拾い癖?
魔法師団で治療を受けたジャレンは、診察したマルリカから「少なくともひと月はここで療養」だと告げられた。
すやすやと眠る少年は、魔力暴発などなかったかのように落ち着いている。
防御魔法が施された部屋で、ベッドのそばに付き添って食事をする兄。彼もまた、ジャレンが回復するまではここで生活することになった。
子ども用の着替えを取ってきます、と告げたリンクスは静かに扉を閉める。
すると廊下には、様子を見に来たグランジェークの姿があった。
「あれ、入らないんですか?」
壁にもたれ、腕組みをして何やら考えているグランジェークに対し、彼は不思議そうな顔で尋ねる。
「俺が行って、怖がられないか?」
言われてみれば、とリンクスもまた「ですねぇ」と相槌を打つ。
できれば女性の事務官やメイドがついた方がいいのでは、ということになり、グランジェークは結局部屋には入らずに見守ることにする。
リンクスはそんなグランジェークを見て、ふと思い出したかのように笑って言った。
「シュゼット嬢、今度は魔力持ちの少年を拾ってくるとは……、ははっ、引きが強いのか不運なのかわかりませんね」
「どうかな。何にせよ、俺のシュゼが彼らを助けたいと思ったのだから仕方ない。俺には彼らの成長を見守る義務がある」
「それはまたご立派な……。前に拾われたあの癖の強い子は元気にやってますか?」
リンクスの言葉に、グランジェークは邸で見送りをするロボットメイドの姿をちらりと思い出した。
一緒に暮らすようになって、そろそろ三年になる。シュゼットがいなければ、今頃あのロボットメイドは処分されてまったく別の機械に生まれ変わっていた。
「あぁ、相変わらず言動は変わってるがそれがなかなかおもしろい」
誰もが見惚れるような美貌で、くすりと笑うグランジェーク。この姿だけ見れば、美しく頼もしい魔法師団長様そのものだとリンクスは思った。
「あれを面白がれるのはグラン様くらいですよ。あとシュゼット嬢も。私なら数日でキレますね」
「まぁ、そう言ってやるな。変わったやつだが、あいつのおかげで俺はシュゼに近づけたんだから」
あれは三年前のこと。
あるきっかけからシュゼットに惚れてしまったグランジェークは、これまで姿を見るだけで話しかけたこともない彼女にどう接触していいか悩んでいた。
(どうにかして話しかけたい)
想いは募るばかりで、ルウェスト薬師長からは「必死過ぎて怖い」と苦言を呈されるほどだった。
あの日もグランジェークは、健気に(?)彼女を尾行していた。
シュゼットは広場の噴水の前に腰掛け、医療用ロボットメイドの書類を見て難しい顔をしている。
何か困っていることがあるらしい。
そう思ったグランジェークは、意を決して彼女に話しかける。
『ここ、座っても?』
『え?』
その顔は、「まさかここは予約制だったのか?」と語っていた。そうでなければ、魔法師団長様が自分に話しかけるわけがない、そう思った。
グランジェークは、彼女の驚きを察して笑顔で言った。
『いや、そこに座りたいわけじゃない。そんなものを真剣に見ているから、何か相談に乗れるかと思って声をかけたんだ』
『えっ……!?あ、ありがとうございます』
シュゼットは呆気に取られ、けれどすぐに感謝を伝える。
その屈託のない笑顔は、グランジェークには眩しすぎるくらいだった。「魔法師団長様なのに、なんて親切な人!」と思っているのがその表情から見て取れる。
(この純真さの前では、俺がいかに穢れているか突き付けられるな……)
シュゼットの隣に腰を下ろしたグランジェークは、優しい笑みを向けつつも心の中でそう思っていた。
『医療用のロボットメイドを探しているのか?』
彼女が手にしていたのは、ロボットメイドを作っているメーカーや販売店のリストだった。宮廷薬師の仕事の一環かと思いきや、彼女はまた別の話だと話す。
『私が薬師として担当していたローレス伯爵が、先月お亡くなりになったんです。それで、今日奥様がいらしたんですが、亡き伯爵がお連れになっていたロボットメイドを処分したいとおっしゃっていて……』
ロボットメイドは、制御できる人間がいなければ保有するのは難しい。魔力の補充やメンテナンスには魔法使いの手が必要で、ローレス伯爵はかつて魔法師団にいた魔法使いなので問題なく扱えていたのだが、その妻にロボットメイドを引き継げというのは大変なことだ。
シュゼットも事情は理解していて、その上で何とかそのロボットメイドを処分するのを回避できないかと思っていたのだと話す。
『ご婦人とその子がちょっと合わないらしくて、だから処分を……というご事情はわかるんですが』
ロボットメイドは、長年そばで使っているとそれなりに特性が出てくる。作った魔法使いによって術式が異なるせいで、どれも同じにはならないのだ。
それを「品質」と呼ぶか「個性」と呼ぶかで、ロボットメイドに対する人間側の気持ちが変わってくるのはグランジェークも知っていた。
『亡くなられたローレス伯爵とは、薬師としてよくお話しました。そのときにいつもそのロボットメイドが付き添っていて、私も彼女に情が湧いてしまって』
『なるほど』
『でも、ロボットメイドを作っている工房に問い合わせても「処分は承っているが次の引き取り手を探すことはやっていない」と言われてしまったんです』
可哀そう、と口で言うのは簡単だが、シュゼットには自分でロボットメイドを引き取れるほどの魔力はない。
