朝です
──ヴィーーーーーーーン……。
結婚式翌日、早朝から私は広い邸の広い厨房にいた。
アイボリーのレンガ調の壁はシミ一つなく、調合室よりも広い厨房はまさに貴族のお邸のそれだった。
静かな厨房に響く振動と騒音は、魔法を動力とするミキサーの音。
その中では、緑というかどす黒い液体がかき混ぜられている。
結婚式の緊張感や記憶喪失になってしまったという心理的負担から、私は夕べとても早く眠りについた。
広いベッドは少し寂しいくらいで、室温は適温なのに寒くて毛布にくるまりながら眠った。
朝はいつもより早い時間に目が覚めて、こうして厨房に下りてきてしまった。
「ルッコラにキャベツ、明日葉とレモン、ブルーベリーにアセロラ。それから濃縮した回復薬と滋養強壮エキス」
最後に入れるハート型の乾燥した葉は、天使の気まぐれと呼ばれるハーブだ。
記憶力活性化や脳にリラックス効果があるといわれていて、ストレス軽減効果もあるとされている。
仕上げにそれを入れると、私は再びミキサーのスイッチをONにした。
「おはよう、シュゼ。よく眠れた?」
突然に背後から甘やかな声がかけられ、私は思わずびくりと肩を揺らす。
けれどそれも、厚手のショールでくるまれた上から抱き締められたことでなかったことになった。
「お、おはようございます……!」
「どうしたの?こんなに朝早くから」
すりっと頬を寄せたグランジェーク様は、まだ眠そうだ。
朝は弱いタイプらしい。
「健康にいい薬草ドリンクを作っていたんです」
背中に重みとぬくもりを感じ、声が少々上擦っている。
けれど、グランジェーク様はそれには構わず会話を続けた。
「薬草ドリンク?すごい色だけれど」
確かに、とてもおいしそうには見えない。
多分、味もまずいだろうな。塩とハチミツは入れたけれど、それだって苦みを抑えるほどの効果はなさそうだ。
私はミキサーを見て苦笑いする。
「脳によさそうな成分を詰め込んだらこうなりました。どうせなら、記憶障害を患った実験体として自分で自分を検証して治していこうと思いまして」
「自分を実験体に?」
「はい。何もせずにただ待つのは落ち着かないので」
このままでいいわけがない。
できるなら、グランジェーク様のことを思い出したい。
夕べ、私のために寝室を譲ってくれて、自分は書庫にある簡易ベッドで休むからと言ったこの人のことを大事にしたいと思ったのだ。
グランジェーク様は、私の意気込みとは正反対に少し納得いかないという風な声になる。
「焦っておかしなことはしないでね?……これ、俺も飲んでいい?」
「え!飲むんですか?」
この色を?
作っておきながら、私はぎょっと目を見開く。
「健康にはいいんだろう?」
「それはそうですけれど」
グランジェーク様が飲む気満々なので、私はそっとその腕から離れてグラスをもう一つ追加する。
ミキサーから薬草ドリンクをグラスに移すと、ドロッとした不気味な液体がグラスを満たした。
「「…………」」
二人してそれを見つめ、まずそうだなと同じことを思う。
「いただくよ」
でも私よりも先に、彼がグラスに手を伸ばした。
ハラハラして見守る私。
グランジェーク様はごくごくと薬草ドリンクを飲み、わずかに目元を顰めて感想を述べた。
「味は、見た目よりは悪くないな。でも苦みとえぐみとはまた別に、謎の甘みが主張しているのが後を引くな」
人はそれを『まずい』と言います。





