修道女の果実と謎〜魔女騒動と林檎ジャム〜
今年は果実が豊作だったので、修道女達も果実の収穫に追われていた。
修道院は基本的に時給自足生活。修道院に葡萄園や果樹園を持ち、普段は修道士達が管理をしていたが、今年は豊作。修道女達も嬉しい悲鳴をあげながら、収穫に取り組んでいた。
「よし、いい感じで煮詰められているわ」
そんな中、エリカは菓子工房でジャムを作っていた。
菓子やジャムは修道院の貴重な収入源だった。エリカも特に菓子作りが得意。果実の豊作に関してはジャムにするのが一番だと思い、今日もせっせと作っていた。
何しろジャムにすれば保存がきく。ワインでも良いが子供と病人に適さない。ジャムは老若男女誰でも楽しめる懐が広い食べ物だと思う。パンにつけるだけでなく、意外と肉と一緒に煮ても美味しい。肉の臭みをとったり、柔らかくする効果がある。
今は林檎のジャムを作っていたが、菓子工房は良い香り。甘い香りだけでなく、シナモンなどのスパイスも調合しているので、香りに奥行きがあった。
「うん、良い出来。やっぱりジャムはいいね」
そんなエリカは二十代後半だった。修道院では若手とベテランの板挟み的な立場だ。菓子工房ではエリカが若手に菓子の作り方を教えるが、物覚えが悪い者もいて、なかなか大変。
一方、ベテランの修道女からは、もっと味をよくしろとか、売れるものを作れともせっつかれる。エリカの今の立場はなかなか難しい。
元々エリカは目元が鋭く、誤解されやすいタイプだった。若手修道女に優しく注意したつもりでも、泣かれる事もある。ベテラン修道女には、チャラチャラして遊んでいると嫌味を言われた事もあったが、全部誤解だ。中身は菓子作り好きの女性だった。
「あー、今日の収穫大変だったー」
そこに若手の修道女・アメリーがやってきた。林檎ジャムの匂いを嗅ぎながら笑顔だった。
アメリーは性格も素直で、菓子作りも上手い。エリカにも態度が素直で好ましい。ただ、噂好きなのが困りもの。これは何度注意しても辞めないので、エリカも諦めていた。
「村の噂を聞いてしまったんだよね」
「何よ?」
エリカは噂に興味はないが、アメリーは明らかに話したがっていた。ジャム作りもひと段落したし、聞いてみる事にした。
焼き林檎とお茶と共に。焼き林檎は新作の試作品だった。修道院の売店の側にカフェを作ろうという話も出ていて、焼き林檎はその為に試作していたもにだったが、アメリーには好評だった。
もっともアメリーは焼き林檎より噂の方に夢中だったが。
「森に魔女が住んでいるのよ」
「えー、本当?」
噂は予想外の事だった。
村の森に美しい魔女が住み着き、男達はみんな夢中だとか。
「林檎農家のジョン も魔女に夢中なんだよ。きっと惚れ薬を飲まされたのに違いない!」
「そんな惚れ薬なんてあるわけがないでしょー」
呆れてしまうが、魔女とは気になる。修道院の教義では魔術師や魔女は御法度だ。都では修道院の組織が魔女達を公然に殺していた歴史もあった。無視はできない噂だった。
この噂はあっという間に修道院内でも広がり、不穏なムードが漂う。神父や修道士達もピリピリしていた。
「ジョン、大丈夫?」
一方、村の男達はピンク色な雰囲気だった。特に村の林檎農家のジョンが酷く、ポーッと頬を染めている。目も虚だ。
今日も果実の事で相談に出向いたら、明らかにジョンの様子がおかしかった。目が腑抜けのようで、そばかすが浮いた頬は真っ赤。まあ、ジョンは独身男子なので、魔女に浮き足たつのは特に問題ないが……。
「もう林檎作るの嫌になった」
「あなた、何を言ってるのよ?」
それは困る。修道院の果実もジョンのアドバイスや協力があり、何とか運営できている部分もあった。
「困ったわね。というか、本当に魔女なんているの?」
そんな疑問も浮かんだ。もしかしたら誤解された存在かもしれない。かくいうエリカもよく誤解される。可能性としてはありそう。
さっそく森に入り、魔女を探してみた。家は確かに暗いところにあり怪しいが、会ってみると普通の女だった。顔立ちは美人なので、たぶんそれだけで噂に尾鰭がついたのだろう。田舎ではよくある事だ。
「私が魔女!? そんな事はありませんよ。媚薬何て作ってないですから!」
その女性・カロリーナは村の噂を聞くと困惑していた。確かに薬草は趣味で集めていたが魔女でないと断言。しかも都に恋人もいるという。
「つまり、ジョン達は失恋が決定という事ね……」
真相を知ったエリカは、神父にその事を報告。修道院の魔女騒動はあっという間に収束してしまったが、ジョン達は悲しんでいるようだった。体調を崩し、隣町の病院に入院までしていた。
「ジョン、美味しい林檎のジャム作ったから。これ食べて元気出して」
病院でしばらく休養中のジョンに慰問した。手土産に林檎のジャムも持っていった。シナモンも効いた自信作。さっそくクラッカーにジャムをつけて二人で味見をする。病室に甘く、少しスパイシーな香りがふわっと広がった。
「あ、これは林檎の風味がよく効いている。美味しいジャムだ」
悲しんでいたジョンだが、ここでようやく笑顔を見せていた。
「林檎農家に太鼓判を押されたら嬉しいよ」
きつく見えるエリカだが、この時ばかりは柔らかく微笑む。
やっぱりジャムは懐が広い。悲しみ弱っている時でも食べられる。何にでも合う。保存も効くし、最高ではないか。
「うん。こんな美味しいジャム作ってくれたらな。やっぱり林檎農家続けるから」
「良かったわ」
「おお、頑張るぞ」
これでジョンも立ち直れそうだ。エリカも穏やかに笑っていた。