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第7話 海から来た悪魔 最終章

材する記者と取材対象者との関係は、時として微妙で難しい状況になることもある。とりわけ、事件を捜査する警察との関係には注意が必要だ。


今回、信子が行なった心の能力を使った調査は、警察から正式に依頼されたのではなく、県警の島崎正刑事部長が、個人的に、それもこっそりと依頼したものである。


信子と島崎刑事部長、およびその家族とは、記者と取材対象者という関係を超えた親戚のような親密な関係となっており、信子は島崎刑事部長を支援したいという気持ちもある。


第三者から見れば、「癒着」と見られかねない今回の依頼を受けていいものかどうか信子は迷ったが、「自ら飛び込まないと真実は見えて来ない」との思いで引き受けたのだ。


警察署での調査を終えてこれ以上手掛かりは出てこないと判断した信子は、島崎刑事部長の長女の泰代に連絡した。


すぐに返事が来て、その日の夜、自宅に招かれた。もちろん心も一緒である。




「さあ、上がって、上がって」


刑事部長の硬いイメージとは無縁のフレンドリーな性格で報道各社にも人気の島崎刑事部長は部屋着に着替えて、普通のお父さんといった感じで2人を出迎えた。


「お腹空いているだろう。話はあとでゆっくり聞かせてもらうので、まずは食べなさい。それから心くんは二十歳になったのかな?それならお酒もいろいろあるからどうぞ」


いつもにましての大歓迎である。


長女の泰代も同席して会話もはずみ、2人はご馳走になった。一段落したところで島崎刑事部長が突然、真剣な表情になり2人に頭を下げた。


「お2人にはこんな調査をお願いして悪かったと思っています。申し訳ない・・・」


突然の謝罪にびっくりした信子は

「どうしたんですか?刑事部長・・・頭をあげて・・・」


刑事部長は「オフレコ」とことわった上で県警内部の動きについて話し始めた。


「最近、公安部の動きがおかしいのに気づいたんだが、何をしているのか私には話してくれないんだ。信子さんは知っていると思うが、県警の各部は本部長の指揮下で動くんだが、公安部はテロリストや過激派なども捜査対象になるため、秘密の多い部署なんだ。それだけなら、私も放っておくんだが、公安部が1年前の暴走ダンプ事件の被害者女性について調べているらしいという情報が入ったので、傍観する訳にいかなくなってね。そこで私の頭に思い浮かんだのが、信子さんから聞いていた心くんのことだったんだ」


刑事部長の説明で信子は最初から疑問だった調査の目的が分かった。


「県警内部でそういうことがあったんですか。それで泰代さんを通じて・・・」


「それが違うんだ」


そう言って今度は娘の方に向き直り

「お父さんは泰代にも謝らなければならないんだ」

「どうしたの?お父さん」

「私としては信子さんと心くんに調査を依頼したいという気持ちが強かったんだが、一方で県警内部の問題で、全く関係のない信子さん達、それも報道関係者を巻き込んでいいのだろうかという思いもあって、判断に迷っていたんだ。

私が皆んなに謝らなければならないのは、そんな曖昧な段階でこのことを泰代に話したことなんだ。泰代は私が調査を依頼したがっていると思い、それ聞いた信子さんと心さんが早速調べてくれて、本当にありがとう。感謝しています。でも、信子さんは私の依頼を受けるかどうか悩んだんじゃない?」


「ええ、実を言うと悩みました。これはグレーゾーンですからね。でも、知りたいという気持ちが勝ちました」

信子がそう言うと、刑事部長は、

「ありがとう」

と言って再び頭を下げた。


「私からはもう少し話があるんだけど、その前に調査結果を聞かせてくれるかな」


心の出番である。


心は自分が感じた映像から、暴走ダンプ事件の巻き添えで死亡した女性は年齢が30歳前後で、日本語を話していないことから東洋系の外国人で、かなりの美人だったと話した。


そして、小型船に乗って海岸に着くシーンやいろんな男性に接触しているシーン、男性と車の中で言い争いをしているシーンなどを説明した。


日本語ではなかったので女性の名前や何をしていたのかなど、詳しいことは分からなかったが、心は結論として、この女性はいわゆる「日本に潜入した外国のスパイ」ではないかと話した。


