クリスとディネル家の子どもたち
「は? 何だと?」
クリスの機嫌は急降下する。
「ですから。本日、皆様は出掛けておいでになります」
シモンが恭しく告げる。
「またか? この間もそう言っていただろうが!」
「と申されましても、主人一家がお出掛けになっているのは紛れもなく事実でございます」
「ならば姉上たちは何処へ行った? 俺はそちらに行く。行先を言え!」
「それはお答え致しかねます」
「貴様! いい加減にしろ!!」
クリスは何とか姉と話をして自分の力になってくれるよう、協力を取り付けに連日足を運んでいるというのに……今日もまた姉一家は不在だという。
“やはり俺と姉上を会わせないようにしているのか……?”
そう思うとクリスは沸々と怒りが噴き出してくる。
“一体誰が? イアンか?”
シモンのこの対応を見るにイアンの指示であるのは間違いないだろうが……
“しかし……何故イアンがそんな事をする?”
自分はイアンの妻イェンリーの実弟だ。つまり身内である。確かにイアンはクリスをシアの師匠から下ろしたが、それが理由で家族に会わせないなんて非常識な事をするだろうか?
クリスは首を傾げる。
“やはり……ジェスの仕業なのか?”
ふとそう思ったクリス。そしてその瞬間そうとしか思えなくなった。
“ジェス……! 貴様、一体何処まで……?”
クリスはギリッと歯軋りし、拳を震わせる。
「お。なぁイアン。またクリスがお前ん家に行ったぜ?」
ジェスはクックッと嗤いながら報告する。
「……またかよ。あいつも懲りんな」
イアンは溜め息混じりで答える。
「あいつ。よっぽど姉さんを取り込みたいみたいだな」
ジェスの言葉にイアンは顔を顰め、イェンリーは複雑そうな表情を浮かべる。
「まあ。現状、あいつの味方をしてくれそうなのは姉さんくらいだからな。姉さんさえ取り込めば、俺やお前を屈伏させるのも簡単だとかいう腹積もりなんだろうよ。……おーおー、またシモン殿との押し問答に負けて追い返されてら。……本当、シモン殿には頭が上がらないよな」
「……シモンには特別手当を出すべきかな?」
イアンはポツリと呟く。こうも頻繁にあの偏屈で面倒臭いクリスの相手を強要されるシモンに、心底申し訳無い思いで一杯になる。
「是非そうしてやってくれ。何なら俺からも出してやりたいくらいだ」
ジェスは心からそう思った。
「ただ、それよりも先に子どもたちの事を考えた方がいいかもな」
「? どういう事だ?」
イアンが渋面で問いかける。
「今のクリスの様子を見るに……あいつ、万が一子どもたちと遭遇したら有無を言わさずあの子たちを連れ去る危険がある」
「! 何だと?」
イアンの表情が険しいものになる。
「あいつ。自分の思い通りに姉さんや子どもたちに会えない事にかなり苛ついている。そしてそれは俺の仕業だと思っているのが丸分かりだ」
「……」
イアン含むその場の全員が絶句する。
「ジュエンは今日儀式を終えたし、ジョーも近日中に儀式を執り行う。この2人に関してはひとまず危険は遠のいた。今度はディネル家の子どもたち、リンガとジェイを含めて危険が迫っていると思った方がいいだろう」
ジェスの言葉に皆がハッとなる。
「今の所、あいつはシアに一番固執していると思う。何と言ってもシアはあいつの弟子だった訳だしな」
「……」
イアンは渋面になる。こんな事ならクリスにシアを預けなければ良かった、と心底後悔する。
「そしてシアが駄目ならジェイ、ジェイが駄目ならリンガ……と、際限無く狙って来るだろう」
「……」
イアンもイェンリーも何も言えない。今のあのクリスなら確かにやりかねないからだ。
「子どもたちを手元に置けば、お前や姉さんは子どもたちの安全を考慮してあいつの要求を飲まざるを得なくなるだろうし、俺たちも迂闊には動けなくなる」
「……」
「ただ、まだリンガの危険は少ないだろう。今はインディオール学院の学生で寮生活だ。ファビアン殿も目を光らせているだろうし、他の学生の目もリンガ自身抵抗する術もある。だが他の子どもたちは違う」
「……」
ジェスの話しに次第に顔色を無くしていく面々。
「シアは元弟子としてあいつとはやりにくいだろうし、ジェイは医師の卵。エモリアやラザーが間に立ってはくれるだろうが、エモリアもラザーも医師や薬師として忙しい。ジェイと常に一緒にいれる訳じゃ無い。それに、確かジェイは護身術をある程度使えるくらいの腕前だったよな?」
「……ならば、どうする?」
イアンは唸るように問いかける。
「まあ、一番良いのはあいつが足を運べない場所に避難させる事だろうが……」
ジェスはそこまで言って考え込む。そんな都合の良い場所なんて何処かあるか? と
すると
「ならばいっその事、家族皆でこの森に避難するか……出来ればリンガとジェイも一緒に」
とイアンが言い出した。
「……は?」
ジェスが目を丸くする。
「? 今お前が言った場所の条件に最も合うのはこの森だと思うが?」
イアンは澄ました顔で言ってのける。
「……まあ、確かにそうだが……」
しかし、この森は化け物が巣食う魔の森だ。そんな場所で小さな子どもたちに生活させるのか?
と思っていると
「何を今更。ここは既に生活基盤が整っているし、最強のウェイド一家がいるんだぞ? 昔、我が家が暮らしていた邸も綺麗な状態で残っているようだし。何か問題あるか?」
至極真面目な顔でイアンに告げられた。
「いや、お前。あっちでの仕事はどうするんだよ?」
「別にここから通えばいいだろう。あっちの邸の事は基本シモンに任せればいいし、昔と違って転移陣で移動は一瞬だ……というか、以前からシモンにそう言って提案されていたんだよ。オーキシスの邸はシモンに任せ、俺たちは森に避難してはどうか? ってな」
「……」
数拍、沈黙した後ジェスは
「ばあちゃん、どう思う?」
この森の主であるホーリーに意見を求める。
「イアンたちがそうしたいなら、私は構わないよ。シアたちと一緒に暮らせるならジュエンも喜ぶだろうしね」
「……いいかな、イェンリー?」
そういえば愛妻に確認を取っていなかったと、慌ててイェンリーに尋ねる。
「ええ。私に異存は無いわ」
「「「私たちもありません!!」」」
シア,ネージュリア,パピリーナも口を揃えて答える。
「なら、決まりだな!」
イアンはニッコリと笑い、周りからは何故か拍手が湧き起こった。
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