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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

二季

作者: 唐 揚

序章 初秋ノ風


 視界がまだぼんやりする。薄暗いディスプレーを覗くと6:00を指している。まだ寝よう、彼はそう言って再び頭を枕に沈めた。




 「はぁ、ったくスヌーズしっかり鳴れよ。」


彼はため息を吐くように呟く。その息遣いは少々荒く、言葉も途切れ途切れだ。額にはじんわりと汗が滲み、その湿気を初秋の風がひんやり冷ます。急いでいる時、彼は大股になる。


「なんで今日こんな寒いんだ?昨日はこんなに寒くなかったじゃないか。今の季節はまるで冬だ。これじゃあ四季じゃなくて二季だよ。」


近年の季節は、春と秋の程よい暖かさと涼しさが消え、夏と冬の猛暑と極寒だけが残った。彼の大股は横断歩道の白線を1.5本跳ばしで進む。




 「二度寝した後って何故だか眠りが深くなるよな。起きられなかったわ。」


息が上がった彼は完全に目覚めている。


「また言い訳?社会人の遅刻は終わりよ。社会での死を意味します。」


冷酷な台詞が俺の体温を下げる。


「死なんて物騒なこと言うなよ。もっと別の言い方あるだろ。例えばクビになるぞ、とか。」


「死人に口無し。」


と一蹴されて、彼女は奥に歩いていった。けっ、なんだよ釣れねぇなと鼻を鳴らす。彼女は俺の同期で同じ部署の田中 秋。仲は悪くは無いが、見ての通り冷たい態度をとられる。近年の秋の気温じゃあるまいし、もっと暖かい受け答えしてくれよ。自分の駄洒落で自分が一層寒くなっていると


「お〜い!また遅刻?仕方ない奴だなぁ〜。」


背後から声がする。俺は振り返ることもなく答える。


「またじゃねーし、今月入ってから最初の一回だ。」


こいつはまたも俺の同期の佐々木 春。こいつとは仲が良い。誰かさんと違って。入社した初日に俺は春と出会った。春がトイレから出てきた時、ハンカチを落としたのが見えて、声をかけに行った。


「そうだっけ?大学生の時は、遅刻0の優等生君って秋から聞いてたよ?」


「今は劣等生とでも言うのか?そりゃ、日本は列島だけどよ。」


沈黙が木霊する。


「んなことよりさ、今日急に寒くなったよな。もう冬じゃん。これじゃ四季じゃなくて二季だよ!劇団四季改名危機!」


彼はこれを面白いギャグだと確信して発している。が、


「まぁ、確かに。これじゃあ、こないだ折角買ったカーディガン着れないよ〜。」


御客には刺さらないのが日常である。二発不発。見ているこっちが痛い。


「えー。皆揃ったかな?これより朝礼を始める。起立。」


会社の日課の朝礼が始まる。今日のノルマや会社の近況を課長が説明する。が、皆聞いていない。課長もカンペ通りの大根役者。この慣わしいるの?


「えー、皆知っての通り、今現在このビルのエレベーターが工事中となっている。えー、皆には申し訳ないが、今後も引き続き階段を利用して頂くようお願いする。」


この課長は言葉の文頭に『えー』を付けるのが癖だ。話が入ってこねぇーつーの。


第二章 遅刻未遂


 「やばい。やばい。ヒトって朝寒いと起きられないだろ!なんで日本はサマータイム制度導入しないんだよ。ちくしょー!」


一昨日遅刻ギリギリだったから印象悪いぞ。まずったな。彼はいつもの三倍のスピードで十階建のビルディングの階段を駆け上がる。三倍と言っているが三段跳ばしをしている訳ではない。何故エレベーターを使わないかと言うと四日前からエレベーターは改修中なのである。俺の仕事場は七階。職場は不満の嵐だが、このビルが十階建ということを考えると、七階に会社があることが地獄に仏のように感じる。それは自分以上の不幸人がいるからだ。十階のサラリーマンには気の毒に思う。なんせ十階の会社は皮肉にもウォーターサーバー会社。水の品を運ぶのに大変この上ない。職場の扉を勢いよく押し開ける。階段ダッシュによる疲労のせいか内側から誰かに押さえつけられているように感じた。


「バンッ!」


ドアが爽快な音を立てる。


時刻は8:57。カップラーメン一個分の余裕を残して出勤。硬麺派は三十秒有余がある。因みに俺はカップ麺の汁は残す派。汁を飲むのは健康に悪いから。


「おはよ。ギリギリセーーーフ。」


一気に緊張が解け、口から息が溢れ出す。


「おはよ〜。ほんとだね。一昨日ぶりのギリギリだ。このスパンの短さは記録更新だね。」


「いやー、油断してた。夜更かしして読書してた(笑)。」


(読み物は漫画)。


「中学生じゃないんだから(笑)。」


春はにこやかな笑みを向け、呆れながらに言う。


「今後は気を付けるよ。」


「よろしくお願いします。」


会話を一段落終わらせ、マイデスクに足を運ぶ。歩いている途中、何かが引っ掛かった。いつもとは違う違和感が。何だ。あっ、


「あいつがいない。」


デスクに着いて、ワークスペースを360度ぐるりと見渡す。やっぱりいない。遅刻か?フッ、俺を煽った分、そっくりそのまま返してやるぜ。いや倍返しだ!いや乗返しだ!とは思ってみたものの、活きのいい威勢とは裏腹に、彼の心中では何故か一抹の不安がゆらゆらと彷徨っていた。


