修道女の菓子と謎〜秋祭りとごちそうケーキ〜
修道女・アメリーは仕事に追われていた。菓子工房で木苺のタルトをせっせと焼く。
その量も多かった。こも木苺のタルトは秋祭りで日頃の感謝として村人に配るももだった。
通年、村では秋の収穫祭と秋祭りが行われていた。特に秋祭りのほうが規模が大きく、特設ステージも設け、村娘が歌やダンスを披露したり、子供達が演劇を発表する。
修道院としても菓子やワインで多くの収入が見込める祭りではあるが、普段の感謝として木苺のタルトを配る事になり、修道女達も忙しく働いていた。
「アメリー、この量は半端ないわ。想像以上に疲れるー」
同じく修道女でもあり、歳も近いリーゼは木苺のタルトを作りながらぼやく。
「でも、この木苺のタルトは美味しそうじゃない? あ、もう焼き上がりの時間よ!」
リーゼと雑談をする暇もなく、アメリーはオーブンに駆け寄り、出来上がった木苺のタルトを確認。
編み目状の表面からは、木苺のソースが見え隠れし、甘い香りが漂う。丸く大きく、一人では食べられるものではないが、みんなと分け合って食べたらより美味しいだろう。
「うん、いい出来!」
村人の喜び顔を想像しながら、アメリーも満足そうに頷いていた。
翌日。十時過ぎから村の広場で秋祭りが始まった。
特設ステージでは賑やかな音楽が響き、多数の屋台が出店すていた。焼いた肉を売る店もあり、広場は香ばしい匂いも漂う。
天候も良く、風も心地よい。多くの村人が押し寄せ、修道院の菓子屋も村人が長い列を作っていた。
「今日は感謝の気持ちとしてこの木苺のタルトを一つ配ります!」
アメリー達修道女が宣言すると、あたりは戦場化してしまった。
列にちゃんと並ばないものも多く、奪い合いにまで発展。
修道女達が何とかこの場を収めたが、村人達の不満が噴出。特に木苺のタルトを貰えなかったもの達が、抗議し面倒な状況になっていた。
「ああ、リーゼ。私達の木苺のタルトは罪深かった?」
「そうかもしれないわね」
アメリーはリーゼと二人で半泣きだ。当初は喜んでもらいたい気持ちだけだったのに、なぜかこうなってしまった。
「みなさん、どうか落ち着いて」
最終的に神父が登場し、この騒ぎは完全に沈下した。やはり修道女だけでは限界があったようだ。
「せっかくの秋祭りだったんだけどなぁ」
アメリーはすっかりやる気がなくなり、修道女の菓子屋から離れていた。秋祭りの会場をほっつき歩きながら、渋い顔。サボりではあったが、今のところ若手のアメリーが出来る事もない。商品もこの対応の為に無料で配っているようで、ほとんど無くなっていたし、売り子も必要なさそう。
リーゼや他の若い修道女達も同様で、特設ステージを観ているものもいた。この会場では修道着は目立ち、どこに誰がいるのか分かりやすいが。
「あれ? エッバ?」
そんな時だった。村人のエッバがたった今配ったばかりの木苺のタルトを包みごとゴミ箱に捨てていた。
エッバは争奪戦には参加していなかった。おそらく別の村人から貰ったものを捨てたと思われるが、いったい何故?
一生懸命作ったものを目の前で捨てられるのは、想像以上に傷ついてしまった。
最近村人は美容や健康がブーム。エッバもそうかと思ったが、細く、肌も綺麗な奥さん。確か旦那さんは領主で、熊に襲われて片手が動かなくなったそう。以来、エッバは献身的な奥さんというイメージだった。少なくともアメリーの認識ではそうだ。
そんな評判の良い奥さんがなぜ食べ物を粗末に捨てているの?
確かエッバの旦那が木苺のタルトの争奪戦に参加していた。旦那から貰ったものと思われるが、何故?
「ねえ、エッバ。どうして木苺のタルト捨てたの?」
アメリーに声をかけられたエッバは、逃げようとしたが、止めた。逃げるという事は後ろめたい事があるのだ。これは事情を聞いたほうが良いだろう。
「木苺なんて嫌いだから捨てた」
「木苺だけ? うん? タルトは関係ないの?」
アメリーの頭に疑問が浮かぶ。同時に少しホッとため息も出た。
「嫌いだよ。だって私が木苺食べたいっていうから夫が森に入って熊に襲われたんだもの。嫌いだよ……」
エッバは泣きそうだった。そういう事情があったのか。だとしたらアメリーはエッバを責められない。
「そっか……」
「木苺は大好きだったがけど、責任感じてしまって。悪い事したかもって……」
なんとなくエッバの気持ちはわかる。悪意はないのに結果が悪くなった。この木苺のタルトを無料で配った事も、似たようなボタンの掛け違いを感じてしまう。
それでも。
「ねえ、エッバ。そんな自分を責めてたら旦那さんはもっと悲しくなるかもよ?」
エッバはハッとし、顔を上げていた。
「そう、そうかも……」
「たぶん、この件は誰も悪くないよ。あ、熊は悪い。熊が悪いって事で良くない?」
「ふふ、そうね……。そう思うと楽になってきたわ。アメリー、ありがとう。あなたは優しい修道女ね」
ここで初めてエッバは笑顔を見せた。迎えに来た旦那とも特に問題なく帰っていったし、少しでもエッバの心が軽くなればと思う。
同時に木苺のタルトの配布を失敗した事も、そんな自分達を責めなくても良い気がした。反省点を洗い出し、今後に活かせばいいのだ。そうすれば失敗も良いものに変わるかもしれない。
「ねえ、リーゼ。私達、若い修道女達は帰ってケーキ焼かない?」
「どうして?」
「ここに居てもやる事ないし、先輩修道女達にケーキ焼こう。ごちそうみたいな大きなケーキ作って、労おう!」
「いいいじゃない。そうね、グッドよ!」
という事で若い修道女達は祭りの会場を後に様た。
修道院の菓子工房に戻り、力を合わせてチェリーケーキを焼き上げた。
チェリージャムを贅沢に使い、クリームたっぷりデコレーションしたケーキだ。
修道女達も味見したが、美味しい。口に濃厚な甘さが広がり、今までの苦労が全部報われていく。これは最高傑作かもしれない。
「さあ、みんなが帰ってくるまで夕飯の用意もしましょう。まだまだ仕事があるわよ!」
アメリーは明るい声で言い、さっそく次の仕事に取り掛かっていた。
ご覧いただきありがとうございました。これにて本編完結です。といっても文字数少なめの中編です。元々リアル修道院の菓子やハーブの本を読むのが好きで、書くのがとても楽しかったです。また修道院舞台の話が書けたらいいなと思います。
参考
中世修道院の食卓 聖女ヒルデガルトに学ぶ、現代に活きる薬草学とレシピ




