修道女の肉料理と謎〜迷子と鹿肉のステーキ〜
修道院のあるエディン村では、美容と健康ブームが起きていた。リーゼやアメリーといった若い修道女達が健康に良い薬草料理や菓子、お茶などを提案し、そこから火がついた。
特に村の奥さん達は、一ミリでも綺麗に健康になりたいと思うようになっているようだ。修道院でも、連日奥さん達の問い合わせがくる。
「肉は鶏肉、仔羊肉、鹿肉が健康的よ」
修道女・レオナは奥さん達にそうか答えていた。レオナは修道女達の中でもベテランの五十代だ。こうしてアドバイスする姿も様になっている。
またレオナは肉料理の調理も上手く、修道女達からは「料理の天才」などと呼ばれていた。実際、レオナが作る鳥レバーの肉団子、鹿肉のステーキ、仔羊のコートレットなどは絶品だった。修道院に来客がある時は必ずレオナの肉料理が振る舞われた。
もっとも修道院は基本的に質素な食生活をしている。断食節や祈祷会のときは肉は食べない。昔は修道女達も肉料理は禁物だったが、近年になってようやく変わっていった。そんな背景もあるので、肉料理は特別な日のごちそうだった。
そんなある日。村人達は毎週月曜日に空き家を借り、肉料理クラブを結成した。
主なメンバーは村の奥さま方だ。美容と健康を追求しすぎてお疲れ気味になった奥さま達が結成したらすい。
レオナも肉料理クラブに誘われた。当初は修道院であまり食べない肉料理の会に出るのは躊躇われたが、村人と交流するのも立派な仕事の一つ。祭司からも許可が出て、肉料理クラブに入会する事になった。
肉料理クラブといっても、何かイベントを開いたり、建設的な事はしない。ただ昼間に肉料理を食べて談笑するだけ。
「今日は鹿肉のステーキです。召し上がれ」
そうは言ってもレオナは楽しい。特に得意な肉料理を作り、褒められた時は嬉しくて仕方ない。今日は村人が狩ってきた鹿肉でステーキを焼いた。
鹿肉は香りが良い。鹿は普段から木の実を主食にしているからだろうか。その上、ヘルシーでダイエットに効くらしい。
レオナもこの肉料理クラブの為に、昔の修道女が書き残した資料を調べてみたが、肉料理は案外ヘルシーで健康に良いものも多いようだった。
「おいしい!」
「確かに鹿肉っていい香りね!」
美容や健康にうるさい奥さん達もご満悦。レオナも笑顔で修道院に帰宅したが、予想外のことが起きていた。
修道院で飼っていた犬が消えていた。雑種で毛並みは焼きたてのパンみたいなのが色をしている。だから名前はスペルト。スペルト麦から取られた名前だ。
スペルトは修道院のアイドル的な存在だった。確かに修道院で飼っている鶏や仔羊、山羊のように役には立たない。それでも、居るだけで癒される。ベテラン修道女として働くレオナにもスペルトは癒しだった。
「スペルト、どこいったのよ。まさか食べられたりしてー?」
修道女のアメリーと一緒に探していたが、彼女は変な事を言っていた。
「食べられる?」
「だって村では美容と健康ブーム。鹿肉がそれに良いなら、犬も良いって勘違いした村人もいるかも〜」
アメリーは明らかに面白がり、その可能性も捨てきれないが。
肉料理クラブの面々はアリバイがある。奥さん達がスペルトを誘拐するのは難しい。
「私、いつも釣りしている川の方でスペルトの鳴き声っぽいの聞いたよ」
そこに修道女のテアが現れた。テアはよく釣りに出掛けているが、本当?
レオナはいてもたってもいられなくなり、村の川へ直行していた。
スペルトを探さないと……。
必死だった。
レオナは未亡人だった。夫を失い行くところがなく、修道院に拾われた経緯がある。迷子になっているスペルトを想像するだけで心が痛む。かつての自分も重ねてしまう。
「スペルト!」
川の周りを探すが、犬の姿も鳴き声も聞こえない。
その代わり、釣りをしているデボラに会った。デボラは村では難しい人と有名だった。変な噂も多い女性だが、心あたりがあるという。
「上流の方でメラニーの家があるじゃない? そこで犬の鳴き声を聞いた」
「本当? ありがとう、デボラ!」
デボラと別れると、さっそくメラニーの家に向かった。
川の上流近くにある大きなお屋敷だった。木造で平家だが、昔は大家族だと聞いていた。メラニーの子供達は都心に出稼ぎに行き、夫も三年前に亡くなった。年老いた未亡人だったが、メラニーとこの件は関係ある?
「ワン!」
庭からはスペルトの鳴き声も聞こえた。これはどう考えてもメラニーが関与しているとしか思えない。
「スペルト!」
庭に行き、スペルトと再会はできたが、安堵はできない。
メラニーに事情を聞く事にした。
メラニーの家は、がらんとしていた。物も少なく、空洞が目立つ。ここで一人で暮らしている老人のメラニー。スペルトを誘拐した理由は何となく察してしまった。
「そうだよ、寂しかったんだよ。こんな広い家で一人でいるのが耐えられなかった」
泣きながら罪を告白するメラニーを責める事などはできない。むしろ同情してしまい、レオナも泣きたくなってきた。この老人も迷子なのかもしれない。曲がった背中や小さな肩を見るだけでも、心が痛む。無意識にメラニーの肩をさすっていた。
「だったらメラニー、月曜日に肉料理クラブに参加しません?」
「肉料理?」
メラニーは最初は嫌がっていたが、おいしくて健康にも良い肉料理が食べられると知ると、食いついてきた。
「ええ。美味しいですよ。みんないます。スペルトも呼びましょう。というか、いつでも貸しますよ。メラニーは一人じゃないよ」
「う、ありがとう……」
メラニーは号泣してしまったが、レオナは微笑んでいた。
これでもっと肉料理を頑張れるだろう。肉料理を食べている所を想像するだけで口元が緩む。
「おいしい鹿肉のステーキを食べましょう。香りもよくて、オレンジソースなんかと合うんですから!」
「ワン!」
いつの間ににかスペルトも家に入っていた。スペルトはメラニーの涙を舐めていた。
「はは、くすぐったいな」
その涙も綺麗に消えていた。