とにかく甘い人
亡者の森の入口に着くと、鬱蒼と生い茂る木々が不気味に揺れてお出迎えしてくれる。
「シュゼ、足元に気を付けて」
先に下りたグランジェーク様に手を差し伸べられ、私はその手を取って馬車から下りた。続いて、アウレアとフィオリーも下りてくる。
グランジェーク様は、紳士のマナーとして二人にも手を差し伸べた。アウレアもフィオリーも緊張気味にその手を借り、ぎこちない様子で馬車を下りた。
しばらくすると、アウレアの家の護衛騎士が馬で追ってくるのが見える。それを確認したグランジェーク様は、私を見下ろし「行くか」と声をかけた。
今日の目的は、表向きは薬草の採取ということになっている。記憶を取り戻すために散策を、という本来の目的は秘密だ。
「さぁ!行くわよ!!」
「待ってください~」
アウレアが真っ先に森へと入っていく。フィオリーは、籠を持って森から聞こえる風の音にびくびくしながらついて行った。
三人の護衛たちは末っ子お嬢様のこの行動に慣れていて、すぐに彼女の後を追って警戒しながら進んでいく。
「さて、奥にある湖でも目指そうか。途中で何か思い出したら教えて欲しい」
「わかりました」
さりげなく手を繋がれ、一瞬どきりとする。
けれど、あああああ……とまるで男性の悲鳴か嘆きのように聞こえる風の音に、すぐに現実に引き戻された。
「幽霊でもいそうですね」
この中を突き進んでいったアウレアが、いや、巻き込まれたフィオリーが心配になってくる。
泣いていないだろうか。
もうすでにさっき涙目になっていた彼女の顔が頭をよぎった。
私も二人の後を追った方がいい?
心の中でそんなことを思ったとき、グランジェーク様の声が降ってくる。
「心配ない」
「え?」
見上げると、優しい眼差しが向けられていた。
「シュゼとの時間を守るためだ。君の同僚は俺がしっかり守ろう」
すでに手は打ってあるらしい。
グランジェーク様は、フィオリーの持っていた籠に防御魔法をかけたと話した。
「半日程度しかもたないが、十分だろう」
その言葉に、私は驚いて問いかける。
「ずっと魔力を遠隔で使い続けるってことですよね?グランジェーク様は大丈夫なんですか?」
私は魔法使いじゃないからそこまで詳しくないけれど、防御魔法は対象から離れれば離れるほど使用する魔力が多くなるはず。
グランジェーク様がいくらすごい魔法使いでも、さすがにそれはつらいのでは?と心配になった。
けれど彼は、繋いでいた手をさらにきゅっと力を込めて握り、嬉しそうに目を細める。
「心配してくれているの?」
「当たり前じゃないですか!」
ここにもう一度来たいと言ったのも私で、グランジェーク様はわざわざ時間を取ってついてきてくれたのだ。
彼は私に無理をしないでと言ったけれど、私だって無理させたくない。
「これくらい何てことないよ。それに、普通の魔法使いならともかく、俺は魔力量が多すぎるから毎日たくさん使わないと魔力が濁ってしまう」
魔力の濁り。それは優秀な魔法使いほど発生する現象で、体内に濁った魔力が溜まると心身に異常を来たすらしい。
特に、魔力持ちの子どもがきちんと保護されずに放置され続けると、体調を崩して不治の病だとされて亡くなることもあるという。
「単純に使えばいいだけなんだから、そんなに気を遣うようなことじゃないけれどね」
「そうなんですね……。私はそんなに魔力がない方なので、できるだけ使わないようにってばかり思って暮らしてきました」
魔法を使うとすぐに魔力が底をつく私と違い、魔法師団長様であるこの人は規格外だった。
「では、大丈夫なうちはお願いしますね?」
そう言って笑いかければ、彼もまた笑みを浮かべた。
「あの二人のことは任せて。だから、シュゼは俺に集中して?」
言葉も笑顔も、とにかく甘い。
馬車の中での態度とは大違いだった。
顔を赤くして俯いていると、彼が楽しそうに笑っているのが伝わってくる。
「シュゼといると俺は本当に幸せだ」
「~~~~~!」
やっぱりアウレアたちと一緒に行けばよかった。
少しだけそんな気持ちになった。





