第9話 国士の秘密 第4章
「えーっ!? うそ〜!! どうしたの?? こんな時間に! お父さん!!」
支局にやってきた訪問者は、信子の父親の小田正一だった。
正一は東京で警察官をしている。
「娘の信子がお世話になっております。はじめまして、父親の小田正一です」
作戦会議がちょうど終わったところだったので、正一は支局のメンバーと挨拶を交わすことが出来た。
「はじめまして、支局長の山元です」
「支局長さん、信子ががいろいろご迷惑おかけしているんじゃないですか?」
「とんでもないですよ、信子さんは何事にも一生懸命に取り組んで、良い記事を書いてくれるので、とても助かっています」
「記者の浜田です。まだまだ女性記者が少ない中で、信子さんは頑張っていますよ」
「浜田さん、信子はあなたにいろいろ助けてもらって、とても感謝していると話していました。これからもよろしくお願いします」
「いえ、助けてもらっているのはこちらの方ですよ。心さんとのコンビで難しい取材をいくつもモノにしていて、頑張り屋さんの信子さんは良い記者になると思いまきすよ」
「お父さん、彼が心くんよ」
信子がすかさず、話題に上がった心を紹介した。
「心です。信子さんの取材のお手伝いをしています」
心は照れくさそうに挨拶した。
「あなたが心さん・・・想像していた通りの方だ。あなたのことも信子からいろいろ聞いていますよ。信子のことをこれからも助けてやってくださいね」
「そんな…私の方こそ自分の特殊な能力を信子さんに使ってもらって感謝しているんです。これからも信子さんのために頑張ります」
初対面だったが心と正一は親しげに会話していた。
信子はその様子を眺めながら、心くんは初めて出会った時の少し自信のなさそうな学生だった頃から随分と大人っぽく成長したなぁと、感慨深い気持ちになるのであった。
その後、正一は信子のアパートに泊まることになった。
支局からの帰り道、正一は信子に言った。
「支局の方々も、そして心さんも皆んな良い方々で、お父さんは安心したよ。良い仲間と一緒に仕事を頑張りなさい」
信子と正一は最近は、じっくり話すことはなかったが、この日は夜遅くまで、いろんな話をした。
正一は、警察では地域課一筋で出世にも縁はなくれて、いわゆる交番や派出所のお巡りさんとして勤めあげ、まもなく定年を迎える。
「まとまって4日ほど休みが取れたんで、お前の顔を見たくてね・・・」
「お母さんは?」
「前々から女性の友達と予定していたヨーロッパ旅行の日程と重なってしまってね・・・一人で家にいたんだけどつまんないなと思ってね・・・来ちゃった」
警察の中でも、年中休みなしのような刑事課と比べると、地域課は比較的休みが多く、信子は子供の時には父親からよく遊んでもらった。中学生になった頃からあまり話さなくなったが・・・父親と娘の関係ってそんなものと思っている。
信子は母とは、よく話をした。悩みの相談もしたが。母は信子の話をよく聞いてくれて、いつも的確なアドバイスをくれた。それは今でも続いていて電話口で仕事や人間関係の愚痴などを聞いてもらっている。
今回なんの連絡もなしに信子のところに来たのは、いかにもサプライズ好きの父親らしいやリ方で、信子は嬉しくなった。
「お父さんは、まもなく定年で、警察官をやめる事になる・・・」
正一はそう言って、大好きなウイスキーを一口飲んだ。
「定年を迎えるの寂しい?」
信子が聞くと、
「いや、そんなことはないよ。警察官としての30数年を振り返ると、派出書や交番勤務の中でいろんな事件や事故に遭遇したけれど、自分なりに精いっぱいやってきたつもりだ・・・まあ、小さな失敗などはいっぱいあったけど、地域の治安を守ためには、全力を尽したと思っている・・・心残りはないよ」
「お父さん、偉いと思うよ。そういった、一人ひとりの努力があって、地域の治安が保たれているんだから」
「ありがとう。そう言ってくれると嬉しいよ」
そう言って正一は嬉そうに、また一口ウイスキーを飲んだ。
「でも、お酒の飲み過ぎには気をつけてね」
まるで母親のような信子の口ぶりに、正一は苦笑した。
「お父さん。詳しくは話せないんだけど、いま大きな事件の取材をしているんだ」
今度は信子が話しはじめた。
「私が取材チームのチーフを務めるんだけど、相手が殺人容疑のかなり危険な人物なの・・・だから、もしスタッフに何かあったらどうしようと考えると、心配で・・・」
「そうか、それは大変だね。人生で、そういう生命の危険を感じる局面が1〜2回はあるもんだが・・・お父さんは、うまいアドバイスはできないけど、どんな場面でも、命、人の命より大切なものはないと思っている。」
「人の命・・・」
「だから、安全のためには、考えられることは全て対策をして、ことに臨むことが大切だと思うよ。お父さんも、そうやってきたら、全てうまくいったからね」
「そうだね」
「危険な相手ということで、お父さんとしては心配だけど、自分の信念に従って頑張りなさい」
「うん、分かったよ。お父さん」
大仕事を前に悩む信子を励ました父親は、翌朝帰っていった。
「なんとなく来ちゃった」と言っていたが、「たまには娘の様子を見に行ったらどう?」なんて母親から言われて来たに違いないと信子は思った。
でも父親から「自分の信念に従って頑張りなさい」と励まされ、信子は嬉しかった。家族っていいものだと改めて思った。
そして、その家族を奪われた、心や岬の事を思うと、信子はなんとしても今回の取材は最後までやり遂げなければならないと、心に誓った。
支局に行くと西田議員について新たな情報が入っていた。
浜田が本社政治部の記者に指示して当たらせたところ、ある与党の古参議員が、あくまでも現地の関係者から聞いた話で、真偽の程はわからないと断った上で、次のように話したそうだ。
それによると、西田議員は戦時中、占領地の総督府で仕事をしていたが、本体とは別に『実行班』という組織を作り、占領政策を強引に進めるために、かなり酷いことをやっていたらしい。ヤクザ崩れの荒くれなどを使って、日本の占領政策配に障害となる現地人に対しては家族全員を殺害するなど暴虐の限りを振るったそうだ。
犠牲者は100人以上に上ったと言われている。
戦争が終わった時に、西田議員はあの国の軍隊に捕まって処刑される寸前だったが、なぜか殺されずに日本に帰ることができた。
話を聞いた古参議員は最後に言ったそうだ。
「ねっ、不思議だろう。なぜ助かったのか。その辺りの事情はおれは知らない。自分で確かめな」
また別の証言では
「西田議員は『最後の国士』と呼ばれ、自らを犠牲にしても国のために尽くす素晴らしい人物だというイメージだが」、彼と詳しく話すと、彼の頭の中は戦争を推進した人たちと全く変わらないよ。人の命の大切さが分かっていない」
「人の命の、大切さ・・・」
信子は、前日に父親と会話した内容を思い出し、拳を強く握りしめた。
その日の夜、心が自宅で寝ていると、遠くから心を呼ぶ声が聞こえた。
(つづく)