異世界の君へ、異世界より
「Impulse:O-Sophia」のジオ君視点で進みます。
「ジーオー! ジオったら!」
「んあ……なんだよ」
眠い目を擦って何とか起き上がる。身体の節々がえらく痛い。
「やっと起きた! ねえ、ここどこか分かる?」
「どういうクイズだそれ……は……?」
仄暗い洞窟。眼前に広がるのは、それ以外には形容できない景色だった。……まず深呼吸だ。息を大きく吸って、吐く――焦りは少しマシになった。さて改めて、一体全体どういう状況だ?
普段俺はベッドで寝てるはずだ。なぜここにいる? 誰がやった? ソフィアがここまで引っ張ってきたっていうのか? いや、冗談でそんなことする奴じゃ……ないとは言いきれないかもしれないが、それならもっと楽しそうな場所を選ぶはずだ。隣のソフィアは本物か? そもそもこれは現実か? 疑問は尽きない。
「クイズとかじゃないって。ジオも分からない?」
「あ、ああ……。ソフィア、少し俺の頬をつねってくれないか。軽くでいい。本当に軽くでいい」
「え? いいけど……」
激痛が走る。現実だ。間違いない。
「っ、ありがとう、お陰で目が覚めた」
「なーんだ寝ぼけてたの? ねぼすけジオ!」
そう言ってあははと笑うソフィア。彼女は本当に何も知らなそうだ。だけどまだ心を許すには早いか。
「あと、これだけ聞いてもいいか」
「なになに? さっき言ってたクイズ?」
「違うよ。まだちょっと頭がぼんやりしててな。例えばその剣とか……なんて名前だっけ?」
ソフィアの背中の剣を指さす。名前はともかく、呼び方までは俺を含め数人しか知らないはずだ。
「ええ!? ニコルちゃんを忘れたの!?」
「ああいや、覚えてる覚えてる。星剣ニコルだよな」
しっかり「ニコルちゃん」呼び。恐らく本人だろう。これで本人じゃないならそこまで知ってるってことだし、どの道俺は終わりだ。
「怪しいな〜。っていうか、大丈夫? ジオ」
「俺は大丈夫だよ」
身体は痛いままだが、多分こんなところで寝ていたせいだ。それより未だに状況が飲み込めない。後ろを振り返ると行き止まりだった。どうやら前に進むしかないらしい。
「とりあえず……歩くか」
「おっけー! じゃあ出発!」
「あ、おい! 走ると危ないぞ――」
ソフィアはもう見えなくなっていた。こんなよく分からない場所ではぐれるのもまずい。早いとこ合流したいが……
「――うわわあ!」
「ソフィア!」
声のした方向に走る。ソフィアは腰が抜けたような状態で尻もちをついていた。視線の先には、
「なんだ……? スライム?」
ぷるぷる震える、ゼリー状のアレ。透き通った青い体の中には、核のようなものが見えた。
向こうのゲームじゃ有名なザコ敵だが、油断は禁物。俺が遠くから魔法で片付ける。念の為、高出力で。
「【Hated 01――」
「――はあああっ!」
ドパン、と爆散するスライム。一瞬遅れて、脳の理解が追い付いてくる。
「ちょ、おま、ソフィア!」
「あれ、だめだった?」
「いいや、だめじゃ、ないが……危ないだろ。なんせ見たこともないモンスターだ」
「だからこそだよ! 何かしてくる前にやっつけちゃえって」
ふんす、と力こぶを作ってみせるソフィア。前はこんなじゃなかったと思うんだが。いつの間にこんな戦闘狂に……全く誰に似たんだか……。
「まあ今回は弱かったからいいが。これからは気を付けろよ。ここは分からないことが多い」
「はいはーい。じゃあどんどん進も!」
聞いているのか聞いていないのか、ソフィアは目を輝かせて言葉通りどんどん前に進んでいく。まあ普段なら俺もどこかワクワクはしてるだろうが、今回は話が違う。あんなモンスター見たこともなければ聞いたこともない。似たようなのを図鑑か何かで目にしたような気もするが、それでもここのが希少種か新種なのは間違いない。
