3話
後日、私はオリヴァー様が不在予定の日に生徒会を訪ねた。
「レイア様?オリヴァー様は他の予定で不在ですよ」
「はい。今日は生徒会の方に用がございまして伺いました」
「そうでしたの。その前に、先日のことを謝罪する時間をいただけるかしら」
「そのことでしたらオリヴァー様から伺いました。私はもう大丈夫ですから、お気になさらず」
「良かった……」
「すみませんでした」
代表するように生徒会副会長のエリクト・フォート様が謝意を述べると、会計を務めるハロルド・ジェイン様やリリス様やアンナ様も後に続いた。
ここでこの話をするのは許す交換条件みたいかなと思いつつ、エリクト・フォート様の瞳を見て今日の目的を告げる。
「お願いがございます。ジェイド・エデルス様とお話しする場所と時間をください」
「……分かりました。生徒会の応接室を使ってください」
フォート様は何も尋ねずに会話が外に漏れにくい応接室を勧めてくれた。
「私はエデルス様と同じクラスですの。エデルス様は園芸委員会の要請で席を外しておりますが、そろそろ予定を終えられるはずですので、連れてきますね」
「頼む」
「私も参ります」
リリス様とアンナ様に続いて行こうとしたけれど、エリクト・フォート様に呼び止められた。
「先日のこともありますし、無理をせずに貴方はこちらでお待ちください」
「レイア様はフォート様とお話でもしていらしてください」
「では、お言葉に甘えて。リリス様アンナ様、お願いいたします」
「はい」
年上だけれど愛嬌があるリリス様はひらひらと手を振りアンナ様と生徒会室から出て行った。
生徒会会計を務めるハロルド・ジェイン様も所用で一旦席を外した。
「あの、もしかして何かお話が」
「やはりあなたは勘が鋭いですね。生徒会にお誘いした時に断られたことを惜しく思います」
「お世辞でも嬉しいです。けれど私よりアンナ様の方が相応しい気がして。それに、やりたいこともありましたし」
生徒会の人員には暗黙の定員がある。もし多くなるとしたらそれは上位貴族が箔付けの為に生徒会入りする場合が多い。
次期生徒会の中心を育成する意味もある生徒会庶務は指名制だ。
侯爵家長女の私に対してアンナ様は伯爵家の令嬢。
家格は十分でも先に私のメンバー入りが決まれば、私達が在籍する学年の女性の暗黙の定員は埋まってしまう。
アンナ様自身とショクア家に実力があっても、当事者に強い希望が無いため箔付けの為の生徒会入りを希望する可能性は低かった。
それに、風紀委員会の委員長は以前から何かとオリヴァー様と意見を対立させる風潮があった。
風紀委員会に入って、できる範囲でオリヴァー様が無用な対立を望んでいないことを伝えたかった。
「オリヴァーを支える形は生徒会の役員に収まることとは限らなかったということですね」
「はい」
おそらく私の考えはフォート様に気付かれている。私の浅慮な行動を咎められるかもしれない。
「貴方がオリヴァーの婚約者で良かった。そんな貴方にオリヴァーが変わった頃のことを話しておきたいのです」
良かった。でも、今後は分からない。気を引き締めなくては。
「お願いいたします」
こうして私はジェイド・エデルス様が来るまでの間、生徒会のメンバーであり、オリヴァー様の幼馴染であるエリクト・フォート様からオリヴァー様の転機のお話を聞くことになった。
「オリヴァーが嘗て鉄面皮と言われていたことは知っていますか」
「はい」
「でも、ある日貴方の話になった時に微笑んでいたのです。今まで見たことが無い表情だったから指摘したら本人もびっくりしたようでした」
「しばらくして、ご当主に『婚約はヴァルラント家のレイア譲に』と望みを伝えたらしいけれど、最初は否定されたそうです」
「仕方がありません。オリヴァー様なら他に良い縁談があったでしょうし」
「ライオネル卿は相性の問題だと仰ったそうです」
「相性ですか?」
「そう。いずれ当主となるオリヴァーとそれを支える配偶者はお互いを補い合わなければならない。嘗て鉄面皮と言われていたオリヴァーにはレイア嬢は向かないと」
もしかして
「オリヴァーが変わった理由、分かりますね」
「……はい」
ああ、だからオリヴァー様は自分の方が先だったと確信していたのね。
大切なことを胸にしまい込むように胸元で手を握った時、生徒会のドアをノックする音がした。
「ただいま戻りました。レイア・ヴァルラント様が私に用があると伺いました」
「ああ。先に応接室に行ってくれ」
「はい」
エリクト・フォート様は先に応接室に行くようにジェイド・エデルス様を促した。
後に続いて椅子から立ち上がった私にフォート様が声を掛けた。
「何かあったら呼んでください。生徒会のメンバーが隣にいます」
「はい。ありがとうございます」
