白雪姫の妹の諦めと約束
「やっぱりお兄さんといましたね」
学校が終わって姫乃の家でのんびりとしていたら、突如としてひなたが現れた。
せっかくの姫乃との時間を邪魔しないでほしいが、来てしまったものはどうしようもない。
インターホンの音がしなかったため、合鍵を持っているようだ。
「お兄さん、土日にあの人と旅行に行ったみたいですね。美希ちゃんが言ってましたよ」
ひなたの視線が姫乃へ向く。
どうやら麻里佳は美希に話したらしく、そのことを彼女から聞いたのだろう。
「そうだね。それくらい姫乃と仲が良いってことだね」
ひなたにはどうしても諦めてほしいため、あえて姫乃とくっついて仲が良いことをアピール。
どの道姫乃に彼氏がいるのが気に食わないから奪おうとしているのであって、ひなた自身は対して隆史のことは好きでないだろう。
気に入っているのは本当かもしれないが、気に入るイコール恋愛感情という訳ではない。
「だからひなたには諦めてほしいんだよね」
本気で好きであればともかく、そうでないなら諦めてほしいのが本音だ。
姉から奪い取りたいだけなのだし、もし付き合ってもどちらにも幸せな未来は待っていない。
「何で諦めないといけないんですか? 誰を好きであるかは自由ですよ」
流石にすぐに諦めてくれるわけがなく、ひなたの表情が少しだけ険しくなった。
早く姫乃から奪い取りたい、そんなことを思っていそうだ。
「確かにひなたが本気で俺を好きならね」
「どういう意味ですかね?」
明らかに不機嫌だという感情が伝わってくるため、もう何を言われるのか分かっているのかもしれない。
不機嫌なのはこれから彼氏にしようとしている人が、自分の憎むべき相手とくっついているのもあるのだろう。
「だってひなたは姫乃から俺を奪いたいだけでしょ? なら続くわけがない」
奪い取って満足したら終わり、そんなことは火を見るより明らかだ。
なのでひなたと付き合っても幸せになれないのは分かりきっているし、彼女自身も幸せになれないだろう。
だからそんな理由で付き合わない方が絶対に良い。
「私はそんなこと言ってませんよ。もちろん付き合ってくれるなら結婚する気でいますよ」
険しい表情ではなく、ひなたの顔は悲しそうになった。
本気で結婚するのにそんなことを言って酷い、と訴えかけているのだろう。
出来ることならこのまま諦めてほしいが、どうやらそうもいかないらしい。
姫乃から奪って結婚まですれば最高の嫌がらせになる、とでも思っているのだろう。
恐らくは姫乃にとって隆史を誰かに奪われるのが一番嫌なことなのだから。
姫乃がひなたに対して何も言わないのは、隆史のことを信用しているからかもしれない。
誰が誘惑しても靡くことはない、と思っているのだろう。
「悪いけど俺はひなたと付き合う気はない。だって姫乃という最愛の彼女がいるのだから」
彼女がいるのに他の女性と付き合うなんて最低以外の何者でもない。
「それに今のひなたは姫乃のお母さんと同じになっちゃうね。彼女持ちの男を誘惑したビッチに」
図星を言われたらか、ひなたは再び険しい表情になった。
恐らく本人も思っていただろうが、彼女持ちの男を誘惑するのはビッチだ。
だからひなたが毛嫌いしているソフィアと同じになる。
それでも誘惑しようとしてきたのは、よほど姫乃から隆史を奪いたかったのだろう。
ただ、図星を言われたらぐうの音も出ないようだ。
「俺は姫乃と絶対に別れたくない。だから諦めてほしい」
誠心誠意想いを込め、正座して頭を下げる。
いわゆる土下座というやつだ。
流石に額を床に付けるまではしないが。
以前香菜が亡くなってしばらくして麻里佳が土下座をしたが、自分からするのは初めて。
本当に姫乃が好きだからひなたとは付き合えない、と今自分に出来ることを精一杯する。
「まさか土下座までされるとは思ってませんでしたよ」
ふう、とひなたは息を吐く。
確かに土下座する人など中々いないだろうが、思いついたのが土下座だったから仕方ない。
「本当にお兄さんは誠実なんですね」
男なんて少し誘惑すれば墜ちる、と今まで思っていそうな言葉だった。
確かに男は恋愛感情がなくても抱ける人が多いようだし、そう思っていても仕方ないかもしれない。
「ここまでされたらどんなに誘惑しても無理だって分かりますね」
「ひなた?」
ふと頭を上げると、少しだけだがひなたの瞳には涙がたまっていた。
理由はどうあれ本気で付き合おうとして無理だったのだし、悲しい気持ちになっても仕方ないだろう。
「仕方ないので諦めてあげます」
どうやら諦めてくれるようだが、「でも……」という言葉が付け加えられた。
「もし別れたら私はお兄さんを一生許しません。別れたら傷付いた私を永遠に慰めてもらいますからね」
それはもしかしてひなたはしばらく誰とも付き合うつもりがないのでは? と思ったが、諦めてくれるのであれば些細なことだ。
これからはひなたに誘惑されなくて済むし、姫乃との時間も邪魔されない。
「それとお兄さんを幸せにしないと絶対に許さないから」
涙が溜まっている瞳が姫乃に向けられた。
もし、別れたりしたら本気で許さないだろう。
「私たちは絶対に幸せになります。ひなたには悪いですが、タカくんだけは絶対に渡しません」
案外呆気なくひなたとの問題はかたがついた。
腹違いとはいえ兄妹の仲は悪すぎるが、こればっかりはすぐに仲直りするのは無理だろう。
時間はまだまだあるのだし、これから時間をかけて解決していけばいい。
第二章終了です。