「ゲェゲッゲッ!」
「しまっ――」
すぐ後ろから、鼓膜の裏側を引っ掻くような不快な鳴き声。クソっ気付かなかった、致命的だ。詠唱している時間はない。だが鳴き声を聞けただけマシか。まず初撃は回避に専念して、
「――ええいっ!」
とてつもない重さの斬撃が、背後を通過した気配があった。
「ソフィア、助かっ……」
「まだ! 次が来るよ!」
ソフィアの言う通りだ。気を抜いてる場合じゃない。
スライムの次はゴブリンときたか。数は五、六……いや、後ろの方に控えてるのを含めるともっとだ。数が多いな。
あまり魔力を無駄に使ってもいられない。さっきのスライムをソフィアにやってもらったのは、結果的には正解だった。
「遠くの個体は俺がやる! ソフィアは前衛を!」
「了解っ!」
一体ずつ確実に消す。まずはソフィアに向けて弓を構える――お前だ。
「【Hated 00:MagicBullet-L1】ッ!」
高速の魔法弾が首から上を吹き飛ばした。ヘッドショット。
「次はお前だ!」
少し狙いは外したが、その近くの個体も何体か同じようにして殺せた。問題ない。
高台の奴らが次々に降りてきてるな。あとはソフィアがやってくれるだろう。
「えーい! やあ! それっ!」
剣の一振りで数体が消滅していく。このペースならすぐに終わりそうだ。
それにしてもこいつら、どこから――ッ!
「ソフィア! 危ない!」
「え――」
ソフィアに向かって走る。まさかまだ懲りずに射撃を狙うやつがいたとは。油断した。いいや、魔法を使いすぎることを恐れただけか。そんな場合じゃないってのに。
だが今から魔法弾を展開していては間に合わない。ならばいっそこのまま、
「――痛っ――!」
「ジオ!!」
「俺のことはいい、ソフィアは残りの個体を! 【Hated 00:MagicBullet-L1】!」
とりあえず、今矢を放ってきたやつを魔法弾で仕留める。無理な発動だったのもあって、かなり負担が大きかった。直感で分かるが、これ以上の連続使用はまずい。
矢は太腿の辺りに刺さっていた。幸い貫通はしていないし、出血も大したことない……が、返しがついているようで触れるだけで激痛が走る。加えて、なんだか、痺れてきている――ような――
「ジオ!? ジオ! しっかりして!」
声が出ない。目も開けてられなくなってきた。俺が倒れるわけにはいかないのに。
体が言うことを聞かない。意識が、落ちる。
*
――誰かが、俺を呼んだような気がした。
「おはようございます。お目覚めになりましたか」
「……あなたは?」
見たことない部屋と、知らない女性。どことなく嫌なあいつに似た何かを感じる、気がする。
太腿の痛みは消えている……傷もなかった。ならあれは夢だった? それより、ソフィアは? まさか、全部あいつが仕組んで――
「私は……まあ、使い魔のようなものです。今お連れの方をお呼びしますね」
そんな俺の心を読んだように、そう言って部屋を出ていく女性。使い魔? だが機械らしい部分は見当たらなかった。考えてみれば光輪も羽も見えないが、それでもどこか雰囲気が似ている。
「ジオ!!!」
「のわっ」
勢いよく扉が開いて、ソフィアが腰に抱きついてくる。
「もう大丈夫!? 怪我は痛くない? レルアさんが治してくれたんだけど、耐性がないと結構危ない毒だったみたいで! 私たちはこっちの毒に耐性があるわけないから! 本当に心配で!」
「分かった、分かったから落ち着けって」
良かった。ソフィアの方には怪我はなさそうだ。あの後無事に切り抜けられたらしい。
続いて入ってきたのは先ほどの女性と、ちょっと冴えない感じの男性。男性は俺より少し年上か。サラッとした黒髪で……というか。……日本人に、見える。
