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第1話 あなたに逢いたくて 第5章

不思議な少年、しんとの取材の旅が始まった。


 初日の取材は遺体で見つかった吉岡由希恵のK県K市の実家と勤めていたK銀行の2か所。


まず由希恵の実家に行った。

 

しんはカメラ助手のアルバイトと紹介したが、どうしても無理があったので、由希恵の母親は怪訝な表情を見せた。


実家では父親は突然の一人娘の死に落胆して寝込んでいたが、母親が「少しでも娘のことが分かれば」として取材に応じてくれた。


母親は由希恵がA氏と交際していたことは知らされていなかった。何らかのトラブルに巻き込まれたり、何かに悩んでいる様子も無かったということだった。


友人だったら悩みを打ち明けているかもしれないので、友人の名前を聞いていないか尋ねた。


「そうですね。ひかりちゃんが一番の親友だと思います。小さいころからの幼馴染で、同じS県の大学を卒業し、就職も同じ大阪のM銀行だったんです。社会人になっても、よく会っていたみたいで、うちにも何度か遊びに来ました」


「えっ、由希恵さんはS県の大学だったんですか」

 この情報は警察発表にはなかった情報だ。


「ええ、由希恵はS大学の4年間、ひかりちゃんと2人でアパートを借りて一緒に住んでいたんです。ですからS県で見つかったのはS県にいる誰かに相談しに行ったんじゃないかと思うんです。」


 母親がひかりちゃんと呼んだ女性は現在もM銀行に勤めている、緒方ひかりで、信子は彼女も取材対象に加えた。


 実家の次は、由希恵が再就職した地元のK銀行を訪れた。


銀行の広報担当は取材に協力的で、由希恵と親しかった女子行員3人を集めていた。

3人とも由希恵が何かに悩んでいる様子はなかったと口をそろえて答えた。

どうやら余計なことはしゃべらないよう上司から命じられているようだった。


「由希恵さんは私たち後輩の行員にも優しくて頼りになる存在でした。」

「背も高くてスッキリした美人で、男性行員らの注目を集めていました」

「人に恨まれるようなことは全くなかったと思います。そんな人がもし誰かに殺されたとしたら、ひどい話だとみんなで話して泣いていたんです」


 K市での取材を終え、M市で泊まるホテルに着いたのは夜の9時を回っていた。


支局に電話して取材に心を同行させたことを伝えると浜田からは

「なんでそんな重要なことを相談しないで決めるんだ。」と怒鳴られた。


一方、オカルト大好きの支局長、山元は

「連れて行った心さんは未成年だからね〜、親と一緒だったらまだよかったんだけどね。でも今更元に戻せないので、気を付けて取材をしてね。大丈夫だと思うが、もしトラブルがあっても、私が責任を取るから、心さんの取材もしっかりするんだよ」と優しく注意してくれた。


 それぞれの部屋に分かれた後、信子は昼間に(しん)の母親から聞いた話を思い返していた。h


 母親の話はこうだった。

「私は(しん)が見たという映像が何なのか分からないんですが、(しん)が嘘をついていないことだけは分かります。これは信じてください。(しん)は小田さんもおわかりでしょうが、真面目でちょっとシャイなごく普通の17歳の少年です」

「そうですね、よくわかります」


「でも、中学2年生になった時に少し変化がありました」

(しん)が通っていた学校は中高一貫で宗教系の学校です。中学2年の時に友人に誘われて聖書研究のクラブに入ったんですが、そのあと(しん)は「死」について深く考えるようになり、私たちに質問したりするようになりました。もちろんそれだけでしたら思春期の少年にはよくある話で、特別問題はないんですが、高校に上がった頃ぐらいから、変なものが見えると言い出したんです。」


「私も(しん)もそれが何なのか分かりません。他人からは『霊感が強いから見えるんだ』などと言われますが、霊の世界があるのかどうかを含めて信じているわけではありません」


岬は「霊感」については否定的な意見を持っている様で、話を続けた。


「小田さん、臨死体験というのをご存じですか? 死にそうになった人が運よく生き返って死後の界が見られたと話す、あ世れです。自分の一生の様々なシーンが走馬灯のように出てきたり、お花畑や三途の川など天国や浄土の風景が見られたりするというものです。私は脳のことは詳しくは知りませんが、たぶん脳がそのようなものを見せているだけで、本当に天国や浄土を見たわけではないと思っています。」

「ええ、そういうことも言われていますね」

(しん)が見たのもその類だと思うのですが、(しん)が見るのは自分の体験ではなく、亡くなった他人の体験なんです。なぜそれが見えるのか分かりません。そこが『霊感』と呼ばれるわけでもあるんでしょうが。私たちには感じられない怨念のようなものがあって、それを(しん)が感じられるのでしょうか。でもそんなことあり得ないですよね。小田さん」


「そうですね。私もそう思いますが、現実にその不思議なことが(しん)さんの中で起きているんですよね」

「そうなんです。臨死体験を語る人は死の淵から生還した人であって、死んだ人はそれを語ることはできません。でも、(しん)が見るものは死んだ人の体験なんです。なぜこのようなことが起きるのか分からないので(しん)はおびえています。その現象が起きた直後の(しん)はまるで死者のような眼をしているんです。でも、私は(しん)に言ったんです。怖くて苦しくていやなことだけど逃げちゃダメ。立ち向かって戦いなさいと。そうすればいつかはこの現象も消えると。親としてはこの不思議な現象が一日も早く終わってほしい。そうでないと(しん)が死者の世界に引き込まれてしまう。それが怖いんです」


「ですから小田さん。(しん)を助けてください。戦いには味方が必要です。厚かましいお願いであることは十分承知していますが、どうか(しん)の味方になって一緒に戦ってください。お願いします」


 母親は最後に一言付け加えた。

「それからもう一つ、これは言うべきことではないのかもしれませんが、(しん)はあなたという味方を得て、あなたを姉のように慕っています。(しん)はご覧の通り真面目で素直なよい子ですが、17歳の普通の青年ですので、違う感情を持つようになるかもしれません。どうぞ、大人として毅然とした対応をお願いします。すみません、親の取り越し苦労だと笑って下さい」

                     (つづく)

  


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