原因は魔法薬?
健康だけが取り柄の子爵令嬢、それが私だ。
薬師として健康には気を付けてきたし、そもそも倒れるほど仕事に励むような日々は送っていない。
「覚えていないのね?」
「はい」
私がそう言って頷くと、マルリカさんは右手を顎に当てて思案しながら話し始める。
「あなた、二日前の夜、調合室で倒れていたところをグランジェークに発見されたの。それからずっと意識が戻らなくて、さっきまで眠っていたわ」
「二日も寝ていたんですか!?」
てっきり、一晩眠っていただけだと思っていた。
どうりで体がだるいはずだわ。喉がカラカラだったのも納得だ。
「でも、さっきちょっと質問した限りでは、脳に異常はなさそうね。自分の名前も仕事も覚えてるし、歩行機能にも問題なさそう。倒れたことがわかっていないのは、貧血なんかで運ばれてきた人にはよくあることだし」
よくあること、という言葉にちょっとホッとした。
そんな私を見て、マルリカさんは続ける。
「でも、あなたが眠っているうちに検査した結果では、体内から微量の魔法薬が検出されたのよね」
「魔法薬ですか……?」
薬師にとって、魔法薬は身近なものだ。
病気やケガに効く魔法薬を作るのが仕事なんだから。魔法薬なんて、職場にはいくらでもある。
「最初は、魔法薬を飲んで自殺でもしたのかって思ったんだけれど」
「そんなことしません!」
私は、力いっぱい否定する。
「ええ、それはないなってすぐに思ったわよ」
マルリカさんは、冷静にそう答えた。信じてもらえたことはありがたい。
それにしても、魔法薬を作るのは仕事でも、それを飲むことはめったにない。そもそも、薬師として働いている調合室には、魔法薬はたくさんあっても私的な持ち出しはできない。
薬は材料も完成品もすべて厳重に管理されていて、何を使うにしても申請が必要になる。それなのに、私は何を飲んだと言うの?
「体内から検出された魔法薬は、一体何だったんですか?」
「それが、まだわかっていないの。血液検査や魔法鑑定もしたんだけれど、宮廷で管理している薬にあなたが飲んだものはなかったのよ」
「未知の薬ですか」
それはつまり、実験中の薬である可能性が高い。
依頼内容によっては、ゼロから新薬をつくることがある。実験中の薬ならば医局の鑑定でわからないのはあり得るわ。
けれど、やっぱり自分で飲むなんてことはないはずなんだけれど……?
「開発途中の魔法薬をうっかり飲んだんでしょうか?」
そんなことある?
「うっかり」と自分で言ってみたものの、そんなうっかりさんが宮廷薬師になれるわけがない。
マルリカさんも、そこは私と同じ意見だった。
「さすがにその線は薄いわ」
「ですよね」
「倒れる直前、あなたが調合室で紅茶を飲んだのはわかっているの。それに魔法薬が混入されていたんじゃないかしら」
重苦しい空気が流れる。
「魔法薬は、完成してから二十四時間以内であれば作った薬師の魔力の痕跡が残っているわ。紅茶に混ぜられていた魔法薬からは、シュゼットの魔力が検知されたのは間違いないの」
「私が作った魔法薬を、誰かが……?」
私が作った薬を、誰かが私に飲ませた?
意味がわからない。
いたずらなのか、それとも明確に殺意を持ってのことなのか?
どちらにせよ、悪意が自分に向けられたことに背筋がぞくりとした。
「あの日、調合室に出入りした薬師か調合師、または事務官が疑わしいわね。持ち出し記録を改ざんする方法がないわけじゃないし、自宅から持ってきた魔法薬をこっそり持ち込むことはできなくもない」
「それは、そうですね」
セキュリティは厳しいけれど、混入を完璧に防ぐ方法はない。
「犯人の目的は何なんでしょうかね?」
私を殺したいなら、不完全な薬なんて使わずにもっと確実な方法があっただろう。
嫌がらせだとしても、そんなことをする人物に心当たりはない。
「私に嫌がらせするメリットが思い浮かびません。妬まれるようなこともないですし」
宮廷薬師は、一般人からすれば羨む職業だ。お給金だっていいし、恵まれていると思う。でも、一緒に働く人から妬まれるようなことは思い当たらない。
私より優秀な薬師はたくさんいて、そういう方面で妬まれる可能性はないと思った。
う~んと悩む私を見て、マルリカさんは憐憫の目を向ける。
「あるとしたら、そこの男に関することなんだけれど」
「え?」
視線の先には、グランジェーク様がいる。
私はきょとんとした顔で彼を見た。
「シュゼット、あなたこの男のことがわからないのよね?」