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第五話

 翌朝、十分な休養をとったライルとリリィは『やまびこ亭』を後にした。

 よほど感謝されたのだろう、これでもかというほどの豪勢な食事に、携帯用の食糧や水まで用意してくれた。


「お代は受け取れません」


 頑なに宿泊代金を拒否するマッシュに礼を述べて、二人はラバへの旅を再開した。

 もう、例の山火事があった場所は目と鼻の先だ。場合によっては夕刻にはつくだろう。

 すっかり回復したライルは、意気揚々と歩き始めた。

 今度は彼のペースで進むことになり、リリィが後ろを追随する形となった。


(彼女の体力なら遠慮はいらないな)


 ライルは、軽やかな足取りで山道を進んでいった。




 そんな彼らとは別の街道をすすむ集団がいた。

 さびれた甲冑や統一性のない武器を携えた異様な集団。

 人相は悪く、目つきが鋭い。

 最近になってこの辺りに出没するようになった山賊である。

 20人前後のその集団は、かつて魔王との戦いで戦場いくさばに参戦した傭兵たちのなれの果てであった。

 魔王討伐後、その品の無さや素行の悪さからどこにも召し抱えてもらえず山賊として生きのびてきた。

 彼らの手にかかった犠牲者は数知れず、それは彼らが倒した魔物の数よりもはるかに多かった。

 数日前も、このあたりを通っていた隊商から金品を強奪したばかりである。


「おい、見ろよ。あんなところに旅の宿屋があるぜ」


 一人の山賊が錆びたナイフを前方に突きつけた。

 そのナイフの指し示す先には、ライルたちが出立したばかりの『やまびこ亭』がある。

 煙突からは白い煙が立ち上っていた。


「へへ、今日はついてやがるぜ。朝から獲物とご対面とはな」


 すらりと各々武器を構え、嬉しそうに旅の宿屋に向かう。


「いいか、誰も逃がすんじゃねえぞ」

「わかってるって」


 笑みを浮かべながら山賊たちは『やまびこ亭』を取り囲んだ。


 不気味な影がまわりに広がっているとは露知らず、マッシュとアンナ、そしてすっかり元気になったマーサの3人は食堂で朝食をとっていた。ライルたちを見送った後の、遅い朝食である。3人でとる久々の食事は格別なものだった。