第三章 工事現場


 「うっしゃあ、今宵も締まってこうや。」先輩が棒読みする。今日は二十一時から工事の続きを進める。想定では今日中終わるに予定だ。今は九階にいて、ここを終わらせて十階を修めれば仕事完了。あ、あと一階に置いたままのエレベーターの動作確認もだ。俺が雇われたのは先月の暮れだから今日が初給料日になる。先月分の給料もここに含めてくれるとのこと。良会社だ。端金でも充分嬉しい。やっと自分で働いて金が貰えると思うと感慨深い。この金で俺はやりたかったことがある。


「おい、こっち手伝えや。」


「あ、了解っす。」


俺は慌てて先輩に駆け寄り、クランクを回す。この人は初給料をパチで溶かしたらしい(呆)。でも剽軽で憎めない人柄は皆に好かれている。俺はこの人が大好きだ。


「おみぁ、今日が初給料日ってんで浮かれてんじゃねぇのか?(笑)」


バレバレか。


「すみません。鉢巻縛ります。」


俺は母さんにこの金で高級料理を食べさせたい。なんせ母さんは女手一つで家庭を支えてくれて、今までそんな飯を食ったことが無い。だから恩返しがしたいんだ。ふと、肉刺が潰れて治るのを繰り返した硬い手のひらが目に入る。彼は今までの苦労、今までの感謝を思い出しながらクリップボードに挟まれた記入欄にチェックする。そのペケは今までで一番生き生きしている。


第四章 非日常感


 なんだよ。あいつ。今日は遅刻じゃなくてはなから休業かよ。ちっ、この前の分きっちりそのまま煽り返してやろうと思ってたのに。祝日明け早々、彼は腹黒いことを思いながら自分の胃に漆黒のブラックを流し込む。彼は珈琲を飲む時決まって少量の牛乳、砂糖、砂糖液などは入れず、その中の牛乳だけをそのままくいっといく。非常にはしたないと、それこそ秋に言われていたが、当人はここに居ない。


「今日も酸っぱい。酸味無いやつ置けよ。」


彼がぼそっと口にした時。コツ、コツ、コツ。


「ほい、頼まれてた佐久間さんの資料。お願いします。」


春が俺の横に立った。真横に立つと意外と大きいんだなぁ。ん?


「あれ?お前がヒール履くなんて珍しくない?なん


質問をかける前に遮られ、持っていた資料を口元に当てながら耳打ちされた。


「今、仕事中。私語が見つかったらここの課長面倒臭いよ。私これから外回りなの。だからヒール。もう、仕事に集中しなさい。」


彼女の髪が彼の耳を掠め擽ったい。そしてその髪から女性特有の良い香りが男性の鼻を掠めこちらも擽ったい。あぁ、いい匂いだなぁ。なんでこんなにいい匂いがするんだろう。彼はどうでもいいことに思考を巡らせる癖がある。粗末なギャグが良い例だ。


「ちょっと、聞いてる?ったくシャンとしなさい、シャンと。」


「はっ。ご、ごめん集中するよ。集中します。」


仕事中の春はいつもの『〜(伸ばし棒)』が無くなって、口調が秋のようにキツくなるのだ(泣)。


「はぁ。。そういえば今日、秋ちゃん休みなんだよね。珍しいよね。なんだかんだで初めてじゃない?どうしたんだろう。」


彼女は焦ったようにスラスラと捲し立てる。気持ちが安定していない時、彼女は饒舌になる。


「そうなんだよ。あいつに限って休みなんてさ。祝日後に有休取って、人為連休にしたんじゃねーかな。あいつ小賢しいし。」


再びモヤモヤが彼の胸で渦巻き、先ほど飲んだ胃の珈琲と混ざり合い少し気持ち悪くなった。


「やだ、なんだか私たちブラック企業の上司みたいなこと言ってた。ちょっと休むくらい全然OKだよ。うん。」


「おい。」


その時課長が声を上げた。こちらを鋭く睨んでいる。


「やば。噂をすればなんとやら。」


春がここを離れようとする。


「あ、資料ありがとな。」


「うん。」


そう言って彼女は自分の作業場へ足早に戻って行った。その時の表情が見えた気がした。少しの不安を抱いているような曇った顔。その顔が秋の休業に対してのものなのか、課長の呼び掛けに対してのものなのかはもう分からなかった。コツ、コツ、コツ。タップ音が遠のいていく。


第五章 三温四寒(三寒四温ではなく)


