第4話 パラダイス島のヤクザ 第8章・改
心が死者の声や死ぬ間際の映像などを受け止めるとき、いつも苦しそうにしている。
それはその相手のほとんどが悲惨な最期を迎えた人や、理不尽な死に方をした人などであ
ることに加え、自分のことを何とか生きている人に伝えたいという死者の思いの強さが心
にストレスを与えるのだろうと信子は考えている。
まさかY島でもあるとは思っていなかったが、墓参りを終えて帰ろうとしたとき、始まっ
た。
「何かが聞こえる…な、なんだろう…男性の声だ!」
心は墓の前にうずくまったまま、死者の声を聞こうと必死だった。
「誰かの名前を叫んでいる……あ…あき…あき、俺を許してくれ」
それを聞いて、山口は驚いた表情を見せ、つぶやいた。
「亜希…母の名前だ…」
「じゃあ、今、心さんが聞いている声は?」
「父だと思います。でも母の名前は心さんには伝えていないはずだけど…」
心は額に脂汗をにじませながら、苦しそうに説明を続けた。
「山口さん、お父さんはお母さんに対してこんな話をされています『先の戦争で2人とも
親や兄弟、親戚など大勢亡くしたが、ありがたいことに我々2人は生き延びることができ
た。だから、これからは俺が絶対にお前を守ると言っていたのに、守ることが出来なかっ
た。俺を許してくれ』そのような内容でした」
そう説明した後、心の声が急に変わった。
[護、護…」
お父さんの声のようだ。
「ダメなお父さんでごめん…。何としてもお前をヤクザの世界から助け出したかったんだ
が、お父さんの力が足りなくて、どうすることもできなかった。お父さんを許してくれ。
命を大切に、できれば……」
ここで心の声は元に戻った。
「あとは聞き取れませんでしたが、想像はつくと思います」そう言って説明を終ろうとし
たとき、心が
「ちょ、ちょっと!もう少しありそうです。…はい…はい」
「心さん、最後のところは何だったの?」
信子が聞いた。
「最後は山口さんへの伝言みたいなもので、自宅のお母さんの遺影の裏側を見てほしいということです。非常に大事なものがあるそうです」
「母の遺影…分かりました。帰って見てみます」
山口は3人に向かって深々と頭を下げた。
「心さん、信子さん、きょうは本当にありがとうございました。心さんが伝えてくれた親
父の言葉は正に本物でした。ほかの人はいろいろ言うでしょうが、僕は心さんの力を信じます。
みなさんのおかげで親父の母に対する気持ちや僕に対する気持ちを知ることが出来ました
。僕もこれからいろいろ考えてみます」
山口が心に対して感謝の気持ちを素直に述べたことで、心はとても嬉しそうだった。
ここで信子は山口と別れ、心と岬の親子の車に乗せてもらい午後の取材を行った。
一方、信子らと別れた山口は真っ直ぐ自宅に向かった。心が言った通り、母親の遺影の後
ろに封筒が張り付けてあった。
中にはカセット式の録音テープア2本と手紙が2通入っていた。このうち1通は山口の父
が書いたもので、テープの説明とともに次のように書いてあった。
《≪この中に入っているのは、とある事件に関するものである。
本当かどうか分からないが、
あまりにも影響が大きいため私は使えなかった。
使うか破棄するか、その判断は息子の護にゆだねる。
1982年6月22日 山口修二 ≫》
(つづく)