表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/204

市井の退魔師〜名医一族バルム家〜

「はい、これでいいわ。お大事に」

「先生、ありがとうございます」

 ミルド王国の王都ミルディスの郊外にひっそりと佇む診療所。そこは当代一と評判の名医が勤務している事で知られている。



「ふう」

 本日最後の患者を見送り、この診療所の所長である医師のエモリア・バルムはようやく一息つく。

「師匠、お疲れ様です」

 そこに弟子のジェイがお茶を淹れて運んで来た。

「師匠、どうぞ」

 ジェイはニッコリ微笑ってエモリアにお茶を手渡すと、エモリアはゆっくりと口を付ける。

 

 

「美味しい。淹れるのが上手になったわね」

 エモリアはそうジェイを褒める。

「ありがとうございます」

 ジェイも師匠に褒められてはにかんだ表情になる。



「そういえば、ラザーはどうしたの?姿が見えないようだけど?」

 ラザー、というのはエモリアの弟だ。

「ラザーさんなら薬草を採りに近くの森へ行かれました。もうじき戻って来られると思います」

「そう」

 エモリアはそう言って、また一口お茶を啜る。



「ふう。こんなものかな?」

 王都にほど近い森に薬草採取にやって来たラザー・バルムは今回の収獲を確認し、そう呟く。

「ランタナ草に月下草。ビリア草にトゥーマ草か……これだけあれば、しばらくは大丈夫だな」

 ラザーはよっこらしょ、と立ち上がり伸びをする。



「ん?」

 診療所に戻ろうと歩き始めて数分。ラザーはふと気配を感じ、警戒しつつ周囲を見回す。すると

「グ……グルルゥーー!」

 犬型の化け物がラザーに立ち塞がった。

「全く……」

 ラザーは溜め息を吐き、構える。



「ただ今戻りました」

 ラザーが診療所に帰り着いた時には、とうに日も暮れた時刻になっていた。

「お帰りなさい、ラザーさん。師匠〜、戻って来ましたよ〜!」

 ジェイはラザーにお帰りの挨拶をした後、エモリアにラザーの帰宅を告げる。

 これは心配かけたんだな……と、ラザーは苦笑する。



「お帰りなさい、ラザー。随分遅かったわね」

 直ぐ様少し不機嫌な姉が姿を見せ、開口一番そう言われる。

「ごめんなさい、姉上。森から帰る時、犬の化け物に遭遇してしまったんです」

 ラザーは心底申し訳無さそうに報告する。

「まあ! 怪我は?」

「大丈夫です。化け物は問題無く討ちましたから」

 そう言ってラザーはニッコリ笑う。

「そう? ならいいけど」

 エモリアはホッと息を吐く。



「そう。騎士団まで報告に。それでこんなに遅くなったのね」

 ラザーはジェイが淹れてくれたお茶を飲み干しながら姉に報告する。

 弟から事情を聞いてようやく納得したエモリア。

「はい。異形の骸もそのまま騎士団に預けて来ました」

 ラザーの報告にエモリアは頷く。



 市井の退魔師と騎士団、冒険者ギルドは密かな繋がりがある。

 退魔師たちが森の外で活動する目的は化け物討伐の他にも主に情報収集がある。

 過去に壮絶な迫害を受けた退魔師が表立って活動する事は無い。しかし、闇に紛れて活動するにも確かな情報は欠かせない。



 そこでとある時、国と退魔師の間で秘かに協定が結ばれる事になったのだ。

 即ち国は森の外で活動する退魔師たちに表向きの身分を保証し、彼らの隠密行動を黙認する。その見返りとして、退魔師たちは国に出没する化け物の討伐に力を貸す、という訳だ。



 因みに医師の一族であるバルム家は、その卓越した医療技術と回復術で貢献している。

 具体的には各診療所で医師として活動する他、時折騎士団や冒険者ギルドから回復役として同行を要請される事もある。



 余程の事態で無い限り当代一の医師であるエモリア自身が動く事は無いが、その弟ラザーは度々彼らに同行している。

 と言ってもラザーの場合、回復役ではなく有力な戦力として同行を要請される場合が殆どだが。

 その為、ラザーは騎士団や冒険者たちとはそれなりに親しかったりするのだ。

 その為彼らが退魔師の宝、ジュエン=ウェイドの存在を知った件もいち早く耳に入れる事が出来た。



「ジェス様、大丈夫かなぁ……?」

 話を聞いた限り、ジュエンは名乗りこそしなかったものの、退魔師である事はその一般人に明かした様なので、兄のジェスがどう対応するか少し心配だ。



 ジェスが歳の離れた妹を溺愛している事は退魔師で知らぬ者は無い。普段は温厚な彼が、妹に限らず大切な者が一度傷付けられたらどれ程恐ろしいか、退魔師は身に沁みて知っている。

 更に恐ろしい事に、それはジェスだけでなく彼の配下たちも同様だという事だ。 



「何言ってんの? もしもの時はあんただって同じでしょう?」

 ラザーが考えている事を察したエモリアは、呆れた顔でそう言う。

「あはは……」

 否定出来ず、笑って誤魔化すラザー。



 ラザーがバルム一族でありながら、回復役ではなく戦力として活動出来るのには訳がある。

 かつてラザーは誰よりも内気で心優しく、虫も殺せない有り様だった。

 しかし、とある事件でラザーは死にかけた事が有り、その際姉と死霊使いジェスの尽力で一命を取り留めた。

 その時の処置の影響か、ラザーは身体能力が格段に上昇し、戦闘力が爆発的に上がったのだ。



 それからラザーは必死に戦闘技術を身に付けた。命を救って貰った恩に報いる為にもラザーは死に物狂いで訓練をこなし、今では王都でも有力な実力者として知られている。

 全ては命の恩人であるジェス・ウェイドに報いる為に。

 なので彼が大切にしている妹のジュエンに何かあれば、自分とてジェスの元に馳せ参じ死力を尽くすだろう。



 姉にそう指摘され、苦笑を浮かべるラザーであった。


  

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