どうやら私は倒れたらしい
目覚めてからわずか一時間後。
私はいつもの制服の白いシャツと膝丈の紺のスカートに着替え、宮廷薬師に支給される新緑色のローブを羽織り、ふかふかのソファーに座っていた。
さすが医局のスタッフルーム、豪華な応接セットがあることに驚く。
薬師が使う相談室や打合せルームも、こんな風におしゃれで綺麗だったらいいのになぁと何気なく思った。
今、私の正面には医師のマルリカさんが座っていて、何やら資料を見ながら私とそれを見比べている。
そして、目覚めてからなぜか私のそばを離れようとしないグランジェーク様は、隣に座って私の口にミルク粥をせっせと運んでいた。
「どう?おいしい?」
「んっ……、おいしいです」
なぜ私は抵抗しなかったんだろう。
いや、できなかった。
自分で食べます、と言ったときのグランジェーク様は、今にも窓から飛び降りそうなくらい悲壮感漂う顔をしたんだから……!
自分で食べるのは普通のことなのに、ものすごく罪悪感に駆られた。とても酷いことをしているような気分になった。
その結果「これはもう黙って受け入れるしかない」と思い、この状況に至る。
「シュゼ、食欲があって本当によかった」
その微笑みは、どんな攻撃よりも力を持っている。
グランジェーク様って、こんな風に笑う人だったの?
この人は憧れの人で、もっとクールでかっこいいイメージだった。
同じ魔法師団の部下でもない限り挨拶以上の言葉は交わさないし、彼は寡黙で理知的な紳士というイメージだ。
遠くからその姿を見たときは、それだけで「今日はいいことがありそう」なんて思えたくらい。そりゃあ彼の何を知ってるんだって言われたら、「何も知らない遠い存在」だったわけだけれども。
それにしても、こんな風にお近づきになった覚えはまったくない。
「はい、スープもあるよ」
「あ、ありがとうございます」
オレンジ色のポタージュスープは、口に入れると甘じょっぱくてクリーミーだった。にんじんとかぼちゃかな。
簡単そうだけれど、こんなにおいしいスープは久しぶりに飲んだ気がする。
ちょっと口角を上げた私を見て、グランジェーク様は嬉しそうに微笑む。
「よかった。シュゼが起きたら食べたがると思って作っておいたんだ」
「ん゛ん゛っ」
喉に詰まりかけた。
作った?作ったって、グランジェーク様が!?
驚きの目で見つめると、たまらなく愛おしいという眼差しを浴びて意識がぐらりとする。
「シュゼ、そろそろ意識がはっきりしてきた?」
いえ、もう一度気絶しそうです。
グランジェーク様は、何かを期待する目で私を見る。
──俺のこと、思い出した?
目がそう言っている。
でも、まったく意味がわからない。
「えーっと……?」
私が困って苦笑いを浮かべていると、黙っていたマルリカさんが冷静に状況を説明してくれた。
「シュゼット、あなた自分が倒れたことは覚えている?」
その言葉に、私は小首を傾げる。
「倒れた……?私が?」