 ドサッ。くぐもった重量感ある音と共にダンボールの中から珈琲がこちらを覗いた。


「お疲れ様。今日でここのビルの仕事も終わり、今月の仕事も納まる。社長からは給料が、そして俺からは珈琲の差し入れだ。皆、ここまで良く頑張った。」


この工事の指揮者の伊達さんが自腹で珈琲を差し入れしてくれた。ほんとこの人はできた人だよなぁ。伊達さんと先輩が雑談をしているのを横目に見ながら、俺はこの温まった珈琲をぐびっと飲む。凍てつく喉を微温湯が溶かす。今喉の何処を液体が通っているかが分かるくらい、今の喉、そしてその体は寒さで敏感だ。初秋だってのに夜はこんなに冷え込むんだな。これじゃあ四季じゃなくて二季だ。そういえば今日は夜風が強い予報だっけ。そう記憶を思い起こしながら彼は二口目を啜る。


「痛っ。」


口元にピリッと刺激が走る。上唇を舐めると細い溝がある感覚がした。鉄の風味があるなと思った瞬間。再び


「痛っ。」


上唇右斜め上の溝にピリッと刺激が走る。こんなところにあかぎれが。こんな傷に気づかなかったなんて。ここ最近の仕事の疲れが溜まって、今彼の体は鈍感だ。ぐびっ。


「カラン。」


三口で珈琲を飲み干したその時。


「新山君。」


俺を呼ぶ声がした。ずっしりとした声の持ち主は伊達さんだ。声と同じでその体格は丈夫だ。俺は直ぐに伊達さんの元へ行く。


「新山君、頼み事があるんだけど、エレベーターの動作確認してくれないかな。動作確認といっても一階から九階まで動かすだけ。珈琲もう一本プラスするからさ。」


俺はこの時、初給料日に浮かれていなければ良かった。


「はい。喜んで。」


俺はこの時、この頼みを断れば良かった。


「代わりにその空き缶捨ててやらぁ。それより一人ででぇじょうぶか?」


俺はこの時、先輩の助けを借りれば良かった。


「結構っす。空き缶あざす。」


俺はこの時。




 一階にエレベーターが止まっていることを目視した後、俺は軽い足取りで九階まで駆け上がる。これが最後の仕事と思うと気が楽になり三段跳ばしは余裕となる。九階に着くと扉横の下降スイッチを押す。人差し指に気持ち良い感触が触る。扉上の数字が1,2,3と順に点灯しては消え9に近づいてくる。


「チーン。」


ランプの灯は9で止まり扉が開く。その刹那。激しい悪臭が鼻腔を突き刺す。


「うっ。」


思わず声が漏れるほどの激臭は酸っぱい。何処かで嗅いだことのあるような。それでもやっぱりないような。そんな匂いが嗅覚を鈍らせる。この匂いの正体を暴こうと考えている矢先エレベーターの中の床が血塗ろであることにようやく気づく。


「うわぁっ!」


声を出したと同時に尻餅をつく。しかしそこから立ち上がれない。自分の体重が170kgだと錯覚した。蛇に睨まれた蛙とはまさにこのこと。幸い、そこに血以外のそれは無かった。混乱になりながらも血溜まりの出生地を調べた。するとエレベーターの天井の非常出口の隙間に血が滲んでいることを確認した。何かが天井にいる。いや、あると気づいたのも束の間。次の瞬間、先ほどから吸い続けていた腐敗臭に耐えかね、嘔吐した。視界が錯乱し、意識が朦朧とする。体勢が崩れ落ち、意識が飛んでいく中でこれは生物が腐った匂いだと彼は悟った。


第六章 捜査開始


 目の前の空中を白い狼煙がゆらゆら立ち昇る。そう、これは本当に『狼煙』だ。絶対に犯人を炙り出してやる。


「浅倉さん。ここ、煙草禁止です。」


適当に剃ったであろう剃り残しが多い無造作な髭。その口元から煙草を抜き取る。するとあからさまに顔を仏頂面に変形し、


「あと1cmで充電満タンだったのに。」


と意味の分からないことを言う。この人は浅倉 悠二。俺の先輩だ。仕事をこなす時には凄く切れのある人だが、それ以外はだらしない。世話が焼ける。そんな異端児の後輩、俺、折本 真斗は先週から捜査一課に配属されたばかりの新人ほやほやだ。捜査一課は言わずと知れた殺人事件を取り扱う部署だ。といっても殺人の他に放火、強盗、不同意性交等、不同意わいせつ、誘拐、立てこもり等の凶悪犯罪の捜査を担っている。晴れて華の一課に選別された俺は、ついつい鼻を高くしてしまうところがある。これが最近の唯一の悩みである(誇)。エリートと呼ばれる日はそう遠くないぞ。そのためにはこれからバンバン犯人を捕まえて、手柄を上げてやる。因みに、俺は今日初めて殺人事件を担当する。浅倉さんと共に。ってあれ?


