依頼を受けていたらしい
「で、クラウディオ。申し訳ないけれど、苺って何のこと?倒れてからちょっと、その、記憶があやふやなの」
過労で倒れた、という設定を無理やり貫き通し、私は彼からの用事を聞き出そうとする。
グランジェーク様は私に左腕を掴まれたまま、じっと彼を見下ろしていた。
クラウディオは信じられないという表情を浮かべ、うろたえた。
「本当に覚えていないのか……!」
よほど言いにくいことらしい。
グランジェーク様に聞かれたくないのかな。窺うように上目遣いで見てみると、彼はさも当然のように言った。
「俺のことはシュゼの荷物だと思ってくれ」
「無理だよ!!」
グランジェーク様の様子に、クラウディオは困惑している。
うん、その気持ちはわかるわ。私もこの五日間しょっちゅうそんな感じだもの。
「ねぇ、クラウディオ。あなたもしかして私が作っていた魔法薬について知ってる?」
「は?シュゼットの仕事を、調合師が知るわけないだろう?」
あれ?それならなぜ、私はクラウディオの依頼した薬とやらのことまで忘れているんだろう?
私が忘れているのは、自分が作っていた新しい魔法薬のことだけじゃなかったの?
何が何だか?と困る私を見て、クラウディオがついにしびれを切らして口を割った。
「その、俺はシュゼットに、客として薬の調合を依頼したんだ」
「客として?」
「あぁ、クラウディオ・ディロンとして。伯爵家からの依頼になってる」
宮廷薬師は、貴族からのオーダーも受け付けている。
だから、そういうことならクラウディオから私が指名依頼を受けてもおかしくはない。
彼は恥ずかしそうに目線を下げ、もごもごと歯切れの悪い言い方をする。
「ほら、俺が婚約したの覚えてない?キャロン嬢と」
「あ!」
ここで私は、はっと思い出した。
そういえばクラウディオは、キャロン子爵令嬢のことがずっと好きだったんだ。二年前に舞踏会で出会ってから、どうにか近づきたいって話していたっけ。
だんだんと記憶が鮮明になってくる。
「デートのときに向こうのお兄さんがついてきて、どれくらい本気なのか言わされてちょっと泣いたんだっけ?」
「そこは思い出すな!俺も忘れた!!」
清楚可憐なキャロン嬢に、すごく恐ろしい騎士隊のお兄様がいるって言っていたような。
そんなこんなで障害もあったけれど、うまく婚約までたどり着いたって喜んでいたのを思い出した。
「それで、だな?婚約したまではいいが、まぁ、その、そういうことに自信がない俺は、シュゼットに薬を頼んだんだ」
「ああ~~~~~」
そうだわ。キャロン嬢との初夜で失敗しないように、とある薬がどうしても欲しいって相談されたんだ。
「亡者の森に材料を採りに行ったのよね、私たち」
「そう!そうだよ!」
亡者の森。王都からそれほど遠くない、野草や薬草の群生地である。
恐ろしい名前だが、亡者の悲鳴や嘆きに聞こえる風の音がするっていうだけで、特別な危険があるわけではない。
そこにある苺の種には、男性機能が向上する成分が含まれているのだ。
「あれ?でも種だったら市場で買えないわけじゃないのに。値段は高いけれど」
お金はかかるけれど、伯爵令息なら買えない値段じゃない。
亡者の森にまで休日を潰して採取しに行くとか、何だかおかしいな。
私が首を傾げると、クラウディオはため息交じりに言った。
「シュゼットが、どうしても苺の果肉を手に入れたいって言ったの忘れたか?市場では乾燥してるのしか手に入らないから、生の果肉が欲しいって」
「果肉?」
「うん」
それは私の記憶にまったくないことだった。
グランジェーク様も、少し眉根を寄せている。
私は苺を食べない。単純に好きじゃないのだ。
食堂のパンケーキも苺抜きを頼んでいたくらいで、もうここ十年くらい食べていない。そんな私が「果肉が欲しい」というなんて、それはどう考えても自分用ではなかった。
「味の調整用にそれが欲しかったんだろうか?」
グランジェーク様はそう予想する。
私も同じ意見だった。
亡者の森にある苺には、どんな苦みも臭みも消し去る特性がある。みずみずしい生の果肉をすり潰したときにだけ出る、不思議な効果だった。
「私、その果肉をどうするって言ってた?」
一応聞いてみるが、クラウディオは首を横に振った。
「薬師が欲しがるものは、その使い途なんて聞かないのがマナーだろう?」
守秘義務が絡むといけないから、私たちは普段から会話には注意している。
クラウディオは私に苺を欲しがる理由を聞かなかったし、私も言わなかったということだ。
もしかして、私はとんでもなくまずい魔法薬を作ろうとしていたの?それで、亡者の森にある苺の果肉を使ってその味を和らげようと……?
自分で飲むためなら、私は味を気にしないタイプだ。でも依頼人のために、味を少しでも改善したいと思っていたとしたら?