心の報告を静かに聞いていた刑事部長は

「心さん、信子さん・・・よくここまでの推理に到達することができたね。お見事だ。我々の調べでも「外国のスパイらしい」という情報は入っていて一致する。

心さんの能力は本物だと私は信じるよ」


県警刑事部長の口から「信じる」と言う言葉を聞き、心はとても嬉しそうだった。


ところが、そのすぐ後に刑事部長の口から出た言葉は全員を落胆させるものだった。


「皆さん、ご苦労様でした。でも、こんなことを私から言うのは心苦しいんですが、今朝、上の方からストップがかかりました。今後この事案についての取材は受けられないしや報道は詳しいことが分かるまでストップしてもらいたいんです」


これを聞いて、信子は語気を強めた。


「島崎さん!それは取材をやめろと言うことですか?」


「申し訳ないけれど、そういうことなんだ。これは日本国と外国との主権に関わる国際問題であり微妙な問題なので、現時点では、取材も記事にするのもやめてもらいたいということだった。すでに東京の記者クラブに加盟している新聞、テレビ、通信社の中で、 気付いたところにはお願いして了解をもらっているらしいよ」


刑事部長の立場もよくわかるだけに、信子は困った。


「取材に制約を受けると言うことについては、私としては承服し難いのですが、事情は分かりましたので持ち帰って検討させてください」


「みんなには本当にすまなかった。曖昧な形で調査を依頼した上に、最終的にストップをかけることになって・・・」


すると、横に座っていた泰代も

「お父さんも、もっとしっかりしてよね。信子さん、心くん、ごめんなさいね。私も早とちりしちゃって」

と言って謝り始めたので、信子は慌てて

「お2人とも顔をあげて・・・最初の段階では何も分からなかったんですから・・・仕方がないです。ただ、心くんがやってくれた成果を生かすところがなくなったのが残念で・・・」

と言った。


ところが心は

「僕なら大丈夫です。刑事部長さんから信じていただいただけで満足です」


「心くん、ありがとう。君はいつも優しいね」


信子は、相手のことを思いやる優しい大人に成長した心を頼もしく思って見つめた。


「もう遅くなりましたのでこれで失礼します。刑事部長も泰代さんも気になさらないでくださいね」



帰りの車の中で信子が運転しながら心に言った。


「この件については、多分これで終わりになると思うよ。心くんには頑張ってもらったけど無駄になった。ごめんね。

・・・でも、これで良かったのかな? もっと頑張って取材を続けるべきだったのかな?・・・難しいね」


「信子さん。信念に従ってやるしかないですよ。」


励ましてくれる心の言葉が嬉しかった。


「心くん」


「何ですか? 信子さん」


「いつも助けてくれてありがとう。感謝してるよ」


信子からのストレートな感謝の言葉に照れて赤面した心は、それを

悟られたくなくて話題を変えた。


「でも海の向こうからやってくる奴らは何者なんですかね?」


「よく分からないけど、あの悪魔のような連中が日本のあちこちで暗躍しているのかもと思うと、ゾッとするね・・・」


信子は車を走らせながら「そんな連中とは出会いたくないな」と心の底から思った。


「バチバチバチ」


突然、大粒の雨が車のフロントガラスに打ち

付けた。


「雨だわ」


信子がハンドルを握りしめると、心が


「そういえば、もうすぐ梅雨ですね」


「ああ・・・嫌な季節だ・・・」


「どうしてですか、信子さん」


「梅雨の時期には毎年のように土砂崩れなどの災害が起きるでしょう。そうしたら、人も亡くなるし、私たちも忙しくなるんだ・・・」


「そうですね、災害は嫌ですね」


心もうなづいて雨雲を見上げた。




その日から3日後、S県は梅雨に入り、1週間激しい雨が続いた。


県警本部記者室に待機していた信子から支局に連絡が入った。


「大変です! 土石流が発生し家が10数軒流されました。行方不明者、多数です!」



(つづく)




















































































































































































































































































































