舞踏会へ②
ファーストダンスが終わり、たった一曲で疲れ果てた私は壁際で気配を消して立っていた。
グランジェーク様は私を気遣い、飲み物を取ってくると言ってここを離れている。
周囲の人々は楽しげに談笑していて、絵画でしか見たことのなかったザ・舞踏会な場面をぼんやりと眺める。
そんな私の前に、スッと一人の男性が現れた。
「レディ、一曲お相手願えませんか?」
背の高い金髪碧眼の紳士は、爽やかな笑顔でそう言った。
年は、二十代半ばくらい。
どこかで見た顔だわ。誰だったかしら?
私が舞踏会に参加するのは初めてで、こんな風にダンスに誘ってくるような知り合いはいないはず。
戸惑って返事ができずにいると、彼はふっと笑いを漏らしてから自己紹介をしてくれた。
「アウレア・ヴィオスの兄、アリスティドです。いつも妹が仲良くしていただいているようで」
「あっ!アウレア……様のお兄様!?」
どうりでどこかで見たことがあると思った。
その色彩といい、顔立ちといい、この方はアウレアによく似ている。
お兄様は名門伯爵家の若き当主であり、宰相様の元で政治を学んでいるというのはアウレアから聞いていた。
「シュゼット・クラークと申します。いつもアウレア様にはよくしていただいております」
私は慌てて挨拶を返す。
縮こまる私に対し、お兄様はくすりと笑って右手を胸の前で振った。
「いえいえ、そんなにかしこまらないでください。いきなり話しかけて驚かせてしまいましたね。失礼をお許しください」
とても柔和で、明るい方だった。アウレアのあの負けん気の強さからは、こんなに物腰の柔らかなお兄様がいるなんて想像できない。
それにしても、私に声をかけてくるなんてどうしたのだろう?
よほど仲のいい兄妹なのかしら?
疑問に思っていると、アリスティド様はそれを察して用件を告げる。
「あの有名な魔法師団長様とご結婚なさった方がどのような方なのか、と少し気になりまして」
「あぁ……」
グランジェーク様関係か、と私が納得しかけたのを見て、彼は笑みを深めていった。
「というのは建前です」
「建前?」
「実は、妹に友人ができたなんて信じられず、一体それはどんな器の大きな女性なのかと思って様子を探りに来ました」
「え?」
あははと笑うアリスティドお兄様からは、悪意やからかいは感じられない。本当に妹の友人を見に来たのだと伝わってくる。
もしかして、アウレアって友人が一人もいなかったの?
家族が驚いて私を見に来るくらい……?
お兄様は苦笑する。
「あの性格でしょう?アウレアは茶会に参加しても一向に友人ができなくて……。だから、薬師になってあなたの話をよくするようになって、家族一同とても安心していたんです」
「そうなんですね」
「はい。だから、あなたを見つけてつい声をかけてしまいました。魔法師団長様と一緒にいると目立ちますから」
なるほど。普通の子爵令嬢として舞踏会に参加していたら、お兄様は私のことを見つけられなかったんですね!
確かに、「魔法師団長様のパートナー」だったらすぐにわかる。
「お声かけいただき、光栄です。これからもアウレア様とお付き合いさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろんです。それはこちらからお願いすることです。あぁ、そうだ。私がこうしてきたことはアウレアには内緒にしてくださいますか?」
私たちは目を合わせて笑い合う。
アウレアがいかに愛されて育っているか、お兄様の言葉や行動からよくわかり、少しだけ羨ましくもあった。
「わかりました、アウレアには……」
そう返事をしかけたとき、赤いドレスを着たアウレアが怒りの形相で近づいてくるのが見える。
「もうバレちゃいました」
お兄様が振り返ると同時に、キッと睨んだアウレアが力いっぱいその腕をつかむ。
その勢いに、一緒に来ていたフィオリーがおろおろしていた。
「アリスティドお兄様!シュゼットに一体何を言ったのですか!?」
「ご挨拶をと思っただけだよ」
悪びれなく、まるで小さな子をあしらうような態度の兄に対し、アウレアはぐっと眉根を寄せる。
私は二人の様子があまりに微笑ましくて、密かに笑ってしまった。
「やめてください!もう大人なんですから挨拶なんていりませんわ!シュゼットはただの同僚で、別に仲がいいとかそういうわけではありませんし!」
「大人?そうか、だったら我が家に招待して、家族ぐるみで親交を深めるのもいいね」
「どうしてそうなるんですの!?」
「あぁ、シュゼット嬢。お近づきのしるしに、本当に私と一曲踊っていただけませんか?きっと楽しい時間をお約束いたしますよ?」
そう言ってスッと右手を差し出すお兄様は、アウレアが怒るのを楽しんでいるように見えた。
「もう!お兄様、いい加減にしてください!」
アウレアは顔を赤くして怒っていて、強引にお兄様の腕を引いた。
お兄様はクッと笑いながら、妹に引っ張られるままに遠ざかる。
「すみません、妹がこんな感じですからダンスはまた」
「はい、お声かけくださりありがとうございました」
私は仲のいい兄妹を微笑ましく思い、笑顔で手を振って別れた。
アウレアはクルクルに巻いた金髪を揺らしながら、ホールの奥へと歩いていく。お兄様はそんな妹に引っ張られながらも、今度はフィオリーに「一曲どう?」と笑いかけていた。
名門伯爵家なのに、あんなに温かい家もあるんだなぁ。舞踏会の緊張が、アウレアたちのおかげですっかりなくなっていた。
再び一人になった私は、グランジェーク様の姿を探して視線をさまよわせる。
彼は目立つからすぐに見つかるはずなんだけれど、どこまで飲み物を取りに行ったのか、見える範囲にグランジェーク様の姿はない。
誰かに呼び止められているのかな?
グランジェーク様が誰かの雑談に応じるとも思えないけれど、もしかしたら知り合いに会って話しているのかもしれない。
私が一人でうろうろしてすれ違ってしまったら、きっとグランジェーク様は心配する。だからもうしばらくここで待とう。
そう思ったときだった。
「少しよろしいかしら?」
高く澄んだ声。
その声のした方に振り向くと、そこには柔らかな笑みを浮かべる一人の女性がいた。
「ステシア王女殿下……!?」
驚き、目を瞠る私。王女殿下はそんな私を見て、にこやかに微笑んでいた。





