医師見習いジェイの修行風景
名医エモリア・バルムの弟子ジェイ=ディネルの1日は日が昇る前の起床から始まる。
「う〜ん……!」
ベッドの上で大きく伸びをしてからベッドを下り、手早く身支度を整える。
起きて最初の仕事は薬草摘みだ。薬草の中には日が昇る前に収獲しなければならないものがあり、それを1日に必要なだけ摘んでおく必要があるのだ。
それが終われば診療所の清掃だ。ここは具合の悪い人や怪我をした人たちが訪れる場所なので、毎日念入りな清掃を心がけている。
その後は朝食の準備だ。しかし、これはジェイが厨房に入る頃には既にラザーが朝食の準備に入っているので、ジェイは主に配膳役である。
朝食の準備が終わる頃、エモリアが起き出して来るので3人で朝食を摂るのだ。
それから開院の準備をしてから診察開始である。
「今日はどうされましたか?」
エモリアの診察を受ける前、患者の容態を問診するのはジェイの役目だ。
これによってエモリアの診察はスムーズに行われていく。
「師匠、お昼の準備が出来ました」
怒濤の午前の診察を終え、一息ついたエモリアに声を掛ける。
診察中はエモリアのみならず薬師のラザーも大忙しの為、昼食の準備はジェイの仕事である。
「ん、美味しい。ジェイ、料理の腕も上がったわね」
と、エモリアに褒められた。
「ありがとうございます」
師匠に褒められ、笑顔になるジェイ。
「これなら、そろそろ薬の調合を教えてもいいかも知れないわね」
エモリアがそう言った。
「え、本当ですか?」
ジェイの表情が輝く。
「ええ。これだけ料理がこなせるなら大丈夫だと思うわよ」
そう言ってエモリアはニッコリと微笑う。
それを聞いてジェイは思わず嬉しくて涙が出そうになる。これでまた、師のような名医への道に一歩近づいた、と。
そもそもジェイが医師を志したのは、双子の姉シアや姉弟同然に育ったジュエンのように退魔師としての才に恵まれなかった事がまず一つ。
元々ジェイは外で走り回るよりも部屋で本を読むのを好み、虫も殺せない非常に大人しく心優しい子どもだった。
なので剣や体術に余り興味を示さずやる気も出なかった為、当然ながらシアやジュエンより遥かに習得は遅かった。
その事を度々武芸の師匠や父親、叔父クリスにも注意されていたが、ジェイにはどうしても武芸に興味が持てず訓練に身が入らなかった。
そんな時、母イェンリーが末妹フロレシアを妊娠。
度重なる出産で、身体が脆くなっていた母が無事にフロレシアを出産出来るかどうか分からない、と父や叔父は末妹を産ませるかどうか連日話し合っていたのを覚えている。
そしてエモリアがその腕を如何なく発揮して、無事にフロレシアは産まれ、心配されていた母も無事だった。
その時ジェイは確信した。自分の進むべき道はこれだ! と。 それは日を追うごとに自分の進むべき道は医師だ! という思いが募っていった。
それから産後のドタバタが落ち着いた頃、ジェイは思い切って父に自分の思いを打ち明けた。
猛反対されるとばかり思っていたが、意外にも父は黙ってジェイの思いに耳を傾けてくれた。
そしてジェイの話しを聞き終わると静かに
「分かった」
とだけ告げられた。
そこからは早かった。トントン拍子に話しが進み、ジェイは晴れてエモリアに弟子入りする事が決まった。
それからジェイはエモリアの診療所で医術の修行が始まり、現在に至る。
この診療所の来るまでの事を思い返しながら、いよいよ本格的な医術を学べるのだと胸が踊る。
これまでは基本的に雑用をこなしながらエモリアやラザーの補助をするのみだった。
しかし、それも本格的に医術を学ぶための前準備であった事はジェイも理解している。
掃除、洗濯、料理。そのどれもがより緻密で神経を使う医術を扱う良い訓練だった。
掃除、洗濯は衛生という医療における最重要概念を育てるのに、料理は薬という一歩間違うと危険な素材を扱う繊細さを養う為に。
その事にジェイが気づいたのはいつの事だったか? それまでは雑用ばかりでつまらないと思う事もあったが、それに気づいてからは心を込めて雑用を行うようになった。
そんな事を思い出しつつ、ジェイは昼食の後片付けと午後の仕事に取り組む。