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修道女のスープと謎〜真夜中の栗のスープ〜

 修道女見習い・ユリアーナ。年齢は十六歳になり、来月からは正式に修道女になる事が決まっていた。


 といってもまだまだ身分は修道女見習いだ。今朝も早起きし、厨房で朝食の準備をしていた。その前には祈りや聖書朗読、礼拝もしてきたので、日明け前の今でも時間の感覚が早く感じてしまう。


 昨日は修道院の近くの森で栗が大量に収穫された。村人と分け合い、修道院でも調理に活躍する事に。


 基本的に修道院は自給自足で生活していたので、森での恵みは何であってもありがたい。


 という事で今朝の朝ごはんは栗のスープになった為、一番下っ端のユリアーナが栗の殻を取り、中身を取り出す作業を任せられた。


 まだまだ他の修道女達は起きてこない。一番下っ端のユリアーナが一番先に作業を始めるのが慣習だが、単純作業も集中してやってみる、口元は綻んでいた。


 調理場では一日中薪が焚かれ、大きな鍋にはブイヨンやコンソメスープが煮詰められていた。調理場で一人、薪の音や煮詰まる音を聞きながら、素早く手を動かす。


 栗は健康にも良いらしい。最近、先輩修道女であるリーゼが薬草にハマっていた。何でも昔の修道女が書き残した資料に薬草の健康効果がたくさん記録されているそう。その中でも栗は胃腸にも効き、健康に良いのだとか。


 甘い栗をスープにするのは、ちょっと違和感はあるが、以前食べた時もおいしかった。バターやニンニクも使うので、意外と甘すぎず、パンにも合う。ユリアーナは、これから栗のスープを食べるのが楽しみだ。


 基本的に修道院の食事は質素だ。来客がある時にはステーキや子羊のスープが出る時もあるが、スープとパンが基本だ。時には断食をしながら祈祷に集中する時もある。おかげで修道女達は健康で長生きするものが多い。


 ユリアーナも健康的だった。十六歳の女らしい活発な目をしている。この目がチャームポイントとなり、同じような修道着姿の中でも容姿が目立っていた。


 それにユリアーナは元公爵令嬢でもあった。行儀見習いで修道女見習いになる令嬢も多いが、ユリアーナは本気だった。


 昔から礼拝堂へ行き、神様に祈りを捧げるのが好きだったが、子供の頃、誘拐事件に巻き込まれた事があった。犯人に殺されそうになった時、必死に祈ったら助かった事がある。この時から修道女になる事を決めた。


 もちろん、両親は大反対。許嫁もいたので、早めに結婚させられそうになったが、どうにかこの修道院に逃げ、今に至る。


 この修道院は田舎にあるので、いくら公爵家の人間でも易々と追ってこれないようだった。両親からの嘆きの手紙は毎日のように届くが仕方ない。来月から本格的に修道女になったら、もう両親も何も手出しはできないはずだ。


「ユリアーナ、おはよう! 早いね!」


 そんな事を考えていたら、先輩修道女のアメリーがやってきた。まだ眠そうで瞼がピクピクしていた。


「アメリー、おはよう。今は栗の皮剥きをしてたところ」

「そっか。昨日は栗をいっぱい貰ったもんね」


 しばらく二人で栗の皮を剥いていた。アメリーとは歳も近く、作業も一緒になる事が多い。話しやすく、気さくな性格で、何でも相談できる。ただ、噂好きなのが玉に瑕。


「最近、修道院で幽霊が出るって噂があるのよ」

「本当ですかー?」


 しかも怪しい噂話も大好きだ。ユリアーナは、ちょっと話についていけない。


「本当よ。夜中に物音を聞いたっていう証言がいっぱいあるんだから」


 確かにこの修道院は村にあり、村との交流も密だ。鍵もかけてない。


 防犯対策的にはどうかと思うが、村人も全員信仰者だ。神を信じているのが一番の防犯という事で、特に何の対策もしていなかったが。


 そういえばアメリーの他の修道女達が起きて来ない。いつもだったら調理場で仕切っている修道女達も寝坊してやってきた。


 寝坊してきた修道女達がいうには、夜中に物音がして寝られなかったのだという。


「幽霊よ! きっとこの修道院に幽霊がいるんだわ!」


 アメリーは騒ぎたてていたが、本当に幽霊?


 その夜、ユリアーナも本当に物音を聞いた。眠れない。祈りを捧げていたが、それでも変な音がして気になる。


 手燭を持ち、修道院の中を調べる事にした。別に怖くはない。祈りもしたから、神に守られるだろう。


 写本室、書庫、菓子工房などを見てみた。見事に何もない。虫一匹すら見つからない。


「どういう事?」


 首を捻りつつ、最後に調理場へ。


 そこには人影があった。手燭の灯りでよくは見えないが……。


「トビアス!」


 薪が焚かれた鍋の側にトビアスがいた。トビアスはユリアーナの許嫁だった男だ。同じ公爵の人間で家柄は釣り合う。幼馴染のように親しい仲ではあったが、なぜここに?


 最初は両親からの試客かと思ったが、そうでもないらしい。


 何か寒そうに震えていたので、余りものの栗のスープを飲ませ、落ち着かせてから事情を聞いた。


 真夜中に見る栗のスープは、やけに優しく見えた。ペース状のスープだったが、柔らか栗色が夜に見ると、余計に落ち着いて見える。


 実際、トビウスも栗のスープを飲みながら、だいぶ落ち着いてきたみたい。健康に良いスープのはずだったが、心にも悪くなかったのだろう。


「何でここに? 何か困ったことが?」


 落ち着いたところで事情を聞くと、なんとユリアーナに告白してきた。ちゃんと結婚しようと真摯にプロポーズされてしまう。これは両親の試客でもなさそうだが。


「ごめんなさい」


 答えは決まっていた。もう自分の決意は固い。


「そうか……」


 トビウスは公爵家の令息として生まれた苦労も語っていた。日々の重積に相当なストレスがあったらしい。毎日胃が痛く、本音では逃げ出したいらしい。少しでもこの栗のスープが慰めになればいいが……。


「ごめん。もう来ないから」


 こうしてトビウスは二度と修道院に来る事はなかった。


 確かに少しは後ろ髪が引かれる。トビウスと結婚したユリアーナの未来も考えてはしまうが、これは仕方ない事だった。


 来月から正式に修道女になる。一生を神様に捧げ、仕えていく。その決意は変わらない。


 今はトビアスの未来を祈るばかりだ。あの栗のスープが少しでも健康になった事を祈りながら、今日も料理場で朝ごはんを作り続けていた。

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