寡黙な魔法師団長様が復活?
王都のはずれを、滑るようにして進む魔法馬車。
グランジェーク様の魔力で動くこの乗り物は、快適かつスピーディーに移動できるのでとても便利だ。
「シュゼ、今日のドリンクはどう変えたんだ?」
青色のローブを纏ったグランジェーク様が、今日も麗しい笑みを向けて尋ねる。
私は持ち運び用のカップに入れた薬草ドリンクを彼に手渡し、りんご果汁で味を調えてみたと伝えた。
「ベースをりんごにすることで、飲みやすくなったと思います。裏ごしもしましたので、舌触りが改善されたかと」
隣に座るグランジェーク様は、私の手からカップを受け取るとストローでそれを飲む。
そして──
「うん、常に主張するえぐみが健康になれそうな感じがする」
やはり、えぐみは消えなかったか。
私も薬草ドリンクを飲み、りんごの甘さと香りの後からやってくるケールと野蒜のえぐみに思わず顔を顰める。
それと同時に、向かい側に座る女性たちからも呻き声が放たれた。
「うっっっ、何これまずい!」
「ううっ、苦い……」
アウレアとフィオリーは、揃って口元を手で押さえ、目を細めている。
これでも味はマシになった方なんだけれど?と、私は思った。
ドリンクのカップを私に突き返したアウレアは、鬼の形相で怒る。
「ちょっと!私のこと殺す気!?これはもう毒よ!」
「えええ、でも健康にはよさそうでしょう?あ、スープもあるのよ」
「お気遣いどうもぉぉぉ!でも私は味にこだわる女なのよ!」
裕福な伯爵令嬢のお口には合わないらしい。
フィオリーはアウレアのように文句は言わなかったけれど、半泣きで震えていたのでよほどまずかったんだろうな。申し訳なくなり、彼女の手からそっとドリンクを回収するとあからさまにホッとした顔になっていた。本当にごめん……。
「アウレアがどうしてもついてくるっていうから、いつもよりたくさんドリンクを作ったのよ?」
今日は、グランジェーク様と一緒に亡者の森へ行くことにしていた。
何か思い出すかもしれないと思ったからだ。
それを聞きつけたアウレアが、強引にフィオリーを誘い「一緒に行く」と言ったのは昨日のこと。
「亡者の森に行くなんてそうそうないわ。このあいだ来て、やっぱり貴重な薬草がたくさんあって素敵なところだって思ったのよ。第一、あなただけに抜け駆けなんてさせないわ」
「抜け駆け?」
「そうよ。新薬を開発して、来年表彰されるのは私よ!」
アウレアは気合が入っていた。
宮廷薬師の栄誉である国からの表彰を狙っている人は多く、彼女もまたその一人だった。
私は表彰されたことはないが、表彰式に代理で出席したことはある。ある、というか毎年そうしている。ルウェスト薬師長が一度も出ないからだ。
それでも、アウレアは私が表彰式に出ることそのものが羨ましいらしく、表彰式のたびに突き刺さるような視線を向けられた。
「それにしても、ルウェスト薬師長はただの陽気なおじさまなのに、何であんなに天才なのかしらね」
ただの陽気なおじさん。確かに、皆が薬師長に抱く第一印象はそうだろう。
ふわふわの茶色の髪に日焼けしてかさついた肌。どう見ても偉い人には見えない。
そしてよく独り言を呟きながら歩いている。
調合作業に入ると、それしか考えられなくなるのだ。
「グランジェーク様は、ルウェスト薬師長と昔から知り合いなんですよね?」
アウレアが尋ねると、グランジェーク様は少しだけ笑って「あぁ」と返事をした。
「お二人はどんな会話をなさるのですか?」
「仕事の話かな」
「プライベートのことはまったくしないんですの?」
「そうだな」
「………えっと」
何だろう。この会話の広がらなさ。
アウレアがちょっと困っている。
私には言いたいことをずけずけ言うアウレアも、グランジェーク様にはちょっと遠慮していた。
「「…………」」
アウレアから次の質問は出なかった。
それにより、会話は終了する。
そうよ、グランジェーク様ってこういう感じだったわ。必要以上の会話はしない、今みたいな感じよ。
私と二人でいると会話は尽きないけれど、どうやらアウレアたちの前では寡黙な魔法師団長様の姿を通すらしい。
何だか懐かしいものを見るような気持ちになった。
けれど、その横顔をじっと見つめていると、視線に気づいたグランジェーク様がふいにこちらを向く。
「ん?」
「っ!!」
にこりと微笑んだその破壊力がすごすぎて、私は息が止まりそうになる。
落ち着いた大人の色香が放たれていて、まともに浴びたら意識が遠ざかる危険さえありそうな……!
「何でもありません」
私は慌てて縮こまった。
この後も、グランジェーク様は美しい彫刻みたいな状態で、私たちがおしゃべりをするのをただ黙って聞いていた。





