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修道女の食卓と謎  作者: 地野千塩


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修道女のチーズと謎〜追放令嬢と毒入りチーズ〜

 めぇー、めぇー。


 仔羊の鳴き声が響く。モフモフ可愛い仔羊だ。パタパタしてる小さな耳も可愛いらしい。


 ここは、修道院に併設する牧場だ。仔羊が元気に走り回るのを見ながら、ニコルの表情も柔らかくなっていた。


 ニコルはまだ修道女見習いの身分だった。年齢も十六歳。最近この田舎にある修道院に来たばかり。


「ああ、ちょっと。私の修道着は食べ物じゃないの。食べないで」


 仔羊がニコルの服を食べようとしていた。遊びたいらしいが、服は食べ物ではない。無理矢理、仔羊を服から離した。


「まあ、あんたも私が修道着に似合ってないと思う?」

「めーえ?」


 ニコルは苦笑する。仔羊に人間の言葉がわかる訳もない。


 正直、自分でも修道着なんて似合ってないと思うが、仕方がない。


 ニコルは元々隣国で公爵令嬢だった。身分も容姿もトップレベル。求婚者は後をたたなかったが、酷い噂や中傷も絶えず、通っていた学園でも孤立。他の令嬢をいじめていたという噂もたち、なぜかその証拠も発見され、晴れて追放の身となった。


 もちろん濡れ衣だったが、証拠がある以上は仕方ない。おそらくニコルに嫉妬している令嬢が犯人だろうが、真相を究明する気力も失せた。結果、こうして田舎の修道院生活。


 修道女達はみな教養があり、意外と話があう。元々身分が高い令嬢もいるようで、優しい性格のものも多い。それでも慣れない事も多く、修道院生活にも疑問がある。


 特に食べ物が質素で断食もあるのが辛い。朝早くの聖書朗読、宗教学や神学の勉強も大変。それに菓子や調理の労働も疲れる。村人への慰問やワイン販売もなかなか難しい。


 箱入りお嬢様だったニコル。村人と触れ合うのが一番大変だったりした。村人の言葉も訛っているのも、微妙にストレスだ。


「ニコルー! あんた何やってるの?」


 そこに先輩修道女のアメリーがやってきた。ニコルの教育係でもある。とても優しい先輩だが、噂好きなのが玉に瑕。だからこそ親しみやすい先輩だった。


「さ、今日はチーズ作りの奉仕があるの。行きましょう」

「え、ええ」

「煮詰めて漉してクリームチーズ作るだけ。菓子作りよりは簡単だから」


 アメリーの手を引かれて、牧場の側にある乳製品工房に向かった。ここではバター、チーズなどの乳製品を作っているらしい。


 同じく先輩修道女のリーゼ、ユリアーナ達とチーズを作った。


 大きな鍋にミルクを入れ、煮詰めて漉す。作業自体は単純だが大力を使う。令嬢だったニコルはへとへとだが、アメリーは涼しい顔。


「今日も美味しいチーズできた。みてよ、真っ白で美味しそう」


 アメリーはご機嫌だったが、そこの修道院で売店業務をしているノーラが入ってきた。ベテラン修道女で怖い存在……。


 ニコルは緊張してしまうが、ノーラは予想外の事を言っていた。


「何か村で修道院のチーズが不味い、毒入りだっていう噂が流れてるんだけど。あなた達、何か知らない?」

「えー、ノーラ。噂好きの私でも知らない話です。本当です?」


 アメリーが一番食いついていた。


「ええ。お客さんが噂してたわ。チーズも売れない。どういう事?」


 ノーラの声を聞きながら、ニコルは村でも修道院が好きな人ばかりでもなさそうだと感じていた。


 令嬢だった時もそう。悪意の噂をよく流されたが、この犯人を見つけるのは難しい。噂の源流を見つけても、人の口を塞ぐのは誰にも出来ない。


「本当、腹立つ。うちのチーズ美味しいのに」


 一番怒っているのはアメリー。顔が赤くなり、下唇を噛んでいた。


「まあ、噂ですよ」


 おっとり微笑むのはユリアーナ。彼女も高貴な出身だが、人の悪意には鈍感そう。


「チーズは保存するのが難しいです。氷で保存するのが精一杯。単に古いもの食べたんじゃないかしら。チーズにはクミンパウダーを振ってね。こうすると、お腹にいいから」


 この中で一番冷静なのはリーゼ。薬草の知識もあるようで、豆知識も披露していた。


 たぶん、リーゼの言う事が真相だろう。古いチーズを食べた人がいて、噂にお尾鰭がついたのだろう。


「でも、このままチーズの評判が落ちるのは腹立ちません? 美味しいチーズで払拭しません?」


 ニコルは提案していた。悪い噂のチーズと過去の自分と重ねていたのかも。過去の自分は諦めてしまったが、一生懸命作ったチーズを見ていると、ちょっと悔しい。


 という事でニコル、アメリー、それにレオナという修道女と美味しいチーズ料理を開発する事にした。


 レオナは肉料理が上手な修道女で事情を話すと強力してくれた。出来上がったチーズ料理は村で結成されている肉料とクラブに持っていくという。そこで評判になれば、チーズの悪い噂も消えるだろうと計画をたてた。


 レオナは肉料理が上手だった。ニコルやアメリーはほとんど何もしていないが、クリームチーズ入りのハンバーグができた。チキンのハンバーグの中にクリームチーズが入っているが、これが相性抜群。


「美味しい!」


 試食で食べてみたが、ニコルは思わず声をあげた。


 令嬢だった時も美味しい肉料理は食べていたが、 素朴な味で美味しい。庶民の食卓の味でニコルにはかえって新鮮だった。


「レオナ、これは本当に美味しい。パンに挟んでもいいね」

「アメリーのアイデアも素晴らしい。だったらパンに野菜と一緒の挟んで見ましょうか」


 パンに挟んで食べても美味しかった。かくばった黒パンは相性が悪い事に気づき、丸い白パンに挟んだら、とても良かった。


 こうしてチキンハンバーグの丸パンという料理ができた。肉料理クラブでも振る舞われ、大好評だった。


 修道院のチーズへの悪い事噂も消えていき、売店での売り上げも元に戻ったそうだ。


 これには修道女みんなで喜んだ。ニコルも一緒に喜んでいた。


 最初は修道院生活に不安もあった。慣れずに大変だったが、こうして一つの課題を乗り越えた今は、希望が芽生えていた。ここでの生活もどうにかやっていけそうだ。


「ごめんね。今日は工房でチーズ作りがあるの。遊ぶのはまた明日よ!」

「めぇー!」


 今日も仔羊に追いかけられながら、ニコルは工房へ走っていた。


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