しかも、寮暮らしの彼女にはメイドなど不要で、引き取れたとしても持て余すことは目に見えていた。
グランジェークはしばらく思案し、こう切り出す。
『俺が引き取ろうか?』
『えっ!?グランジェーク様がですか!?』
驚くシュゼットは、隣に座るグランジェークを見上げる。
(グランジェーク様なら、確かにあの子を引き取れるわね)
シュゼットは一瞬だけ気持ちが揺らいだが、でもすぐにまた前を向いて「う~ん」と悩み始めた。
『何か心配?』
グランジェークは優しい声音で尋ねる。
『いえ、その、もちろんグランジェーク様は名実共に素晴らしい方だって思うんですが……』
言いにくそうなシュゼットを見て、グランジェークは言葉を引き継ぐ。
『信用できない?』
『そんな!いえ、あの、違うんです。違うんですけど』
慌てて否定するシュゼットだったが、理由はそれしかなかった。
『俺がどんな人間かよく知らないから、ロボットメイドを預けるのに躊躇するということかな』
グランジェークは冷静に分析し、納得だという顔つきになる。
『本当にありがたいお申し出だとはわかります。でも、グランジェーク様のことを私が何も知らないので、今の状態でご厚意のままにあの子をお任せするのは、無責任なことなのではと』
まじめなシュゼットは、そう答える。
いくら有名な魔法師団長様でも、ロボットメイドを大切にしてくれるかどうかまでは知らない。まして、個性が強い子だからなおさら「はい喜んで」とすぐに返事をすることができなかった。
グランジェークはそんなシュゼットに対し、ある提案をした。
『それなら、しばらく魔法師団で預かるのはどうだろう?その間に、俺が君の信頼を得ることができれば正式に引き取るというのは?』
『信頼を得る……?』
『うん。これから俺は君と交流を持つ。それで、君に俺の人となりを知ってもらったらと思うんだ』
目を丸くするシュゼット。「魔法師団長様、いい人すぎでは?」という驚きが顔に出ている。
グランジェークは優しい眼差しで彼女を見つめながら、罪悪感を抱いていた。
(すまない。俺はそんなにいい人じゃない……!君のためならロボットの十や百は引き取ってもいいというのも本当だが、俺はただ君と話すきっかけが欲しいだけなんだ)
『俺が声をかけたんだから、せっかくだし役に立ちたい』
全力で大人の優しい男を気取り、彼女の返事を待つ。
シュゼットはまさかグランジェークが自分を好きだとは露ほども思わず、たまたま声をかけてくれた魔法師団長様の厚意として申し出を受け入れた。
『グランジェーク様……!ありがとうございます!』
『気にしないで』
きらきらした目で見つめられ、グランジェークは思った。
(素直すぎる。よくこれまで誰かに騙されずに生きて来られたな)
自分のことは棚上げし、「彼女がこれから誰かに騙されないように見守らねば」と誓った。しかしその笑顔を見つめていると、ふと本音が口から洩れる。
『ロボットメイドだけと言わず、君も俺のところに来てくれないか?ずっと大事にする』
突然の告白に、シュゼットは一瞬だけ固まったが、すぐに困ったように笑って言う。
『え?……あ、専属薬師のお誘いですか?いえいえ、私なんてまだまだですから、そんな』
少し照れたように頬を赤らめ、シュゼットは続けた。
『ダメですよ、そんなこと言って私が勘違いしたらどうするんですか?グランジェーク様って意外に冗談がお好きなんですね』
視線を落とし、恥ずかしがる彼女が可愛すぎて、グランジェークは今すぐ抱き締めたいという衝動を必死で堪えた。
(可愛すぎる。このまま連れて帰りたい。だが、早まるな……!)
なけなしの理性を動員し、彼は爽やかな笑顔を保った。
『では、ロボットメイドが魔法師団のところへ来られる日が決まれば教えてほしい。こちらはいつでも大丈夫だから』
『はい!ありがとうございます!』
その後、しばらく魔法師団で働いていたロボットメイドだったが、気に入らない客に茶をかけたりグランジェークからの魔力供給しか受け入れなかったり、ほかの魔法使いから「癖が強すぎる」と言われ、早々に邸に引き取られることになったのだが──
リンクスは、「ロボットメイドだけでなく今度は人間を拾ってきた」とシュゼットのことを面白がっていた。
「根が優しいと、面倒ごとを抱えこみがちですよね~」
くっと笑いを漏らすリンクスに対し、グランジェークは言った。
「シュゼは俺たちみたいな壊す側と違って、誰かを守る側の人間なんだ。ジャレンのことも、将来有望な魔法使いだから助けたいなんて打算はなく、ただ不遇な少年を助けたいという一心だったと思う」
「ははっ、こちらとしては、戦力は多い方がいいのでありがたいですね」
魔法使いの数は年々減っていて、どの国も好待遇で引き抜きにやっきになっている。幼少期から恩を売っておけば、外に流れていかれる可能性も減るとリンクスは思っていた。
「シュゼット嬢には、私が善意で面倒を見ているって言っておいてくださいね?あんな人に軽蔑の眼差しを向けられたら心が折れるんで」
そんな軽口を言うリンクスに対し、グランジェークはふんと鼻で笑う。
「邸でおまえの名前など出さない。シュゼの耳に入るのは俺のことだけでいい」
「うわっ、心狭すぎません?」
足早に廊下を歩いていくグランジェーク。
リンクスは、「仕事が増えた」とため息をついてから頭を掻いた。





