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修道女のワインと謎〜ハートワインは自白剤〜

「どうしようかね……」


 修道女・マルゴットはため息をついていた。白い修道着から見える素肌は、皺やシミがあった。マルゴットは六十五歳だった。


 この時代の平均寿命は四十歳から四十五歳。それに比べればマルゴットは長生きだった。もっとも自給自足生活をし、著しく健康的な生活を送っている修道女達の平均寿命は高い。ここの修道女達の平均年齢も全体的に高かった。


 村にある規模もさほど大きくない修道院は、孤児や行き遅れなど訳アリなもの達も多い。本来なら行儀見習いとして貴族の女性も多くやってくる所だが、ここは事情が違った。


 マルゴットも高貴な身分だった。公爵令嬢として同じ身分に公爵家に嫁ぐ予定だったが、相手の男は浮気性で婚約破棄をくらった。だったら絶対裏切らない神様に忠誠した方がいいとなり、修道院に身を寄せた。


 そんなマルゴットも歳をとった。もう若い頃の婚約破棄に怒りも感じない。相手の公爵も幸せになって欲しいと穏やかな気持ちだ。


「いやいや、今は昔の事を思い出しても仕方ないじゃない。今はワインのことよ。困ったわね」


 マルゴットは帳簿を見ながらため息をつく。マルゴットの仕事は修道院にある売店の売り子だった。


 修道院ではワイン、菓子、石鹸、お守り、ぬいぐるみなどを生産し、収入を得ていた。確かに生活は自給自足だが、修道院運営には金も必要。収益は村の貧困街や病人の為にも使われる。


 そう、完全に商売というわけではなく、修道院での売店販売は慈善事業的な役割もあったが、最近ワインの売り上げが悪い。


 ワインは水代わりに飲まれていた時もあった。その時代に比べれば、アルコール度数も上がり、品質も良くなっていたが、どうやら客に飽きられているらしい。


 ワイン工房で働く修道士や司祭達は、意外と現実的で、ちゃんと収益を出せとせっついてくる。マルゴットは売り子だけでなく、ベテラン修道女として営業的な役割も期待されていた。


 もうすぐ村で収穫祭もある。そこで何か目新しいワインを販売できれば良いが、今年のワインは品質もかなり良いという。どうにかしてワインを上手くアピールできないものか。


 帳簿をつけ終わったマルゴットは、修道院の書庫に行くことにした。昔の修道女が書き残した貴重な資料もある。何かヒントになるかもしれない。


 写本室も前を通り抜け、書庫へ向かう。古い紙の匂いにむせそうになるが、すでに先客がいた。若い修道女のアメリーとリーゼだった。二人とも背格好も似て、年齢も同じなので双子のようだ。


「あら、二人とも何してるの?」

「昔の修道女が書き残した薬草の資料を見てたんです。健康に良いワインの飲み方も書いてあるんですよ」


 リーゼの言葉にマルゴットは食いついた。これは何か良いヒントになるだろう。さっそくこの資料を借りることにした。


「それにしてもアルバンは最低よね。まだ浮気を止めてないんだって」


 リーゼはここの資料を夢中で見ていたが、アメリーはそうでもない。村人の噂話をしていた。


 アメリーも村人と密に交流している。村人の噂はよく耳にするそうだが、アルバンが浮気しているのは意外。


 アルバンはこの村で一番の金持ちだ。医者でもあり、隣の村には大きな病院ももっている。奥さんはカミラ。一見、二人とも仲良し夫婦に見えたので意外だった。


「アメリー、あんまり噂しない方がいいよ」

「でもマルゴット、奥さんのカミラが可哀想。浮気を責めたら、証拠あるのかって怒られたらしい。浮気を告白させる自白剤でもあればいいのにー」


 意外にもアメリーはカミラに同情しているようだった。もっとも神父でも罪を告白させるのは難しいだろう。この修道院では内心、教義や慣習に疑問がある者も多く、懺悔室はさほど機能していない。アルバンも浮気を素直に認めるかは謎だった。


 そんな事を考えつつ、昔の修道女の資料からヒントを得たワインを作ってみた。ちょうど修道院の厨房は人がいないので、幸運だった。実験にピッタリだろう。


 赤ワインにパセリ、ワインビネガーを加えて火にかける。沸騰させてしばらく待ったら、はちみつを投入。さらに煮込んで漉し、冷まして瓶に入れたら完成だ。


 資料によればハートワインと呼ばれているものらしい。心臓の病気にも良いワインだ。寝る前に飲めば不眠にも効くという。


 マルゴットも試してみたが、夜に飲んだらよく眠れた。疲れも取れるし、ワインの売り上げなどの悩みも消えていくようだ。


 そういえばワインと神様は関係が深い。十字架の上で流された血を見たてられる事もある。ワインは神様の血、パンは肉と見立てて頂く聖餐式も礼拝堂で月一回行っていた。


 その事を思い出すとマルゴットの心に自然と喜びも戻ってきた。若い頃の婚約破棄も全て良かった。こうして神様に一生仕える修道女になれた。これ以上に幸福な事はない。


 気づくとワインの売り上げなど全部忘れ、村での収穫祭を喜び、楽しもうと決めていた。


 そして収穫祭当日。村の広場は、数々の売店が出店し、村人で溢れていた。気候もちょうど良い。空は綺麗に澄み、風も心地よい。


 マルゴット達、修道院ももちろん出店していた。菓子や石鹸類がメインだが、マルゴットはワインの売り子を任された。


 収穫祭が始まってすぐ修道院菓子は人気で長蛇の列ができていた。石鹸やお守りの売り上げも好調。


 一方、マルゴットのワイン店は客が来ない。


「うーん、予想通りだけど、奥の手があるわ」


 マルゴットは試飲のワインを配り歩き、ハートワインの試作品も飲んでもらった。これが健康嗜好の村人達からジワジワと好評になってきた。


「ふう、少しはお客様来るようになって嬉しいわ。ハートワインも評判いいし。あれ、アルバン?」


 浮気者として噂を聞いたアルバンが来店。健康に効くワインと聞いてバカにしに来たらしい。


「こんなワインで健康にならんだろ。やっぱり医学が一番だ、くだらねぇー」


 いけすかないヤツだ。確かに良い医者としてはワインで健康になったら困るだろうけど……。


「でもアルバン。このワインは奇跡のワイン。神様が十字架の上で流された血よ」

「うっ……」


 アルバンは明らかに動揺し始めた。浮気者のいけすかない男だが、それなりに信仰心はあったらしい。


「どうぞ。不眠に効くハートワインよ」


 アルバンは試飲のハートワインを飲んでいた。最初は躊躇っていたが、飲み干すとどうだろう。なぜか泣きながら浮気を告白し始めた。


「ごめんよ、神様。カミラ……」


 ついに悔い改めまでしていた。このワインは自白剤か。マルゴットは目を丸くするしかない。


 この件で修道院のワインの売り上げは劇的に回復した。強力な自白剤という噂が流れ、村の奥様達がこぞって購入しているという。


「本当に自白剤なの? まあ、このハートワインは美味しいわ」


 そんな噂が流れている事に一番困惑しているのがマルゴット。ワインが売れているのは嬉しいが、仕事も増えて忙しい。嬉しい悲鳴といったところ。


 今夜も仕事が続き、へとへとに疲れた。まだ緊張気味で目が覚めて眠れそうにない。そんな時はハートワインを飲もう。


「うん、美味しい。さて、寝ましょうか」


 ワインを飲み干したマルゴットは、幸せな眠りに落ちていた。

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