「何ぼーっとしてんだ。いくぞ。」


先輩の目の色がいつの間にか変わっている。俺はビル側の駐車場に置いてきぼりにされそうになり、急いで先輩の背へと走り出した。




 「おえぇぇぇぇぇ。」


先輩に背中を摩ってもらいながらゲロを吐く。生まれて初めてホトケを見た。うちの祖父母、父母、家族全員未だ元気に生きていて、葬式も挙げたことがない。勿論俺は行ったこともない。だからよりショックが大き過ぎた。


「初めてのホトケが殺人遺体なんてな。ほんと気の毒だよ。お前に聞かなかった俺にも責任がある。すまんかった。」


先輩の手先が優しくなる。


「いえ、自分のせいです。こんなことで取り乱してすみません。」


深呼吸をして呼吸を整えながらゆっくり話す。


「いや、それにしてもお前は不幸だよ。初めてが腐敗死体なんてよ。」


先輩の見つめる先にはアレに掛けられた、縦長に膨らんだブルーシートがあった。


「おえぇぇぇぇぇぇ。」


「ありゃー、こりゃ参ったな(笑)。」


シートの四方には無数のハエが集っている。室内は真斗の嘔吐音とハエの羽音が鳴り響いた。


第七章 捜査会議


 「今回の解剖結果から分かるように、遺体は腐敗がもの凄く進んでいた。もはや原型が分からず、人骨が剥き出しになる程よ。」


科捜研の女こと小倉 咲が捜査小会議の弁をとる。


「妙だな。」


浅倉先輩が呟いた。


「こんな寒い時期に普通こんなに腐敗が進むものか?それも室内で。死亡推定時刻から何日経ってる?」


捜査になると途端に凄みが出る。さっきまで、『俺のマイルドセブンどこやった。』とか喫煙禁止のこの部署で言ってたのに。素直に渡してたらどうせあんたこの場で吸うでしょ。しかも今は『メビウス』だっての。昭和かよ。流石に言い過ぎである。


「そのことなんだけど、余りにも腐敗が進み過ぎていて臓器が全部やられた。だから時刻を特定できなかったの。ごめんなさい。」


彼女から力無い声が漏れる。


「すると犯人は時刻を割り出させないために態と腐敗を進める仕掛けを施したのか。」


一理ある。


「しかし、犯人も皮肉だよ。腐敗が進んだせいで早く死体発見に至ったんだもん。」


確かにその通りだ。俺はその当時の死体発見を想像してみた。うっ。再び数時間前の吐き気がぶり返して来そうになった。第一発見者は一体どんな気持ちになっただろうか。そう思うと自分は不幸中の幸いだと思え、少し気が軽くなった。よし、その人の為にも頑張ろう。


「じゃあ、咲ちゃんは引き続き腐敗急速の原因を。俺たちは事件関係者を当たる。」


取り敢えず、今後の方針は定まった。


「その呼び方、セクハラですよ。浅倉さん。」


怖ぁ。


「冗談、冗談、マイケルジョーダン。」


寒ぅ。


「解散。」


皆が出て行った会議室はしんと静まり返り静寂に包まれた。




 今、会議室外では冬季の風が靡き、落葉樹の落ち葉を騒がしく転がしている。あれから二ヶ月、進展は無かった。


第八章 超雪合戦


 「おーい!かかってこいよ!」


「くっそー。今に見てろよ!」


小学生、背丈から考えるにおそらく低学年の子だろうか。彼らの元気一杯で甲高い声が木霊する。高層ビルに囲まれポツンと佇んだ公園の中。その一人が、公園の側溝に溜まった微量の積雪を一所懸命にかき集めながら、小さな雪玉を作っている。もう一人の方に目を向けると、既にその左手には雪玉が収められている。


「サウスポーか。」


言葉と同時に白い煙が口から漂う。しかし、その煙は煙草と比べると随分と薄い。俺はベンチに深く座り直し、この試合を観戦することにした。


サウスポーの雪玉はもう一方の子の物と比べると随分と大きい。俺の拳骨くらいはある。どうやらこの少年は雪玉製造のプロフェッショナルらしい。サウスポーの反対側の少年はついにバッターボックスに立った。バッターボックスといってもその小さな手にはバットは無く、代わりに小雪玉を右手に持っている。


「準備はできた!いざ勝負だ!」


俺は瞬きを忘れ、法螺貝に口を着ける。


「やっとか!臨むところだ!」


戦いの火蓋が切られたその時、


「こんな所に居た〜。さっさと行くよ〜。」


これからという時に左腕を掴まれ引っ張られる。


「いいところだったのにぃー。」


まるで母親にゲームを切り上げられる小学生のように駄駄を捏ねる。プレミアムモルツを買うか買わないかで、俺はサウスポーの方に張ってたのに。。あぁ、俺の愛しきモルツ。相変わらず最低な成人男性である。


