修道女の菓子と謎〜修道院秘伝アップルパイと盗まれたレシピ〜
修道女・アメリーは孤児だった。物心ついた時から修道院で育った為か、ごく自然と信仰心もつき、神様のために生きると決めていた。村娘達は都へ行ったり、嫁いでいたりするので、時々悪く言われる事もあったが。
「うん、今日の豆のスープも良い出来だわ」
今日は厨房で食事係だ。総勢五十人ほどの修道女がいるので、それだけでも大変だ。調理場はアメリーを含め複数の修道女達がせわしなく働いていた。みんな同じ修道着を着ている中、アメリーは若く、人一倍キビキビと働き、目立っていた。
修道院の生活は基本的に自給自足。修道院では畑だけでなく、家畜も飼育し、自分達が食べるものを賄っていた。幸い、この自然豊なエディン村に修道院があり、よっぽどの飢饉がない限り困った事はなかった。
調理場は一日中薪が焚かれる。その上の大鍋は、出来立ての豆のスープ。良い匂いだが、修道院では基本的に少食生活だ。スープ一杯とパンや魚類の質素な食事だが、これも神様からの恵み。誰も文句を言う者はいない。
たまにお肉も食べられるし、菓子工房での仕事では、味見はしてよかった。
修道院では菓子を製造し販売したお金も得ていた。そのお金で貧しい人を助けたりする。半分慈善活動だったが、菓子作りは得意な修道女も多い。アメリーもその一人だった。今日も食事と礼拝の後は菓子作りの仕事があり、楽しみにしているぐらいだった。
「あれ、リーゼ。金庫に入れておいたレシピブックがなくなってない?」
菓子工房には入り、レシピの確認をしようと思ったが、異変に気づいた。同じく菓子工房の仕事をしている修道女・リーゼにも聞いてみたが、首を振っていた。他のみんなも知らないという。
修道院では代々菓子を作られてきた。昔は修道院にしかオーブンがない時代もあり、そこから創造されたレシピも数多くある。もっとも今もオーブンは、金本ちの家にしかないものだが、代々受け継がれてきたレシピは貴重で金庫に入れて保存していた。鍵の暗証番号は設定していたが、アメリーも最近このレシピを使っていたし、いつもちゃんと鍵をかけていたかは自信がない。
本当は写本室に持っていって保存したいぐらいだったが、聖書ほどレシピは貴重でもない。少し侮っていたと後悔したが、どこに消えた?
他に心当たりを調べたが何も出てこない。もしかしたら外部の犯行? 別にこの修道院は鍵もかけていないし、入ろうと思えば入れる。村の皆んなは信仰者で、そんな不法侵入は神様が怖くてできないだろうと思っていたが、甘く見すぎていたか?
アメリーは、村の皆んなを疑いたくなかったが、気になって仕方ない。何か手がかりがあるかもしれない。金庫の鍵についても責任を感じ、菓子を作って村の人に聞いてみることにした。
レシピの記憶を頼りに修道女の秘伝アップルパイを焼いてみた。正直、粉の分量は適当だったが、表面はてりてりと輝き、甘い匂いを放つ美味しそうなアップルパイが完成した。
さっそくアップルパイを持ち、村に聞き込みに向かった。家畜小屋で飼っている子羊に追いかけられそうになったが、早歩きで逃げ、何とか修道院の隣にある林檎農家にたどり着く。
「ジョン、ご機嫌いかが。アップルパイを試作で作ったので、食べてみる?」
「わあ、ありがとう!」
ジョンは林檎農家の一人息子。赤毛の素朴な青年で、作る林檎も美味しい。肉体労働が苦手な修道女達は、農作業はやらない。余計に尊敬してしまう。
「という事だけど、何か知らない?」
「知らないなー」
残念。最初の聞き込みは失敗だったが、修道女は周辺の村人と密に交流していた。今度は普段からよく知っている貧困家庭のバルバラの元へ行こう。
貧困地区では真っ白な修道着姿のアメリーは目立ってしまったが、アップルパイを配ると喜ばれた。特に子供に喜ばれ、レシピが見つからなくても良いかと思っていたところ、バルバラは何か気づいていた。
「このアップルパイ、カミラの家で見た事あるかも?」
「本当?」
「うん。カミラの家には掃除に行ってるからな」
カミラはこの村でも一番の金本ちの家だ。修道院での献金額も多く、神父も「カミラはすごい信仰者だ」と褒めているぐらいだったが、一体なぜ?
「本当にこのアップルパイと同じだった?」
「うん、色、形、全部そっくりだよ。間違いない」
バルバラが嘘を言っているとも思えない。アメリーはさっそくカミラの家へ。
貧困地区からカミラの家に向かうと、そのギャップに驚く。重厚なレンガ造りのニ階建の建物で、どこからどう見ても金持ち。もしカミラがレシピを盗んだ犯人だとしたら、どういう動機?
アメリーは全く予想がつかなかったが、庭でカミラとあった。カミラは庭で薔薇の手入れをしていたが、アメリーの姿を見つけると、動揺していた。今の季節は秋なのに、汗までかいている。目も泳いでいた。せっかく金持ちマダムに似合う高価なネックレスをつけていたのに、不審な態度で台無しだ。
「カミラがレシピを盗んだの?」
「ごめんなさい!」
カミラはあっけなく認め、レシピを返してくれた。レシピは新しく卵のシミもついていた。明らかにこのレシピを使ったようだ。
「ごめんなさい。罪は償います」
「いえ、罪を許し償えるのは神様だけです。一体なぜこんな事したか、一緒に告白しましょう」
懺悔室へ行くのは大袈裟なので、修道院の礼拝堂に連れて行き、事情を聞いた。
何でもカミラの夫は浮気性らしい。結婚して二十年たつが、全く治っていない。美味しい菓子でも作れば夫の心が戻ってくると考え、レシピを盗んだというが。
「そうだったの……」
こんな事実なら同情してしまう。
「ええ、本当に悪かったと思う。でも美味しいお菓子で、夫もよく家に帰ってくれるようになって……」
「だったら良いじゃない。ここで罪を告白したんだから、この件は終わり」
アメリーの笑顔にカミラの肩の荷物も折りたよう。もう二度とレシピを盗まない事を約束し、この事件は解決した。いつものようにレシピは菓子工房の金庫に納められた。
しばらくは平和な日々が続いたが、そんな魅力的なレシピなら、修道院でも作って収益化しようという事になった。
予想以上にレシピを参考にした菓子は人気になり、アメリーも毎日忙しく働き回っていた。
「まあ、菓子の仕事は試食できるのがいいよね!」
出来上がったばかりのさくらんぼパイを試食し、アメリーの口の中も幸せいっぱいになっていた。