材する記者と取材対象者との関係は、時として微妙で難しい状況になることもある。とりわけ、事件を捜査する警察との関係には注意が必要だ。


今回、信子が行なった心の能力を使った調査は、警察から正式に依頼されたのではなく、県警の島崎正刑事部長が、個人的に、それもこっそりと依頼したものである。


信子と島崎刑事部長、およびその家族とは、記者と取材対象者という関係を超えた親戚のような親密な関係となっており、信子は島崎刑事部長を支援したいという気持ちもある。


第三者から見れば、「癒着」と見られかねない今回の依頼を受けていいものかどうか信子は迷ったが、「自ら飛び込まないと真実は見えて来ない」との思いで引き受けたのだ。


警察署での調査を終えてこれ以上手掛かりは出てこないと判断した信子は、島崎刑事部長の長女の泰代に連絡した。


すぐに返事が来て、その日の夜、自宅に招かれた。もちろん心も一緒である。




「さあ、上がって、上がって」


刑事部長の硬いイメージとは無縁のフレンドリーな性格で報道各社にも人気の島崎刑事部長は部屋着に着替えて、普通のお父さんといった感じで2人を出迎えた。


「お腹空いているだろう。話はあとでゆっくり聞かせてもらうので、まずは食べなさい。それから心くんは二十歳になったのかな?それならお酒もいろいろあるからどうぞ」


いつもにましての大歓迎である。


長女の泰代も同席して会話もはずみ、2人はご馳走になった。一段落したところで島崎刑事部長が突然、真剣な表情になり2人に頭を下げた。


「お2人にはこんな調査をお願いして悪かったと思っています。申し訳ない・・・」


突然の謝罪にびっくりした信子は

「どうしたんですか?刑事部長・・・頭をあげて・・・」


刑事部長は「オフレコ」とことわった上で県警内部の動きについて話し始めた。


「最近、公安部の動きがおかしいのに気づいたんだが、何をしているのか私には話してくれないんだ。信子さんは知っていると思うが、県警の各部は本部長の指揮下で動くんだが、公安部はテロリストや過激派なども捜査対象になるため、秘密の多い部署なんだ。それだけなら、私も放っておくんだが、公安部が1年前の暴走ダンプ事件の被害者女性について調べているらしいという情報が入ったので、傍観する訳にいかなくなってね。そこで私の頭に思い浮かんだのが、信子さんから聞いていた心くんのことだったんだ」


刑事部長の説明で信子は最初から疑問だった調査の目的が分かった。


「県警内部でそういうことがあったんですか。それで泰代さんを通じて・・・」


「それが違うんだ」


そう言って今度は娘の方に向き直り

「お父さんは泰代にも謝らなければならないんだ」

「どうしたの?お父さん」

「私としては信子さんと心くんに調査を依頼したいという気持ちが強かったんだが、一方で県警内部の問題で、全く関係のない信子さん達、それも報道関係者を巻き込んでいいのだろうかという思いもあって、判断に迷っていたんだ。

私が皆んなに謝らなければならないのは、そんな曖昧な段階でこのことを泰代に話したことなんだ。泰代は私が調査を依頼したがっていると思い、それ聞いた信子さんと心さんが早速調べてくれて、本当にありがとう。感謝しています。でも、信子さんは私の依頼を受けるかどうか悩んだんじゃない?」


「ええ、実を言うと悩みました。これはグレーゾーンですからね。でも、知りたいという気持ちが勝ちました」

信子がそう言うと、刑事部長は、

「ありがとう」

と言って再び頭を下げた。


「私からはもう少し話があるんだけど、その前に調査結果を聞かせてくれるかな」


心の出番である。


心は自分が感じた映像から、暴走ダンプ事件の巻き添えで死亡した女性は年齢が30歳前後で、日本語を話していないことから東洋系の外国人で、かなりの美人だったと話した。


そして、小型船に乗って海岸に着くシーンやいろんな男性に接触しているシーン、男性と車の中で言い争いをしているシーンなどを説明した。


日本語ではなかったので女性の名前や何をしていたのかなど、詳しいことは分からなかったが、心は結論として、この女性はいわゆる「日本に潜入した外国のスパイ」ではないかと話した。