「探したんだからね。ほら、子供みたいなこと言ってないで行くよ。」


説教中の春はいつもの『〜(伸ばし棒)』が無くなって、口調が秋のようにキツくなるのだ。。俺は少し胸が締め付けられた。俺は躓いて転ばないように集中するのに手一杯、いや足一杯で7回裏、いやプレイボールピッチャー第一球を観れなかった。そんな後悔を胸に秘めながら、俺は歩かされた。


「ちょっと引く力強くないですか。」


声はガクン、ガクンと変調に躓く。


「私に迷惑かけた罰。」


彼女は前を向いたまま言う。


「勝手に心配するのが悪い。」


流石に無理があると思いつつ口を滑らせる。


「じゃあ、会社の利益損害の罰。」


うっ。何も言い返せない。


「勝ったぁー!!!」


歩く最中、後ろからの勝利の雄叫びが耳に入った。その声はバッターのものに聞こえた。次に天真爛漫な笑い声が木霊する。ギャンブラーは一呼吸置いた。そして、キツい体勢のまま食い気味に首を曲げようとしたが、彼は振り返るのを止めた。まじかよ。彼は今夜のモルツを潔く諦めた。


第九章 祝聖誕祭


 ディスプレーの数字は12,641でピタリと止まっている。


「会計いちまんにせんろっぴゃくよんじゅういち円になります。」


復活の呪文を唱えながら穏やかな表情でこちらに振り返る。俺は何も言わず諭吉二枚を手渡す。


「お腹すいたから早く行こ〜。」


俺も彼女に続いてタクシーを降りた。




 テーブルに着くとウェイターが水やら絞りやらを持ってくる前に、春が六千円を机上に置いた。彼女は人格者だ。彼は何も言わず、それを内ポケットに滑り込ませる。。最初に口を開いたのは


「あんなとこで何やってたの〜。午後の外回りから帰って来ないから、心配したんですけど〜。」


綺麗に描かれた眉毛を寄せながら伺ってくる。


「いやぁ、沢山歩いて疲れたので、暫し休息をと思いまして。」


頭をぽりぽり掻きながら、目を泳がして言う。その視線は春の顔の左の空間を向いている。ふとそこに馴染みの人影を思い起こした。今、春の離席に秋は居ない。もう、居ない。あれから春は変わった。具体的に何処がどうとかは全く分からないが、以前の彼女と比べてもなんら変わりないが、確かに変わった。あれから。秋が死体となって見つかったあの日から。


「暫しどころか午後丸々全部だし!人はそれを俗にサボりと言うんですけど。」


彼女は諭す。いつもと同じ声色で。そして、俺はあの日の春の泣き声を忘れない。あれを聞くのは初めてだったが、以前にも似た様なことがあった気がした。あの日から耳を離れない。


「すぅ。」


彼女が息を吸った。これから捲し立てる気だということを彼は察知した。やばいぞ。


「お待たせしました。」


そこにお水とお絞りをお盆に乗せたホール店員がやって来た。ふぅ、助かった。彼女を見ると、さっきまでの興奮が嘘のような自然な立ち振る舞いをしている。すごい。店員さんは持ち物を一つ一つ卓に添える。その頭には紅白のサンタ帽が被せられている。もうこんなシーズンかぁ。時の巡りは本当に早いなぁ。彼女の右側に目を向ける。そこには透明な窓硝子に収まりきらない程の大きな降誕祭木が生えており、赤、緑、白三色の聖誕節色の発光ダイオードが互い違いにぼんやり点滅していた。どっちかっていったら俺は門松派だけど。座席から身を乗り出して、外の下の方を覗き込んでみると、まだクリスマス本番ではないのにも関わらず大勢のカップルが屯っていた。そういや俺、春に何回フラれたんだっけ。自身の大脳をフル回転させながら、彼は記憶の中から今までの告白回数を数える。イー、リャン。サン。これは最近彼が職場の同僚に誘われて、麻雀を始めたせいでアル。気にしなくても良い。さて、この『思い出す作業』は意外にも頭を使う。サン、サン、スー?


「付き合ってみる?」


一瞬思考停止し、回転が急ブレーキを踏み込んだ。直様声のする方に目を走らせると、春がにやりとこちらに色気ある笑みを浮かべていた。店員の姿は既にここにはなかった。


第十章 捜査再開


 あれから二ヶ月経った今でも鮮明に思い出せる。あの『松島ビルエレベーター田中 秋殺人事件』の第一回捜査小会議の後から俺らは何の収穫も無かった。いや、掴み取れなかった。あの捜査は一時打ち切りになり、俺は今部署で事務作業をしている。浅倉さんはまた別の殺事件を追っていて、今はなかなか会えない。あの打ち切りから、俺が殺人事件を取り扱うことはからっきし無くなった。俺は役立たずだ。。上の空でバインダーに綴じられたA4の紙の左端を、無心に左手の人差し指の爪でカリカリする。


「ベリッ。」


あっ。破いてしまった。しまった、どうしよう。彼は数秒フリーズして、徐にバインダーの表紙を確認する。何の書類だ?頼むから重要資料じゃないのにしてくれ。紙に神頼みする。


