第10話 最後の戦い 第2章
前屋敷県議の死亡については、信子たちは心の特殊な能力を使って亡くなった本人から直接聞いているので、ひき逃げを装った殺人事件の疑いが強いと思っている。
しかし、そのような特殊な情報は表に出せるようなものではない。信子は県警の島崎正刑事部長にだけは、この情報を耳打ちしていたが、警察は通常のひき逃げ事件として捜査を続けていた。
ひき逃げ事件の場合、容疑車両の塗膜片やライトのガラス片などが現場に残されることが多く、これを調べることで容疑車両を絞り込むことができる。
また、車は全て登録されているので個人が簡単に車を処分することは難しい。
このようなことから日本では、ひき逃げ事件の検挙率は90パーセント台後半とかなり高くなっている。
しかし、前屋敷県議の場合、該当する容疑車両がなかなか出てこず捜査は難航しており、警察内部でも「これはおかしい」という声が出始めていた。
事件が未解決のまま葬儀の日を迎えた。
葬儀は郡内の一番広い葬儀場で執り行われたが、前屋敷県議の人気を示すかのように大勢の住民が参列した。
前屋敷県議は衆議院議員、西田英三郎の地元票の取りまとめ役として陣営でも重要な地位にあった。このため、葬儀には西田衆議院議員が友人代表として出席した。
葬儀は僧侶の読経、参列者の焼香と型通り進んだ後、司会者が次の式次第を告げた。
「続いて衆議院議員の西田英三郎様から弔辞をいただきます」
「えっ!?」
それを聞いた信子は驚いた。娘のみなみが強く主張して弔辞はしないことに決めていたからだ。遺族席のみなみの方を見ると、みなみも母親と言い合っている様子。喪主席の騒ぎを無視して、西田は弔辞を読み始めた。
「前屋敷君、君の訃報に接し、私は今でも信じられない気持ちでいっぱいです。前屋敷君と私は戦後の日本をなんとか立て直そうと、一緒になって取り組んできた、言わば『戦友』みたいなもので、彼を失ったことは地域にとっても、国にとっても、大きな損失であります」
そこまで聞いて信子は
「もう聞いてられない!自分で前屋敷さんを殺害しておきながら、よくもそんなことを・・・」と、西田に対する怒りが更に増した。
喪主席を見るとみなみの姿が見えない。信子は心配になり探しに行った。
みなみは控え室で一人で泣いていた。信子に気づいたみなみは、涙を拭きながら訴えた。
「ねえノブちゃん、聞いて。西田って本当にひどい男だよ。父の葬儀が始まる直前に弔辞がないことに気づいた西田は喪主の母のところに『せっかく準備してきたので弔辞を読ませろ』とねじ込んできて・・・母がいくら説明しても首を縦に振らなかったので、仕方なく許可したということだったらしいの」
「そうだったの。お母さんも大変だったわね」
「西田の弔辞、私が聞きたくなかったのはもちろんなんだけど、何よりも、亡くなったお父さんに西田の弔辞を聞かせたくなかったの・・・」
「みなみちゃんの気持ち、よくわかる」
信子の西田への怒りは更に増した。
控え室から出ると葬儀は終わっており、外では西田を記者達が囲んで取材が行われていた。
️信子は小声で「すみません」と言いながら記者をかき分けて西田の近くに陣取り、 西田の顔を睨みつけた。
かつて与党本部で一瞬だけ見た、西田の『蛇のような目』は健在で、数日前に前屋敷県議の殺害を企てたばかりだったからだろうか、その目はさらに邪悪さを増していると信子は感じた。
2〜3の質問の後、記者が「前屋敷さんをひき逃げした容疑者がまだわかっていないようですが」と質問すると、
西田は「ひき逃げは卑劣な行為です。一刻も早い解決を望みます」と答えた。
あまりにも盗人猛々しい西田の答えに、信子の怒りは頂点に達した。
(許せない・・・!!)
信子はいても立ってもいられず、声を上げた。
「西田さんは最近、前屋敷さんとお会いになったと思いますが、どのようなお話をされたんでしょうか?」
その質問を聞いた西田は、さーっと顔色が変わったかと思うと、信子を睨んで
「君は何処の記者だ?」と訊いてきた。
「〇〇新聞S支局の小田です。最近、前屋敷さんとお会いになったんでしょう?」
「ああ、会ったよ。でも話したのは個人的なことなので、ここで話すことはない。はい、これで終わり」
そう言って囲み取材を一方的に打ち切った。
そして、最後にもう一度信子を睨んで立ち去った。
その時の目は、まるで蛇のように冷徹で、信子はぞっとした。
(怪しまれたかな・・・?いや、そこまで変な事は聞かなかったから大丈夫のはず・・・)
ところが次の日、この信子の質問が大きな波紋を引き起こすことになる。
(つづく)