心の報告を静かに聞いていた刑事部長は

「心さん、信子さん・・・よくここまでの推理に到達することができたね。お見事だ。我々の調べでも「外国のスパイらしい」という情報は入っていて一致する。

心さんの能力は本物だと私は信じるよ」


県警刑事部長の口から「信じる」と言う言葉を聞き、心はとても嬉しそうだった。


ところが、そのすぐ後に刑事部長の口から出た言葉は全員を落胆させるものだった。


「皆さん、ご苦労様でした。でも、こんなことを私から言うのは心苦しいんですが、今朝、上の方からストップがかかりました。今後この事案についての取材は受けられないしや報道は詳しいことが分かるまでストップしてもらいたいんです」


これを聞いて、信子は語気を強めた。


「島崎さん!それは取材をやめろと言うことですか?」


「申し訳ないけれど、そういうことなんだ。これは日本国と外国との主権に関わる国際問題であり微妙な問題なので、現時点では、取材も記事にするのもやめてもらいたいということだった。すでに東京の記者クラブに加盟している新聞、テレビ、通信社の中で、 気付いたところにはお願いして了解をもらっているらしいよ」


刑事部長の立場もよくわかるだけに、信子は困った。


「取材に制約を受けると言うことについては、私としては承服し難いのですが、事情は分かりましたので持ち帰って検討させてください」


「みんなには本当にすまなかった。曖昧な形で調査を依頼した上に、最終的にストップをかけることになって・・・」


すると、横に座っていた泰代も

「お父さんも、もっとしっかりしてよね。信子さん、心くん、ごめんなさいね。私も早とちりしちゃって」

と言って謝り始めたので、信子は慌てて

「お2人とも顔をあげて・・・最初の段階では何も分からなかったんですから・・・仕方がないです。ただ、心くんがやってくれた成果を生かすところがなくなったのが残念で・・・」

と言った。


ところが心は

「僕なら大丈夫です。刑事部長さんから信じていただいただけで満足です」


「心くん、ありがとう。君はいつも優しいね」


信子は、相手のことを思いやる優しい大人に成長した心を頼もしく思って見つめた。


「もう遅くなりましたのでこれで失礼します。刑事部長も泰代さんも気になさらないでくださいね」



帰りの車の中で信子が運転しながら心に言った。


「この件については、多分これで終わりになると思うよ。心くんには頑張ってもらったけど無駄になった。ごめんね。

・・・でも、これで良かったのかな? もっと頑張って取材を続けるべきだったのかな?・・・難しいね」


「信子さん。信念に従ってやるしかないですよ。」


励ましてくれる心の言葉が嬉しかった。


「心くん」


「何ですか? 信子さん」


「いつも助けてくれてありがとう。感謝してるよ」


信子からのストレートな感謝の言葉に照れて赤面した心は、それを

悟られたくなくて話題を変えた。


「でも海の向こうからやってくる奴らは何者なんですかね?」


「よく分からないけど、あの悪魔のような連中が日本のあちこちで暗躍しているのかもと思うと、ゾッとするね・・・」


信子は車を走らせながら「そんな連中とは出会いたくないな」と心の底から思った。


「バチバチバチ」


突然、大粒の雨が車のフロントガラスに打ち

付けた。


「雨だわ」


信子がハンドルを握りしめると、心が


「そういえば、もうすぐ梅雨ですね」


「ああ・・・嫌な季節だ・・・」


「どうしてですか、信子さん」


「梅雨の時期には毎年のように土砂崩れなどの災害が起きるでしょう。そうしたら、人も亡くなるし、私たちも忙しくなるんだ・・・」


「そうですね、災害は嫌ですね」


心もうなづいて雨雲を見上げた。




その日から3日後、S県は梅雨に入り、1週間激しい雨が続いた。


県警本部記者室に待機していた信子から支局に連絡が入った。


「大変です! 土石流が発生し家が10数軒流されました。行方不明者、多数です!」



(つづく)

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