 しかし、その幸せな時間は瞬時にして消滅した。

 山賊たちが入り口の扉を蹴破って突然入ってきたのだ。


「な、なんですか、あなた方は……!」


 マッシュが驚いた顔をして立ち上がると、山賊の一人がその腹を思いきり蹴とばした。


「げふぅ!」

「きゃあ!」


 マーサが思わず立ち上がって悲鳴を上げる。

 マッシュは、蹴られた衝撃で壁に叩きつけられた。


「あなた!」

「パパ!」


 マーサとアンナが駆け寄ると、蹴りを見舞った山賊が剣を突き付けながら言った。


「おい、金出しな」


 その目は、冷徹そのものだった。人を殺すことなどなんとも思っていない、そんな目だ。

 ぐう、とうめき声をあげながらマッシュは山賊を見上げた。


「金出せっつってんだよ!」


 倒れ込むマッシュに、さらに蹴りをあびせる。


「ぐはあ!」


 マッシュは苦痛に顔を歪めながら口から血反吐を吐いた。


「やめて、やめてください!」


 マーサが山賊の身体を抑え込むようにしがみつく。

 しかし、昨日まで病気で寝込んでいた彼女に屈強な山賊を抑え込むことなどできるはずもない。


「何しやがる、このアマ」


 山賊はそのか弱い手を振りほどき、剣を振りかぶって一閃させた。


「うぐふ!」


 小さな声を上げて彼女はマッシュの目の前に倒れ込んだ。


「マーサ!」

「ママ!」


 マッシュとアンナが叫ぶ。倒れたマーサの身体からは、肩から脇にかけて血がとめどなく溢れ出ていた。


「マーサ!」


 マッシュが頭を持ち上げると、彼女は瞳孔を開きながら宙を見据えていた。ひゅうひゅうと口から乾いた声を上げている。


「せっかく……せっかく元気になったっていうのに……」

「いやだよ、ママ!」


 泣き叫ぶ二人の声も届かぬまま、マーサは微かなうめき声をあげて事切れた。


「そんな……」


 絶望が彼を襲う。

 やっと得た希望の光を瞬く間に失った。

 病気ならばあきらめもつく。しかし、これはあまりにもひどい。


「邪魔しやがって。剣が汚れちまったじゃねえか」


 山賊の言葉に、マッシュは怒りに打ち震えた。


「きさま!」


 睨み付けながら立ち上がると、無謀にも素手で殴りかかっていった。

 しかし、山賊はそれを余裕でかわすとマッシュの腹に剣を突き刺した。


「ぐ……!!」


 マッシュの目がカッと見開く。

 彼の身動きが止まったところで、別のところから他の山賊がさらに剣を突き刺した。


「が……」


 うめき声をあげながらマッシュは口から大量の血を流した。


「パパ!」


 アンナがその光景に泣き叫ぶ。まるで悪夢を見ているかのようだ。

 山賊たちはマッシュの身体に次々と剣を突き刺していった。


「………」


 すでに声を発することもできず、マッシュはマーサの亡骸の上に倒れ込んだ。


(ア……ンナ……)


 かすかに目にうつる愛娘の姿を見つめながら、彼の意識は闇に包まれた。



      ※



「───ッ!!」


 ライルと旅を再開していたリリィは、突然聞こえた声に振り返った。


「リリィさん?」


 前を歩くライルが不思議そうな顔をして彼女に目を向ける。


「どうかしたんですか?」


 尋ねるライルの言葉を無視して、リリィは来た道を猛然と戻り始めた。


「え、ちょ、リリィさん!?」


 慌ててライルも追いかける。今までの動きが嘘のような、ものすごい速さであった。全速力のライルですらどんどん引き離されている。


「リリィさん、待って……!」


 ライルの叫び声がどんどん遠ざかり、ついには聞こえなくなる。しかし、リリィは走る速度を少しもゆるめなかった。

 やがて、彼女の目に『やまびこ亭』の建物が見えてきた。

 異様な集団がまわりを取り囲んでいる。


「な、なんだあ?」


 それに気づいた山賊の一人が声を発する。

 しかし、彼女はその山賊の脇をすり抜け、一目散に『やまびこ亭』の中に飛び込んだ。


「!!!!」


 彼女の目に映ったのは、無残にも斬り殺されたマッシュとマーサの屍だった。

 そのそばで、アンナが泣きじゃくりながら「パパ、ママ」と叫んでいる。


「………」


 その姿にリリィの髪の毛が総毛だった。


「なにもんだ、てめえ」


 剣をチラつかせながら横から近づいてくる山賊に、彼女は手にしたメイスを思いきり振るった。


「げぼっ!!」


 山賊はつぶれたひき蛙のような声を上げながら吹き飛ばされた。それは食堂の壁を突き破り、山道を転げ落ちていく。

 外にいた山賊たちが、突然壁を突き破って落ちていく仲間の光景に目を見張った。


「な、なんだぁ!?」


 慌てて武器を構えながら中に駆け込んだ。

 彼らの目にうつったのは一人の女性だった。

 イシス教のシンボルが描かれた白いマントを羽織った銀髪の女性。

 しかし、その顔はイシス教の信者というよりも邪神に近いオーラを放っていた。

 悪魔のような目つきで彼らを睨み付けている。


「誰だてめえは!!」


 山賊の一人が叫ぶと、その禍々しきオーラを放つ女性は答えた。


「あなた方、一人残らず殺して差し上げます」

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