心臓が跳ねた。鼓動が早くなっていく。落ち着け、落ち着け、俺。俺に害をなすような存在じゃない。ソフィアも人質とかって感じじゃなかった。魔力も今なら十分あるし、最悪大技を出せば逃げられる。
「ジオ?」
「ああ、なんでもない。平気だ」
ソフィアに手を握られる。鼓動がだんだんと元に戻っていき、全身に入っていた力も抜けていく。
そこで気付いたが、無意識にシーツを掴んでしまっていたらしい。かなり跡が残っていた。新品のように綺麗だっただけに、少し罪悪感がある。
「いいや、顔色が悪いな。ちょっと待っててくれ。口に合うか分からないが――」
少しして手渡されたのは、ポカ〇スエットだった。
信じられないが、正真正銘本物に見える。ラベルにも日本語がビッシリ書いてあって、製造者の部分には東京の住所。ああ信じられない。やっぱり出来の悪い夢なんじゃないかとすら思う。
「あ、それ上の部分をこう、捻って開けてもらって飲む感じなんだ。って違うか、毒かもしれないもんな。じゃあ先に俺が飲ん……でも意味がないか。俺に効かない種類かもしれないし、そもそも俺はそういうのが効きにくい体質でね」
「いや、いただきます」
懐かしい、それでいて聞き慣れたカチッという音。飲み口の部分に唇を付け、その三分の一ほどを一気に飲み干す。
「いい飲みっぷりだ。んじゃそろそろ、君たちに起きたことを説明させてもらいたい」
「先に俺の方から一つ。ここはどこかお聞きしても?」
「ああ悪い、それが先だよな。驚かないで聞いてほしいんだが、まずここは君たちのいたのとは違う世界だ」
違う、世界?
「だが! 安心してくれ、もう戻る手段――転移門はこっちで用意させてもらった。仕組みが知りたければ後ほど詳しいのに説明させるが、とにかく君たちの体に合わせて作ったものだから安心安全だ。一方通行かつ、俺たちは使えないがね」
「分かり……ました」
「実は私も協力したんだよ。仕組みはちんぷんかんぷんだったけど、こっちの人とは体の作りが少し違うみたいで、それに合わせてもらったから多分大丈夫!」
「そうそう、ソフィアさんの協力あってこそだ。彼女には感謝してもし足りない」
協力、か。まあ妙なことはされてなさそうだが。
「んでここはその世界の中の迷宮の最終階層、まあ運営の居住区域だと思ってもらえばいい。迷宮内だが魔物は出ないぜ」
しかも24時間365日換気されてるらしい。この世界もそういう時間の決まりなのか、この男性が勝手にそう言ってるだけか。
「そうだ、怪我のことも気になると思うんだが、それについても心配いらない。ウチには腕が吹っ飛んだくらいなら平気で治す優秀な治癒師がいてな」
「治療していただいたようで、ありがとうございました。もう痛みもありません」
「何よりだ。君たちをここに連れてきてしまったのは俺らに責任がある。そのせめてもの罪滅ぼしというか……」
「……お前の、せいなのか?」
「じ、ジオ!」
ソフィアが制止してくるが、俺が言わないと。こっちは命がけだったんだ。
「俺が怪我したのも、ソフィアと危険な目に遭ったのも、全部お前のせいだっていうのか!」
「……そうだ。俺のせいだ。まさか座標指定ミスで別の世界に繋がるとは思ってもなかった。不安定な転移だったし、迷宮内の結界と喧嘩して変な場所に出ることにもなった。本当に申し訳ない」
「でもジオ、これは私も悪いの! こっちに来る前のこと覚えてる? 森で見かけた魔法陣」
……思い出した。ソフィアが怪しげな魔法陣に触れて、それでこっちに飛ばされてきたんだ。
「……すみません、少し熱くなりすぎました。俺たちにも責任はある。失礼な物言いを謝罪します」
「いやいや、あのくらい言われて当然なことをやったんだ。詫びといってはなんだが、二人にこれを贈りたい」
