修道女の薬草と謎〜村の噂と薬草サラダ〜
修道女の朝は早い。夜明け前に目覚め、祈りを捧げ、礼拝した後に食事の支度を始める。
リーゼも今日は厨房の担当だった。修道院にある薬草園に行き、朝ごはんに使うハーブ類を収穫すると、急いで厨房に戻った。
厨房では数人の修道女達が忙しく動き回っていた。みな白い修道着姿で全く個性はないが、その中でリーゼやアメリーはまだ若い娘である事がわかる。
二人は栗の皮を剥きながら、スープ作りの準備をしていた。今日のメニューは栗のスープとパン、それに薬草サラダ。質素なものだ。時々断食する時もある。
もっとも菓子工房での仕事の時だけ味見として甘いものを食べても良い。修道院では菓子が貴重な金銭源でもあった。基本的に自給自足生活だが、菓子とワインで収益を得て、教会や慈善活動にあてていた。
そのおかげで修道院で菓子が発展した経緯もある。昔は村に修道院しかオーブンがなく、修道女達が数々のレシピを開発していた。もっとも今もオーブンは金持ちの家にしか無い時代だったが。
「そういえばアメリー。消えた菓子のレシピブックは無事に戻った?」
「ええ、戻ったわ。ちょっと勘違いで無くなっていただけだから」
「そう?」
少し前に菓子のレシピブックが消えた事件があったが、アメリーは多くは語らない。何か事情がありそうなので、リーゼもそういう事にした。
リーゼは元々は商家のお嬢様だったが、家が没落して修道院に入った。こんなルーツがある為か、言いにくそうな事は詮索しない主義。
一方、アメリーは孤児で昔からずっと修道院にいる。村に修道院があったが、村人とも密に交流し、噂話も網羅していた。
「最近は村に幽霊が出るっていう噂を聞いたわ」
「そんな幽霊なんているわけないよ。神父も幽霊は悪霊が化てるだけだって言ってるじゃない?」
リーゼは現実的な面もあり、アメリーの話す事についていけない。
「でも最近村で風邪流行ってるし、幽霊の仕業だったりしてー?」
「そんな事ないでしょ。一体誰がそんな噂流してるのよ……」
噂については呆れてしまうが、気になる。特に貧困家庭のバルバラの家にはよく訪問していたが、最近は体調が優れないという。何か料理でも作って持っていこう。
バルバラはお金もないので安易に医者にもかかれない。何か滋養がつくものを食べさせないと考えている時、書庫へ向かった。
昔の修道女は、医者の代わりもしていた。薬草を調合したり、村人の健康の面倒も見ていた。昔の修道女の記録を見れば、何かわかるかも?
本当は写本して見られば良いと思うが、聖書ほどの価値はないのだろう。写本室の前を通り抜け、書庫に入ると、昔の修道女の記録を見つけた。
「ええと、熱が出た時は? あった、柑橘系の果実のサラダがいいのか……」
柑橘系の果実は貴重だったが、村の農家に特別に分けて貰い、オレンジを入手した。それとフェンネルやハチミツ、果実などで薬草のサラダを作り、バリバラの元へ持っていく事にした。
見た目も香りも爽やかな薬草のサラダ。これでバルバラの体調が回復すれば良いが。
「まあ、綺麗なサラダね」
ぼろぼろの木造の家に住むバルバラの元へ持って行った。貧困地区にあるバルバラの家は、この辺りでは珍しくはないが、見ていると心が痛んだ。
「リーゼ、ありがとう」
「あとこれはワインよ。ワインを沸騰させて冷たい水を加えてクエンチワインを作ってね。クエンチワインは精神が不安定な時に和らげる効果があるから」
リーゼはクエンチワインを勧めていたが、これも昔の修道女が書き残したものからの情報だった。他にも様々な薬草の知識が豊富に記録されていた。
実際、薬草のサラダを食べたバルバラは元気になってきたように見える。確かオレンジの香りは心を元気にする作用もあると書かれていた。これは間違いないのかもしれない。
「そんなワインがあるのかい。だったらうちの息子に飲ませた方が良いかもな」
「何で?」
確かバルバラの息子は十二歳。お酒はまだ飲めないはずだが。
「実は最近難しい年頃でな。村での体調が良くない人が多いのも幽霊のせいとか言っているらしい」
「ええ、何で?」
まさか噂の出元が息子だったとは。
「うん。たぶん他の子より特別でありたいというか、目立ちたいんだろうな」
「そうかー」
確かに十二歳ぐらいだと、ちょっと変な事を言って大人の気を引く事はよくある事だが。もっとも噂も大した事がないと分かりほっとした。村の平和は保たれているようだ。
「じゃあね、バルバラ」
「うん、リーゼ、ありがとう」
こうして修道院に戻ったが、再び昔の修道女が残した薬草の資料を見ていた。その表情はいつになく真剣だ。
「他に精神安定に効くものは……」
見ているだけでも楽しくなってきた。村人達の健康の為、もっと薬草を調べてみても良いかもしれない。村人達が元気になった様子を想像するだけで、リーゼの口元は綻んでいた。