すれ違いざまにフォート様が先程より抑え気味に、でもその分真剣な声で言った。
「オリヴァーを頼みます」
「はい」
◇◇◇
「これが何だかわかりますか」
「……すみませんでした」
今回の騒動の中心であろうジェイド・エデルス様に眠り薬の元になる花を見せて鉄面皮を活かして交渉……しようとしていたけれど、駆け引きが始まる前に金色のまつ毛が伏せられ、謝罪されてしまった。
「貴方が仕掛けたであろう眠り薬の証拠はお兄様に協力していただいて隠蔽しておきました」
「何故ですか」
「事が発覚したら私が直接貴方と交渉する機会を失うからです。何故このようなことをしたのか教えてください」
「貴方のことが好きだからです」
「はい?……いえ、聞こえてはいます。続けてください」
エデルス様は私のことが好きで、私がオリヴァー様との婚約を望んでいないと思わせたり、病弱であれば公爵家に相応しくないと思わせようとして睡眠薬を仕掛けたりした。
そして自分が仕掛けたと思われないように当日は欠席していた、ということだった。
「ジェイド・エデルス様。私にしたことは黙っていてさしあげます。その代わり、生徒会の一員として、そしてその後もオリヴァー様のことを誠心誠意支えてください」
「その程度の処断で良いと?」
「誠心誠意というのがそれほど軽いことだとお思いですか」
「……いいえ」
エデルス子爵家はライオネル公爵家にとって重要な立ち位置。関係を悪化させることはライオネル家、引いてはオリヴァー様の不利益に繋がりかねない。
エデルス様が今後の行動を改める気があるのなら、お兄様と画策した私達の今後の予定も変わる。
「元よりオリヴァー様のことは尊敬していて支えていきたいと思っております」
「今回のようなことはもうしないと約束してください」
「はい。卑怯な手を使ったことをお詫びします。すみません。ですが」
ジェイド・エデルス様は吸い込まれそうな深緑の瞳を輝かせた。
「あなたへの気持ちを消すことはできません」
「気が合いますね。私もオリヴァー様への気持ちを消すことはできません」
◇◇◇
会計のハロルド・ジェイン様が所用を終え生徒会室に帰って来た後、予定が早く済んだらしくオリヴァー様も生徒会室に顔を出した。
副会長のエリクト・フォート様はオリヴァー様の幼馴染だけあって、強めな態度で生徒会長を迎えた。
「今日の予定は済みました」
「ではこのまま今日は解散で良いか」
「そうですね」
アンナ様が赤茶のふわふわした髪を揺らして立ち上がり、思い出したとばかりに軽く手を叩いて鳴らした。
「そうだ。園内のカフェテリアで新作スウィーツが出たそうでリリス様と二人分予約していたのですが予定が入ってしまったのでオリヴァー様とレイア様お二人で楽しんできてください」
「でも……」
「これ、予約券です。どうぞ」
「あ、ああ。ありがとう」
アンナ様はオリヴァー様に予約券を押し付け、他の面々と共に退室の準備をし始めた。
「レイア。せっかくだから行ってみよう」
「はい」
「アンナ様、リリス様。ありがとうございます」
「どういたしまして」
生徒会の方々と別れ、学園内のカフェテリアに向かう途中にある中庭は季節の草木や花々で賑わい、春の風が香りを運んでくる。
周囲には学園の生徒がいるけれど、憧れのオリヴァー様を遠巻きに眺めるか、会釈をして各々の目的地へ向かって行った。
不意に春の強い風に見舞われた。
オリヴァー様は私を強風から守るように絶妙に立ち位置を変えた。
「大丈夫か」
「ありがとうございます」
「あ」
「何だ?」
おそらく先程の風によってオリヴァー様の漆黒の髪の一房が頭頂部のあたりでくるりと一回転していた。
なんだかとても愛おしくて、口角が勝手に上がりそうになる。
でも、殿方は可愛いなどとは思われたくないかもしれない。
慌てて敢えて鉄面皮を被り直した。
「オリヴァー様。少し屈んでください」
「こうか?」
意図に気付いたオリヴァー様は屈むだけではなく、首をかしげて私に合わせてくれた。
やっぱりだめ。あんなにも強固に貼り付いていた鉄面皮が春の暖かい風でふよふよと飛ばされて行ったみたい。
「ありがとうございます」
私は今、どんな表情をしているのかしら。オリヴァー様に呆れられないと良いけれど。
多分オリヴァー様の漆黒の瞳の中にその答えは映っている。
でも、その瞬間さえも惜しいほど間近にいるオリヴァー様を、その仕草を見つめていたい。
オリヴァー様は接近したついでにと思ったのか、小声で問いかけてきた。
「先程のことだが、何を話していた?」
「貴方のことです」
私が考えているのは、いつも想っているのは、貴方のことです。
―END―
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