「これは。」




『松島ビルエレベーター田中 秋殺人事件 vol.1』




彼は無駄の無い動きで席を立った。それから椅子に掛けてあったジャケットに腕を通す。深い、深い深呼吸を一回して、事務室のドアノブを捻った。


「自分の落とし前は自分でつける。」


第十一章 懐旧二人


 彼は最初に田中 秋の墓地に向かった。ここに来るのは三度目だ。毎月の頭に訪れていた。浅倉先輩にはそんなことしてたら、この先どんどん数が増えてやっていけないと言われていたが、俺にとってはかけがえのない最初の犠牲者なのだ。途中に花屋があったが寄らなかった。墓石には、先週の自分が供えた菊が咲いていた。俺は花の代わりに言葉の餞を供えた。


「絶対犯人は捕まえます。」 




 墓園を出た帰り際、見覚えのある懐かしい顔触れとすれ違った。あれは確か。


「あ、あの。」


男女二人は振り返る。


「斉藤さん、佐々木さん。でしたよね?」


彼女はきょとんとしていて、彼は疑いの目を向けて警戒している。


「いや、その、怪しい者ではなくてですね。二ヶ月前の事件の時、お伺いした折本 真斗です。」


手帳を見せれば手っ取り早いのだが、余計に不審がられると思い止まった。二人の顔が晴れる。


「ご無沙汰してます、折本刑事。奇遇ですね。」


先程までの緊張が解かれた斉藤が話す。


「田中さんのお墓参りに。」


そう言うと、


「わざわざありがとうございます。きっと秋も喜んでいます。」


と犯人を捕まえられなかった税金泥棒に、こんな言葉をかけてくれる。少し立ち話をした後の別れ際。


「今度、大学の友達が合コンを催すんですけど、折本さん来ます〜?」


揶揄うように、彼女が口を開いた。


「こんな所で普通その話するか?TPOを弁えろよ。」


と彼は彼女の口を掌で押さえた。まさか墓地で合コンに誘われるなんて。でも見た感じ二人と歳は近そうだった。ていうか、勝手に恋人いないって決めつけるの失礼だろ!実際いないけど(悔)。


「ふふ、ふふっふふ(まあ、良かったら)。」


口を塞いだまま話すなよ(笑)。名刺を受け取り、名刺を渡す。そこには『二季食品』という会社名が書かれていた。以前取り調べした時と会社名が変わっている。それに食品?


「転職されたんですか?」


気になったので聞いてみる。


「そうです。でも二人で立ち上げたんです。」


ほお、起業したのか。


「凄いですね。でも以前は出版会社でここは食品会社ですよね?なんでですか?」


いってみれば文系と理系、天地の差のように思えた。


「元々大学は二人とも理系で、春は電気工学、俺は生物を学んでたんです。でも読書もお互い好きで、それでサイエンス雑誌の出版に携わろうと就職した訳です。」


その時、佐々木さんが彼を右肘で突っ突いた。その時の俺は、それが何故だか不自然に感じた。俺は相槌を適当に打ちながら、左手首の腕時計をチラ見する。午後一時を指している。


「自分そろそろ次の仕事が。お話ありがとうございます。」


一礼して二人とは別れ、来た道を戻り、愛車のデロリアンのガルウィングを広げ、乗車する。


「生物の研究ねぇ。ちょっと調べた方が良さそうだ。」


ハンドルを、握った右手の人差し指でトントンする。


「ブルルルンッ。」


エンジン音を立てながら走り去る後ろ姿は、まさに洋楽映画のラストシーン。


第十二章 狂イ雪崩


 「私ね。見ちゃったの。」


下方の賑やかな騒音が五月蝿く、上手く聞き取れない。


「え?なんか言った?」


春がこちらに近づいて耳元で小さく囁く。


「私、あの夜。あの十月二日の水曜日の夜。あなたが秋と二人でいるのを影から見てたんだよね。」


俺は息を呑んだ。


「そ、それで?」


平然を装おうとしたが、その声は震えが止まらない。


「私、実はあなたのことが気になってた。だけどあれを見ちゃったんだもん。告白のオーケーなんか出来ないよ。」


春は悲しそうに、でも何処か嬉しそうに呟く。その言葉は寒い冬風に掻き消され、何処か遠くへ飛んで行った。


「二人でいて、何かまずかった?」


冬風が上がった体温を冷ます。それでも尚、体は暑い。顔が赤いのは、春に目撃されたからか、春に好かれていたからか、単なる霜焼けか。春はいつもの『〜(伸ばし棒)』が消えていた。


「もう惚けても無駄だよ。あなたが秋をエレベーターの出入り口に突き落とすところ、見たよ。」


心臓がキュッと縮こまる。


「心外だなぁ〜。そんなに言うなら何か証拠でもあんの?論より証拠。」


彼女は呆れたようにため息を吐き、肩を上げて落とした。


「あなたの殺人手口を知ってる。まず、廊下をウォーターサーバーで塞ぐ。それを退かそうと秋が水を持って、手伝うよと君が駆け寄る。暫く二人で運んで歩たい次の瞬間、近くのエレベーター出入り口に向かって秋を突き放した。重い水により思うように体を動かせなかった秋はそのまま落下即死。」