そう言って手渡されたのはシンプルな作りの指輪。細めのシルバーのリングに、透き通った水色の宝石が乗っている。左手の中指に嵌めてみると、不思議なことにサイズはピッタリだった。
「うちの激レアアイテムでな。本来地下80階周辺の宝箱からしか出ないやつだ。魔力に関しては体の作り的に効果がないかもしれないが、その指輪には天使の祝福がかけられてる。しばらくの間は運のいい日が続くはずだぜ」
「ありがとう、ございます」
ソフィアの物と同じ見た目なのかどうか、それが妙に気になって視線をやるけど、ちょうど陰になっていて見えなかった。
「それじゃ、送ってくよ。あとなんか聞きたいこととかあるか? 言っときたいことでもいい」
「特には……あ、そちらの女性に一つだけ」
「はい、なんでしょう」
黄金の髪が揺れる。あいつと同じ。
「セオロ、という名に聞き覚えは?」
「すみませんが……どなたかのお名前ですか?」
「ああいや、知らないならいいんです」
何か情報が得られればと思ったが、まあダメもとの質問だ。
「探し人か? こっちで見つかったら何とかして君らに伝えよう」
「いえ、そちらの女性に似ていたもので。特に探しているとかではないんです」
「ああ、そういうことか。世の中には自分に似た顔が三人いるって言うしな。他の世界も入れたら七人いることになる」
ははは、と笑い合う。それなら、俺の場合は追加で四人だ。
二人に連れられて奥の方に歩いていくと、青く光る魔法陣があった。近くには白衣を着た神経質そうな男性。
「おや、お客人。もうお帰りか。目覚めてからそう経っていないであろうに」
「仕方ないだろ、あまり長居するとこっちの素因に合わせて肉体が変化しかねない。そう言ったのはラティス自身じゃねーか」
「えー、ソフィアちゃん、もう帰っちゃうの?」
「ごめんねリフェアちゃん。もっと遊びたかったけど、だめみたい」
ソフィアが名残惜しそうに少女の頭を撫でる。人形みたいな可愛らしさがある子だ。俺の方を見上げてニコっと笑う顔には、無邪気さと妖艶さが同居していた。
「まあ、今回の座標は記録してある。術式を安定させられれば自由に行き来できるかもしれない」
「また私の仕事が増えるのか、人使いの荒いマスターだ。しかし安定させたとて、現在のままでは活動限界が短時間に限られる」
「なら変換すればいいだけだ。やれるんだろ?」
「勿論だ。私を誰だと思っている。――さてお客人、こちらに。最終調整には貴殿の体の情報も必要だ。と言っても手をかざすだけで良い」
言われるままに謎の機械に手を翳す。ブゥーンと重めの音が響いて、魔法陣の光が一瞬強まった。
「よし成功だ。また来たまえ、お客人。そちらの世界の魔術についても知りたいのでね。次は特上の茶を淹れてもてなそう」
「なら、俺は美味しい茶菓子でも持ってきますよ」
「また遊びに来れるの? 楽しみ! 今度は街の方とか行ってみたい、です!」
「案内するさ。きっとネルセンスにも負けない活気だぜ」
魔法陣に乗ると、視線が自分に集まっているを感じた。なんだか緊張してきた。忘れ物とか……ないよな。ないはずだ。そもそも大したものを持ってきていない。
「それじゃあジオ君、ソフィアさん、またいつか」
「はい、また」
「またね!!」
ソフィアはブンブン手を振ってるけど、そういうの大丈夫なんだろうか。なんて考えているといよいよ眩しさが限界に達し、目を閉じる。
不思議な浮遊感が体を包み込み、光が消えた頃に目を開けると、
「ああ、戻ってこられた」
眼前に見覚えのある森。足元の草はちょうど魔法陣と同じ形に焦げていた。
左手を見てみると、確かにあの指輪。宝石が夕日を受けて少し輝く。
「帰ろう、ソフィア」
「うん!」
なかなかに濃い一日だった。いつにも増してよく眠れそうだ。
今度、今日のことをアイザックに話して聞かせてやろう。きっと羨ましがるに違いない。




