないよ」
少なくとも、龍崎さんの人生には不要な人間だ。
卑屈な私に「美咲お姉ちゃんは特別だよ」と、迷いなく返す蓮くん。その澄んだ瞳を私はとても綺麗だと思った。
蓮くんの足が止まる。
「ここが秘密基地。美咲お姉ちゃんと僕の2人だけの秘密基地。だから、お姉ちゃんは特別だよ」
本当に、凄い子だなあ。
倒木と切株、それから大岩に囲まれ、確かにちょっとした秘密基地とも呼べる空間だった。
世の中の子供はこういう遊びをして大きくなるものなのだろうかと、昔の自分を憐れむ。
「僕は明日帰るけど、お姉ちゃんが来たくなったら1人でも使って良いからね」
「ありがとうございます、蓮隊長!」
私が敬礼ポーズを取ると、蓮くんは一瞬驚いて綺麗な敬礼を返してくれた。
「お姉ちゃんも自衛官なの」と驚く蓮くんに、私が驚く。
「どういうこと。誰が自衛官なの」
「ぱぱは自衛隊だし、ぱぱは龍さんも昔そうだったって言ってたよ。お姉ちゃんもそうなの」
「私は違うけど…」
なるほど、言われてみれば2人ともそんな雰囲気がある。まさかバイト初日で龍崎さんの過去を知れるとは僥倖だ。
龍崎さんが薪をこっそり運ばせたのは、昔の同僚と私が接触して過去を暴かれるのが嫌だったからなのかもしれない。
でもそうだとしたら、この先の詮索は迷惑だろう。
いろんな思考が脳を巡り、次第に卑屈な考えが思考を支配し始めた。
目を閉じて頭を左右に振る。
「大丈夫?」と蓮くん。
「大丈夫だよ。それよりお父さん自衛隊さんなんだね。かっこいいね」
私が笑いかけると、蓮くんは100点満点の笑顔で敬礼した。
「うん! 世界いちのぱぱなんだ!」
私の脳裏にはこの素晴らしい笑顔と、初めての秘密基地の景色がハッキリと焼きついた。
龍崎さんと美咲ちゃんの設定が形になってきて、ようやく続きが描けました。