一拍後。


「はは。妄想が好きなんだなぁ、君は。後、頭が悪い。それだけじゃ証拠にならないよ。」


逃げ切れる。彼は確信した。こうなったら彼は強い。屁理屈を並べ、流れを向こうに絶対に渡さない。甘いんだよ。しかし、春は平常心のままを保っている。


「はぁ。最後まで話を聞こうよ。モテないよ、そんなんじゃ。あなたはその後、ウォーターサーバーの水をエレベーターの底に捨てた。それも廊下にあった六個全て。これで水を処理しつつ、死体を腐敗しやすくしたのは、お見事と思うわ。だけど、その後ダメ押しの蛆を撒いた。これがいけなかったわね。あなたわ知らないと思うけど、これはね、大学の近日実験のサンプルで、大学がしっかり管理していたのよ。大学は直ぐに個体数が減ってるって気付いたわ。でも私はそれを上手く隠蔽して、あなたを守った。あなたが知らないところでね。それで、あなたを利用しようと考えた、これを脅しにね。」


彼女は、あの時残った、蛆が入ったシャーレを魅せた。


「利用するために、試しにあなたと付き合った。より近くで利用方法を考えてたの。だけど活用する前に、あなたはまたへまをやらかした。大学で分解者の研究をしていたと、あの刑事に悟られてしまった。今頃あなたを血眼になって探している筈よ。あーあ、残念だなぁ。あ、因みに、このシャーレの中身と大学の防犯カメラ記録が証拠。それも私が持ってる。それに今、あなたの顔がこれ以上無い程に引き攣ってるのが何よりの証拠よ。」


ここまで来たら後には引けない。俺は春の話を途中から全く聞いていない。顔が引き攣っていたのは、俺が『今すべきこと』を頭の中で導き出してしまったからだ。『こいつを殺せ』。


第十三章 物語極相ストーリークライマックス


 まずい。まずい。まずい。まずい。


「まずい!」


彼は決してパクチーを貪り食ってる訳ではない。


「五月蝿いぞ。少しは落ち着け。まだホシが、これから人を殺すとは決まってねぇだろ。」


助手席の浅倉さんは呑気に『メビウス』を頬張っている。確かに斉藤がまた人を殺すとは限らない。なんならその可能性は低いと思う。だとしても凶悪殺人犯を現世に野放しにしていると思うと、落ち着いてはいられなかった。てか人の車で煙草吸うんじゃねぇよ。


「ふぅ〜〜〜。」


『マイルドセブン』を吐きながら、心の中で隣の後輩の頑張りを讃えた。今まで後輩が出来てもなに一つ思わなかった彼だが、今は隣のドライバーに愛着が芽生えている。仕事は上手く出来ないが、こいつにはガッツがある。それは皆が皆持ってる訳じゃない、刑事として一番大事な才能だ。彼は強くなる。




 目的地に着くとそこには『二季食品』と書かれた看板が、クリスマスカラーに電飾されていた。中に入り、受付人に、


「斉藤さん。斉藤さんをここに呼んで下さい。」


とつい早口になってしまう。受付は手元の名簿手帳を見ながら電話をかける。


「プルルル、プルルル、プルルル。」


この時間が永遠とまで感じられた。コールが止み、受付が二、三回言葉を交わした後、


「すみません、現在斉藤は外回りでして、ここには居りません。」


丁寧な物腰で応える。


「じゃ、じゃあ佐々木さん、佐々木さんは?」


焦りが出て額に汗が染みる。


「申し訳ないですが、現在斉藤と一緒に居ります。」


くそっ。両手を強く握り込む。


「二人同じ所に居んなら、逆に手っ取り早い。今二人は何処に?」


先輩が割って入る。


「丸越町駅前の建物としか伝えられていません。」


「ツリーのある所?」


「そうです。」


受付が頷くと同時に先輩は踵を返す。俺は受付人にお礼をして先輩の後を追う。




 佐々木は何の躊躇いも無く、手提げの小バックからピストルを取り出す。その銃口はスッと斉藤に向けられている。


「私、本当はね、こんなことしたくない。だって、あなたは友達だったから。でもあなたは、あなたは、友達を殺しても、この二ヶ月間何も反省していなかった。だから秋ちゃんの仇、奪らなくちゃ。友達である私の手で。」




 丸越町には地下鉄で来た。なんせ今日はクリスマスイブ。人が多くて、駅周辺は大渋滞。駅のホームですら大混雑だ。あいつらは一体何処にいるんだ?


「パーンッ。」


上方から破裂音が聴こえた気がした。ただ、周りが騒がし過ぎて本当に鳴ったのか分からない。ただの空耳か?先輩の顔を伺う。え?


