第4話 パラダイス島のヤクザ 第1章
「よし決めた! 母さんもその島に行く。心も一緒に行くかい?」
信子のぶこがその島に取材に行くことを告げたら、心しんの母親・岬みさきは即座に親子で同じツアーに参加することを決めた。
当時、「離島ブーム」が続いていて、若者を中心に大勢の観光客が島を訪れていた。旅行業者は新聞やテレビといった媒体でモニターツアーなどを企画し観光客の掘り起こしに力を入れていた。普段、事件事故を中心に取材をしている信子にも今回お誘いがあり、S県近隣の5県からそれぞれ新聞1人、テレビ1人の合計10人の記者が参加するモニターツアーに同行することになった。
「それはよかったね。信子さんもたまにはそんな取材に行って息抜きした方がいいよ」
信子からモニターツアーの話を聞いた心はそう答えた。
「それで、どの島に取材に行くの?」
母親の岬が聞いてきた・
「Y島です」
それを聞いた岬はしばらく考えた後
「そのツアー、一般の人も参加できるの? できるなら私も参加しようかな」
その言葉を聞いて信子はすこしびっくりしたが、自費で参加するなら断る理由はない。
心も嬉しそうにしているし気分転換にもなるだろうと考えた。
出発の日、S市の港には5県の記者10人と招待客を含めた一般のツアー客30人が集まった。
S県から参加する記者は信子の他は、地元テレビ局の新人アナウンサー前屋敷まえやしきみなみだ。みなみの父はS県では有名な県議会議員で、地元テレビ局には父親のコネで入っただろうか。通常はカメラクルーがついてくるが、今回は一人取材で小型カメラを持たされ不満そうな表情だ。
夕方、S市の港を出港し、目的地のY島へは、ほぼ1日の船旅だ。
夕食のあとは、心親子と一緒にラウンジでくつろいでいた。大人の岬と信子はお酒を、心はまだ未成年なのでジュースである。
岬は明るく社交的で、何事に対しても前向きで積極的なところが信子は大好きである。
「信子さん、今回はあなたのお仕事についていくようなことになって申し訳ありません。本来なら遠慮するべきところなんだけど、実はY島に古い友人がいて、最近連絡もくれないもんだから気になっているの。あなたがY島に行くと聞いて、どうしても会いたくなってね…。私たちあなたの邪魔はしないからお仕事頑張って」
信子は素敵な母親を持った心を羨ましいと思った。
しばらく3人でま
ったりとしていると地元テレビ局のみなみが通りかかった。
「あら、信子さん、こんばんは。ご家族ですの?」
みなみが話しかけてきた。一人ぼっちで寂しかったのかもしれない。
「いえ、みなみさん、こちらは私の友人とそのお母さまで、今回ツアー客として参加されているんです。もしよろしければ丁度いい機会ですので、すこしお話しませんか?」
話してみると、みなみは素直な性格で、ちょっとお嬢様的な印象だが、これからも友達になれそうだと信子は感じた。
「みなみさん。堅苦しいから『さん』付けで呼ぶのはやめましょうか。『みなみちゃん』でいいかな。私は『ノブちゃん』と呼んで。」
「分かりました。じゃあ、ノブちゃん、うちのテレビ局で前回のモニターツアーに参加した記者が現地の有力者を紹介してくれていて、その人に頼むと取材がスムーズに進んだらしいの。あなたにも紹介してあげるわ。いいでしょ」
翌日、船がY島の港に着いてタラップを降りていくと、ひときわ目立つ白いスーツに黒いシャツそしてサングラスというハンサムな男が目に入ってきた。
「あちゃー、ひょっとしたら、これがみなみちゃんが言っていた有力者? どう見ても『ヤクザ』じゃん」
信子はかかわりになるのを避けて逃げようとした。
すると、みなみが大声で信子を呼んだ。
「ノブちゃん! こっち、こっち。こちらが話していた山口さんよ」
万事休す…である。
(つづく)