第4話 パラダイス島のヤクザ 第2章
山口護やまぐちまもると名乗るその男は年齢が30歳前後、背も高くて180センチぐらいで,
鍛えられた体の魅力的な男性だった。
「前屋敷みなみさんでいらっしゃいますか」
男性の顔を見上げたみなみが一目で魅了されたことは信子にもすぐ分かった。
ハンサムを絵に描いたようなナイスガイである。
一見、普通の会社員のように見えるが、取材で何度か本物のヤクザを見る機会があった信子には、その仕草や、目の鋭さなど、ヤクザの匂いがプンプンしている。
みなみは相手がヤクザとは微塵も感じていないようで、素敵なお兄様登場で舞い上がっていた。
「やばいなー、これは面倒なことになる」
笑顔で山口に応対しながら信子は内心そう思った。
「みなみさん、信子さん、Y島の観光を取材されるんでしょう。僕も町の観光協会の役員をしているので、何かご要望がありましたら僕に言っていただければ大丈夫ですよ」
物腰は柔らかで、言葉遣いも丁寧。ヤクザらしさは完全に消し去っている。
「ねえ、ノブちゃん。私が言った通り素敵な方だったでしょう。ノブちゃんも何かあったら山口さんにお願いすればいいよ」
みなみは、まるで恋人を紹介するような口ぶりである。
今回のモニターツアーは大手旅行会社とY町が企画したもので、S県を含む5県のマスコミを招待するのは2回目である。
Y島での取材は2泊3日で、初日は全員が同じバスに乗って島内の観光スポットを取材。
2日目は別行動でそれぞれのテーマに沿った取材を行う。
そして3日目は自由行動で、島内の観光を楽しむのもよし、独自の取材を行うのもOKというものだ。
Y島は「東洋のパラダイス島」というキャッチフレーズで観光客の誘致を図っていた。ハワイやグアムなどへの海外旅行ブームが起きるのはもう少しあとのことで、当時は離島が海外のリゾート地の代わりとして人気を集めていた。特に若者を中心に離島への観光客は飛躍的に伸び、Y島でも夏場を中心に島の人口の何倍もの観光客でにぎわっていた。
素朴だった島民の暮らしは観光客相手となって大きく変化し、島外から入り込む人間も増えた。そのような変化がトラブルを生み、ヤクザなどが付け入るスキを与えたのかもしれない。信子はマル暴(暴力団)担当の刑事からそのような話を聞いたことがある。
さて、信子たちの初日の取材は、全員が貸し切りの観光バスに乗ってビーチやシーサイドレストラン、ホテルなどの観光スポットの他、島民の暮らしぶりなども取材して順調に進んだ。心と岬の親子もほかのツアー客と一緒に観光を楽しんでいた。そして、ヤクザの山口は初日の取材には参加せず、信子はほっと胸をなでおろした。
初日の取材の最後はツアー客全員を招待しての夕食会である。この席には地元の観光協会の関係者の他、商工会、農協、漁協、学校、医師会、町内会など様々な団体の代表もが集まり、地域の宴会の様相を呈していた。
ヤクザの山口の姿もあった。
山口はさっとみなみと信子のところへ来ると
「みなみさん、信子さん、取材は順調に進みましたか?」と声をかけた。
「ええ、とってもいい島ですね。南国気分一杯で、私、気に入りました。ここに移住したいぐらいです」
みなみが嬉しそうに答えた。
「それはよかったです。そんなに気に入ってもらって僕もうれしいです。信子さんは初日取材してどうでしたか?」
「そうですね。きょうは天気も良くて海もきれい、最高でした。それと島の人たちの生活も少しだけでしたが取材出来て良かったです」
「それは良かったですね。今日の夕食会、皆さんに楽しんでもらおうと料理長が腕を振るったと言っていましたので期待してください。じゃあ、僕はまたあとで来ますので…」
山口はそう言って自分の席に戻った。
「控えめでしつこくなく好印象である。ヤクザにしては…」
警戒している信子でもそう思ったほどスマートだった。
夕食会はすぐに焼酎を酌み交わす大宴会に変わった。
信子もみなみも次から次へと焼酎を勧められ、いつもより酔いが回ってしまった。
「みなみちゃん、私、知り合いのところにちょっと行ってくる…」
信子は酔いを醒まそうと、心と岬の親子のところへ行った。
「あら、信子さん、今夜はお酒がだいぶ進んだようね」
開口一番、岬に言われ、信子は酔って赤くなった顔をさらに赤らめた。
「信子さん、ちょっと飲みすぎ…」
未成年で酒が飲めない心は憮然とした表情で信子を睨んでいた。
椅子に座ると岬が聞いてきた。
「あなたたちに話しかけていた白いスーツ姿の男性はだあれ?」
「ああ、あの人は…」
信子がいきさつを説明すると、岬が一言
「あれ、ヤクザでしょ。気を付けなさいよ」と注意してくれた。
「ノブちゃん、ちょっと」
みなみに呼ばれて席に戻ると、山口がいた。
「ねえ、山口さんがこれから飲みに行こうと言うんだけど…」
そこまで聞いて信子は断ろうとしたが、酔っているみなみ一人だけ行かせては危ない。
「分かった、一緒に行こう」
またしても万事休すである。
(つづく)