「おい!今の聞いたか!間違いねぇ銃声だ!発砲音だよ!」


周りが五月蝿くても、先輩の大声ははっきり聞き取れた。嘘、だろ。俺たちはなんとか駅前広場の人混みを抜けた。


「あの銃声は一体何処から?」


「このビルの屋上だ。間違いねぇ。屋外で上方から音が響くなんてそれしかありえねぇ。それと冬は音が聴こえやすい。方角もバッチリだ。」


最終章 冬。輝クハ夜空、靡クハ夜風。


 「バコーンッ。」


浅倉が勢い良くドアを蹴破る。


「そこまでだ!」


折本の両手には38口径の拳銃がある。ずっしりと重い。しかし、その手は震えが一切無い。彼は覚悟を決めている。斉藤もまた銃を佐々木のこめかみに当て、殺気立った眼光をこちらに向けている。あの銃は恐らく佐々木の3Dプリンター銃だ。何故なら、彼女は電気工学出身だからだ。彼女の右足から少し血が流れている。多分、ビル下で聴いた、一発目によるものだろう。


「おい!その銃を捨ててこっちに蹴飛ばせ!」


何を言っても無駄。それが第一印象だ。斉藤の手はブルブル震えていた。浅倉さんは黙っていた。


「何故こんなことをする!何故田中 秋を殺した!答えろ斉藤!」


斉藤は不気味な高笑いをした。その声は泣いていた。それから呆気なく、今までの経緯を話した。彼は大学時に、当時の恋人高森 夏と結婚を前提に同棲していた。が、彼女は田中 秋に酷い虐めを受けていた。執拗な度重なる嫌がらせの末、それが原因で彼女は自殺した。そして恋人を死に追い込んだ田中 秋を、復讐を目的に殺害したということらしい。それから殺害方法や、それが春にバレたことも彼は吐いた。斉藤は、もう全てを投げ出していた。


「だったら佐々木さんは、もう関係ないんじゃないのか!君の復讐は終わったのだし、もう既に君の犯行はバレている!」


斉藤の笑いが止む。


「佐々木さんはあなたの大切な人だったんだろ!もう一度やり直せばいいさ!」


その言葉に斉藤は激情した。


「もう一度。もう一度、夏は帰って来るのか!!!」


場に緊張が走り、折本は拳銃の引き金に右手人差し指を当てる。冷たい指触りだ。だが、斉藤はその後直ぐに静かになり、


「春は大切な人だ。代わりだ。だからこそ


言葉の最後が、強い冬風で上手く聴こえなかった。折本の体勢もその突風によって少し揺らいだ。聞き返そうとしたその直後。


「パーンッ。」


さっき下で聴いた破裂音が、より大きくより鮮明に眼前から鳴り響く。その瞬間左で先輩が倒れた。


「パーンッ。」


もう一発。今度は俺が崩れる。左腹部に激痛が走り、そこを押さえると既に湿っている。いくらなんでも痛過ぎる。


「パーンッ。」


間髪入れずに爆音が続き、耳が壊れそうだった。俺は激痛と闘いながら必死に叫ぶ。喉が壊れそうだった。


「やめろぉぉぉぉぉ!!!さいとおぉぉぉぉぉぉ!!!!」


斉藤は最後、満面の笑みを浮かべ、佐々木の亡骸を抱き、己の頭を吹き飛ばした。


「パーンッ。」




 連続四回の音色が、冬の輝く夜空に木霊し、静かな夜風がそれを靡かせた。


第X章 君ト最後


 「春は大切な人だ。代わりだ。だからこそ、だからこそ、僕と一緒に死んでくれ。今でも大好きだよ、夏。」


第Y章 密カナ情


 彼は前髪を整えると、襟を正してトイレを出た。すると、道端に花柄の可愛いハンカチが。


「誰のだろう?」


前を見ると、皺のない真新しい黒スーツを着た女性の後ろ姿が。


「すみません。あなたって新入社員ですか?」


彼女は、ビクッとして振り返り、


「そ、そうです。こ、この度はどうぞ宜しくお願いします。」


とガチガチに緊張しながら、深々に首を垂れる。


「いやいや、僕も新社。同期だよ。斉藤 冬っていいます。よろしく。」


俺が手を差し出すと、


「ふん、なんだ同期か〜。頭下げて損した〜。私、佐々木 春。」


あ、夏に似てる。この瞬間、彼は彼女に恋をした。彼は何も言わずこっそり、先ほどのハンカチを内ポケットに滑り込ませる。。


アトガキ


 『二季』。このタイトルに込められたテーマは『秋を終わらせるのは冬、春を終わらせるのは夏』。つまりは夏の敵討ちをする冬によって秋が、冬が懐いた夏への想いによって春がやられます。そして、残ったのは冬と夏だけになったということです。『春と秋の程良い暖かさと涼しさが消え、夏と冬の猛暑と極寒だけが残った。』。でも結局双方倒れて、これじゃあ『零季』ですね。そんな洒落は捨てといて、ここまで読んでくださり誠に有り難うございます。皆様に読んでいただけることが一番の喜びです。最後に一つ。これはフィクションです。

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