亡くなった姉と瓜二つの転校生
「おはよう。今日はギリギリだね」
予鈴が鳴る三分前、隆史と姫乃が手を繋ぎながら教室に入ったらつかさが声をかけてきた。
ニヤニヤ、とつかさが笑みを浮かべているのは、本当にお似合いだと思っているからだろう。
「ギリギリなのは朝からハッスルしてたからかな?」
笑顔なのはお似合いだと思っているからではないのだと訂正しなければならないかもしれない。
遅刻ギリギリなのは朝からハッスルしていたわけではなく、生足膝枕を堪能していたからだ。
「あうっ……」
ハッスルという言葉に反応するかのように、姫乃の頬が赤く染まった。
実際に昨夜はハッスルしたため、そのことについて思い出したのだろう。
だけどここで恥ずかしくなってしまえば、つかさに朝からしていると思われるようなものだ。
「初々しい姫乃ちゃんが高橋くんに汚されていくよ」
およよ、と悲しそうな声を出したつかさは、ただ単にからかって楽しんでいるだけだろう。
だけどひなたのように悪意があるわけではなく、友達同士の馴れ合いという感じだ。
なので止めに入る必要はないと思ったが、男子から殺意の視線が凄い。
学校一の美少女、白雪姫と言われるほどの姫乃が、男に抱かれてると思うと嫌な気持ちになるだろう。
「話変わるけど、今日転校生が来るらしいよ」
本当にいきなり話が変わった。
「六月に転校生とは珍しい」
学年が上がる時、新学期が始まるタイミングで転校してくるのは現実でもラブコメでも良くあるが、六月に来るのは珍しいだろう。
「まあ興味ないけど」
未だに恥ずかしがっている姫乃を抱きしめながら口にする。
「女の子らしいけど、姫乃ちゃん一筋の高橋くんには興味ないよね」
最早姫乃だけしか見えない隆史にとって、転校生が女の子であろうとどうでもいいことだ。
新学期が始まったばかりの時でも好きな人はいたため、転校生に興味を持てなかっただろう。
女の子と聞いた男子はテンションが上がっているようだが、隆史は本当に興味がない。
「あ、予鈴だね。また後でね」
予鈴が鳴ったため、つかさは自分の席に着いた。
そして隆史たちも自分の席に着いたと同時に、担任の先生がドアを開けて教室に入ってくる。
席に着いている男子たちがソワソワと落ち着きがなさそうなのは、転校生を早く紹介してほしいからだろう。
そのことについて察したらしく、先生はドアの方を向いて「入ってきてください」と口にした。
ガラガラ、とドアが開けられて転校生が入ってくると、つかさが言っていた通り本当に女の子だ。
(な、何で……?)
転校生を見た隆史は、目を見開いて驚いた。
絹のように綺麗な長い黒髪、長いまつ毛に青い瞳、身長や体格など、容姿が亡くなったはずの香菜と瓜二つだからだ。
世界には自分と同じ顔の人が三人いると言われているが、ここまで瓜二つなのは珍しい。
「お姉、ちゃん……」
頭では別人だと分かってはいるものの、隆史はそう口にしてしまった。
「タカ、くん?」
心配していそうな姫乃の声が聞こえるが、今の隆史は転校生に釘付けだ。
大切な姉と瓜二つなのだし、見てしまっても仕方ない。
「えっと、私はあなたのお姉ちゃんではないのだけれど……」
戸惑っているかのような声なのは当たり前だろう。
初対面の人にいきなりお姉ちゃんと言われれば誰でも戸惑うのだから。
「ごめん」
一瞬戸惑いはいたものの、隆史は彼女に謝ってから「ふう……」と息を吐いて落ち着きを取り戻した。
目の前にいる彼女が姉でないのは分かりきっているからだ。
ただ、まだ呪縛に囚われている麻里佳は別かもしれない。
きっと彼女を見たら錯乱するか、彼女を香菜だと思い込む可能性すらある。
会わせないようにしなければなからいが、同じ学校だから難しいだろう。
「私の名前は高野香苗です。一刻も早く皆さんと仲良くなって楽しい学校生活にしたいと思いますのでよろしくお願いします」
見た目だけでなく、声や名前も似ている。
(本格的にヤバいよ)
人間は情報の八割を視覚から得ていると言われているから見た目だけでもやばいのに、声や名前まで似ていたら本格的に麻里佳がよろしくない。
麻里佳と彼女が出会ってしまえば、麻里佳の精神が壊れてしまうのだって否定出来ないのだから。
実際に隆史だって目の前にいる彼女が香菜じゃないのは頭で分かっていても、お姉ちゃんと言ってしまった。
今の麻里佳に恋愛感情はないものの、以前助けてもらったから何とかしてあげたい気持ちはある。
恋愛感情が無くなったって大切な幼馴染みであることには変わりない。
事情を説明すれば麻里佳と彼女が出会ってしまった場合、姫乃だって許してくれるだろう。
「席は丁度空いている高橋くんの前で。先程お姉ちゃんと言った男子です」
(何で俺の前なんだよ)
空いている席はここしかないし、先生の決めたことに意義を唱えるわけにもいかないから口にはしなかったものの、席が近いのはよろしくない。
香菜と瓜二つの容姿に声なのだから。
「高橋くん、よろしくね。後、私は高橋くんの姉ではないのだから、今後は気をつけて」
いつの前にか目の前に来た香苗は、まるで香苗が隆史に向ける時の笑みと同じように笑顔をこちらに向けてきた。
怒っているわけではないようだが、本当に姉と似すぎていて心臓に悪い。
「よ、よろしく」
ふう、と息を吐いた隆史は、席に着いた香苗を見てから机に突っ伏した。




