こんな日に記憶がない
街中に響き渡る祝福の鐘。
澄み切った青い空の下、白亜の大聖堂には多くの招待客が集まっている。
純白のドレスを纏った私は、なぜか花嫁の姿で大聖堂の控室にいた。
「なんっっっっっっで、結婚式!?」
盛大なためを作って疑問を投げかける。
メイドたちはすでに下がっていて、部屋には今、私とマルリカさんだけだ。
記憶喪失になってまだ二日目。
今朝、ベッドから起きてすぐにメイドや文官女性に捕まって、私は馬車に押し込まれた。
グランジェーク様がいなかったからてっきり帰ったのだと思っていたけれど、馬車に同乗したマルリカさんは「彼はもう先に行かせたわ」と言った。
そしてすぐについたのは、王城からも見える白亜の大聖堂。
警備兵の数が多くて、「今日は何かあるの?」と首を傾げていたら「あなたたちの結婚式なの」とさらりと言われて気絶しそうになった。
なんと、今日はグランジェーク様と私の結婚式だという。
「仕方ないじゃない。一年も前から決まっていたんだから」
聞いてない。
いや、聞いていたんだろうけれど忘れてしまった私には初耳だ。
馬車から下りた私は「何で!?」とか「無理です!」とか言いながらも、メイドたちに囲まれて花嫁の控室に閉じ込められた。
そして、見たこともない豪華なドレスを着て、重い宝石のついたネックレスやイヤリングをつけ、髪を結い上げられてヴェールまで装着されて現在に至る。
「魔法師団長様の結婚式だから、延期はできないってことですよね?」
顔を引き攣らせながらそう尋ねると、マルリカさんは目を閉じてしっかりと頷いた。
まぁ、そうですよね。
一介の宮廷薬師ならともかく、魔法師団長様の結婚式が延期になるなんてありえませんよね。
理由はわかった。
でも、彼はこれでいいんだろうか?
「グランジェーク様は、記憶喪失になっちゃった私と結婚式を挙げてもいいと?」
夕べはあまり寝られなくて、ずっと考えていた。
私がグランジェーク様のことだけを忘れているのは、認めざるを得ない。
そこで気づいたのだ。
自分のことだけ忘れられるなんて、とんでもなく悲しいのでは?と。
屈辱的、と受け取られない?
どう考えても、彼のことだけ覚えていないなんて申し訳なさすぎる。
彼に合わす顔がない。そんな風にも思った。
けれど、マルリカさんはきっぱりと言い切る。
「いいに決まってるでしょう。むしろ下手に延期して逃げられるより、結婚式を挙げて外堀を埋めておこうって思ってこそ”できる男”だわ」
「できる男の基準、まちがってませんか?」
本当にこれでいいの!?
「さぁ、もう式が始まるわよ!」
考える時間がなさすぎる。
私は心の整理ができないまま、グランジェーク様が待つ場所へと連れて行かれるのだった。