d1-3.そして私は嘘を吐いた
まだ何も決めていないところから、とりあえず絶望してる女の子書こうと思って書き始めました。
設定も何もないペラッペラだった彼女達にもようやく肉がついてきました。どんなキャラクターに育つのか、楽しみですね。
「まあ、ゆっくりしてな」
龍崎さんに促され、リビングというかエントランスというか、とにかく大部屋のテーブルについた。相変わらず頭は痛くて、食欲を感じる気配は無かった。
机の上でだれていると、龍崎さんがスープを持ってきてくれた。大きめのマグカップには小さく刻んだ野菜がたっぷり入っていた。
いただきますと言ってひと口。コンソメの香りと程よい塩気が身体中に染み渡った。
「…美味しいです!」
忘れていた食欲が爆発して一気にたいらげてしまった。
「美味しかったです、今まで食べてきたスープの中でいちばん」
「そうか。トーストとベーコンならすぐ出るが」
そこまでは、と遠慮したが、龍崎さんは既に自分の分と一緒に2人分作っていた。簡単な物だから食べられるなら、と口には出さないが目で語っていた。
2人で食べながら、沈黙が流れた。
きっと、私の素性が知りたいのだろう。
当然私も、龍崎と名乗った彼の事をもう少し知りたい。
私の想像ではここは山に囲まれた別荘地だ。龍崎さんはきっとキャンプか何かで遊びに来ているのだろう。身長が多分180くらいの大男で、体格も良い。ブルーデニムに白いTシャツ1枚、靴は年季の入った編み上げブーツ。オールドライクなアメリカのイケメンおじいちゃんみたいな格好だと思った。
多分歳は30代…いや、20代後半?声や所作が落ち着いていて20代とは思えなかったが、若々しい見た目から20代と言われても違和感がなかった。
じろじろ観察していると、龍崎さんと目が合った。思わず逸らすと、彼もそうしていた。
俺から話そうか、そう言って龍崎さんは話し始めた。
「俺は龍崎。小さいがここでキャンプ場を営んでる。ここは俺の爺様の土地だったんだが、数年前に貰って好きにしてるって感じだ。まあ、見ての通り繁忙期だから、君に構ってやる暇はないがな」
彼はそう言って両手を広げて見せた。真顔で。
笑って良いところなのだろうか。人の気配などどこにもないが…。
「で、昨日は趣味で山に入ってたんだが、そこで若い女性の悲鳴が聞こえてきて、様子を見に行ったら君が倒れてたってわけだ」
その先は覚えてるかと問われ、私は首を左右に振った。龍崎さんは続ける。
「そばに寄った時、君は酔っ払っていて何も持っていなかった。その上何を話しかけても家には帰らないの一点張りで、病院も嫌がるし、正直参ったよ」
さっきと違い、今度は真顔じゃなかった。困った表情は今までの真面目な印象と違い、とっつきやすい砕けた印象だった。
ごめんなさい、と私が言うと彼は首を横に振った。
今度は僅かに笑った気がした。
ーーー沈黙が流れ、私の番を促される。
何をどこまで言うべきか。
コップに入った白湯で口を湿らすと、大きくひとつ息を吐く。よしー
「桜井美咲、二十歳です。東京で暮らしてて、ライブハウスのスタッフをしてます。家に帰らないと言っていたのは家出中だからです」
嘘を吐いた。
「親御さんと一緒に住んでるのか」
「はい。私、家が色々厳しくて自由が欲しかったんです、それで…」
言い淀む。また嘘を吐いた。
続きを言おうとすると、目を合わせられなくなる。俯き、目が泳ぐ。
「無理に言わなくても良い。部屋も余ってるし、こんなとこで良ければ気が済むまでゆっくりしてけ。帰りたくなったら車も出そう」
私は俯いたまま、すみません、と言った。
「俺が誘拐犯なんて事にならないように、親御さんに連絡入れとけよ。あと職場もか」
この日、生き返った私は、親切な彼に嘘を吐いて匿ってもらった。
縁もゆかりもない彼と身ひとつの私。全てが一新されて、昨日までの人生の負債は一度私の肩から降りたような気がした。
実家を出て、東京で暮らし始めたあの日のように。
優しい彼、龍崎さん。もっと寡黙に描写したかったんですけど、力不足でたくさん喋らせちゃいました。
ごめんなさい龍崎さん。
主人公の桜井美咲はもっと儚げな感じで描きたかったんですが、まだ間に合うかな…?