病めるときも健やかなるときも闇に呑まれてるときも
ステンドグラスから降り注ぐ光が、グランジェーク様の青銀髪をきらきらと輝かせる。
本当に美しい人。
魔法使いは神のいとし子だっていう人もいるけれど、彼を見ていると本当にそうなんだって気がしてくる。
煌びやかなシルバーの衣装は、魔法師団の式典用特別仕様。
その胸には勲章が幾つもついていて、彼が偉大な魔法師団長様であることがわかる。
大勢の招待客の前で、私はグランジェーク様と永遠の愛を誓って結婚する。
私たちは、2年間の交際を経てこうしてめでたく結婚することになったらしい。
何も知らない神父様は、私の方を見て笑顔で尋ねる。
「シュゼット・クラーク。病めるときも、健やかなるときも、夫となるグランジェーク・カーライルを愛し続けることを誓いますか?」
素直に「はい」と言うだけでいい。
それはわかる。
ただし、私はその一言がスムーズに出てこなかった。
グランジェーク様を見ると、明らかに思い詰めた顔をしている。
どう見てもまともな精神状態ではない。
「……ゼ、俺の、シュゼ……」
ひぃぃぃ!
病めるときも健やかなるときもって、現在進行形で闇に呑まれてる人を「生涯愛せますか?」って聞かれたらそれはちょっと即答できない!
でも、今は結婚式の本番だ。
私はごくりと生唾を飲み込んで、どうにか返事をした。
「はい、誓います……!」
あぁ、なんで私は記憶喪失になんてなってしまったんだろう?
しかも、結婚式の前日に。
昨日から引き続き、後悔が押し寄せる。
「シュゼが、俺を、生涯愛してくれる……?」
「え?」
いきなり目に輝きを取り戻してる!
私は驚いて彼を凝視する。
神父さまはグランジェーク様の情緒不安定さに動揺を見せたものの、さっき私にしたのと同じ質問を彼にもした。
「では、グランジェーク・カーライル。病めるときも、健やかなるときも、貴方は妻となるシュゼットを」
「誓います」
おもいっきり食い気味で誓いを立てた!
その勢いには、神父様も驚き目を瞠る。
すみません。すみません。すみません。
彼をこんな風におかしくしたのは、薄情にも記憶を失くした私のせいです。
私は心の中で謝罪を繰り返す。
「それでは、誓いのキスを」
その言葉にどきりと胸が鳴る。
キスをする?
水を飲まされたのとは違う、誓いのキス。
彼がこちらを向いたのを感じ、私はドキドキとうるさく鳴る心臓に必死で耐えながら向かい合った。
顔を隠していたヴェールを、白い手袋をつけた大きな手がそっと持ち上げる。
どういう顔をしていいかわからず、困ってしまって上目遣いにグランジェーク様を見た。
「きれいだ……!」
「っ!」
感極まったように、そして愛情が伝わる柔らかな笑み。
私は息を呑んで見とれてしまった。
「シュゼ。幸せにする…、必ず」
「は、はい」
彼は、本気で私と結婚するつもりなのだ。
自分のことを、自分のことだけを忘れた女と結婚するのだ。
この複雑な思いを罪悪感と言わず何と言う?
ぎゅっと目を閉じたのは、キスに緊張したからかそれとも申し訳なさからか?
肩にそっと手が置かれ、二人の顔が近づくのがわかった。
ドキドキして待っていると、彼の唇が優しく私の頬に触れる。
身構えていた誓いのキスは、それだけであっさりと終わった。
目を開けると、満足げなグランジェーク様がいた。
私が自分を覚えていないから、唇にはしなかった……?
驚く私に、彼は言う。
「よし、帰ろう」
「え?」
気づいたときには、横抱きにされて持ち上げられていた。
「ええええ!」
ドレスの裾が、ふわりと舞う。
彼はまっすぐに前を見て、そのまま扉の方へと進んだ。
「グランジェーク殿!?」
「え?式はこれでおしまい!?」
招待客が騒然とする中、グランジェーク様は颯爽と歩いていく。私は目を丸くしたまま、彼の顔を見て呆然としていた。