見守る男
「あの、私今日は医局に泊まります。お願い、します」
消え入りそうな声でそう懇願する。
いくら憧れの人でも、今この状況でお邸に行って一緒に寝るなんていうのは無理だ。
私の気持ちが伝わったみたいで、グランジェーク様はみるみるうちにしゅんと気落ちする。
「シュゼ。俺が嫌?」
「っ!?嫌だなんて、めっそうもない!」
強めに否定すると、彼があからさまにほっとしたのがわかる。
そんなに私に嫌われたくないんだ、そう思うと何だか可哀そうになってきた。
あぁ、私ったら何で大事なことを忘れちゃったの!?
グランジェーク様と恋人同士だなんて、人生に一度しかない奇跡なのに!
自分の不甲斐なさに打ちひしがれる。
「シュゼ、君に無理させたいわけじゃないんだ。ただ、一緒にいたくて」
「グランジェーク様……」
「それに、君は何者かに魔法薬を飲まされたかもしれないんだ。無事だとわかったら、また何かされるかもしれない」
「はっ、そうですね」
グランジェーク様のインパクトが大きすぎて、自分が魔法薬を盛られて危険な状況にあることを忘れていた。
「私、これからどうすれば……」
犯人がわからない以上、職場に行くのは危険かもしれない。
私は職場で倒れたんだから。
だとしても、この二日間はすでに急に休んでいて、皆に迷惑をかけたはず。
作らないといけない薬もある。
急に現実感が増してきて、私は俯きながら悩み始めた。
「ルウェスト薬師長は不在、セブ副長は『宮廷薬師の醜聞になったら困るから、騒ぎ立てるな』と言って当てにならない。君を守れるのは俺だけだ」
セブ副長は、侯爵家出身の四十代でメンツや体裁を何より大事にする人だ。
宮廷薬師が魔法薬で記憶喪失になったなんて、何かよくない事実が出てきそうで揉み消したいだろうなとすぐに想像がついた。
だとしても、やはりグランジェーク様のお邸に行くのは……。
すると、グランジェーク様が私の髪をそっと撫でながら言った。
「大丈夫。もう二度と君に手出しはさせない」
「……。それは付きっきりで見張るということですか?」
「あぁ、君に近づこうとする者は全員捕える」
「やめてください」
調合室の皆が捕まってしまう。
私は顔を引き攣らせる。
「俺はシュゼが大事なんだ。守りたい」
胸がきゅんとなる。
あぁ、クールでかっこいいグランジェーク様も素敵だけれど、こんな風に甘える雰囲気の彼も素敵に思えた。
「ずっと我慢していたんだ……。本当なら君をどこへも行かせたくないし、ほかの男と話してほしくないし、君の声が聞こえる距離にいる男は全員始末したいと思っている」
前言撤回。
全然素敵じゃない。心が狭すぎる。
「じょ、冗談ですよね……?」
お願いだから、今すぐ私を解放して。
そんな気持ちでそっと離れようとすると、再びぎゅうぎゅうに抱き締められた。
「シュゼ!ごめん……!俺がついていながらこんなことになるなんて」
「あああ、すみませんすみませんすみません、あなた様のせいではないですから!私が誰かに薬なんて盛られたせいですから!」
もう訳が分からない。
今はそっとしておいてほしい。
とりあえず、今はこの人に「私は大丈夫だ」って言ってどうにか帰ってもらわないと……!
切羽詰まった私は、興奮ぎみに口走る。
「大丈夫なんで!私、グランジェーク様に面倒見てもらわなくても全然大丈夫なんで!」
「っ!?」
ぴしりと固まるグランジェーク様。
その目は、絶望の色を滲ませていた。
あ、多分何かまずいことを言ったわ。私は一瞬にして後悔した。
「俺がいなくてもシュゼは大丈夫、なのか……?」
「え、あの、えーっと」
大丈夫っていうか、別にずっとついててもらわなくてもっていう意味だったんですが?
そろりと腕を離したグランジェーク様は、ゆっくりと立ち上がる。
「グランジェーク様?」
どうしよう。
今すぐ身投げしそうな負のオーラを感じる!
私もつられて立ち上がると、彼は呟くように言った。
「シュゼ、君が望むなら俺はここから消えよう。ただし医局から出ないように…………。俺は外で不審者が来ないか見張るよ」
「帰らんのかい」
「マルリカさん!刺激しないで……!?」
あわあわと狼狽える私は、気落ちしたグランジェーク様がふらふらと歩いて出て行くのをただ見ているしかできなかった。
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