白雪姫の家の合鍵を貰う
あまあまです。
「来ちゃった……」
メイド喫茶に行った後、隆史は姫乃の家を訪れた。
どうにも美希がいるメイド喫茶では気が休まらないので、好きな人の家に行って癒やされようと思ったのだ。
「いらっしゃい。どうぞ上がってください」
「お邪魔します」
靴を脱いでリビングに向かう。
「姫乃」
「あ……」
リビングに着いた瞬間に抱きしめた。
メイド喫茶で気が休まらなかったのは美希だけのせいではなく、恐らくひなたがいたからだろう。
美希が銀髪美少女と言った時のひなたの顔は笑みを浮かべていたけれど、本当に心の奥底では笑っていない感じだった。
銀髪の女の子に何か強い恨みがあるかのように。
それが隆史にとって本当に居心地が悪く、つい姫乃の家に来てしまった。
好きな人と一緒にいてひなたのことを忘れたいと思ってしまったほどだ。
でも、いくら美希と知り合いだろうと、学校が違うからそう簡単に会うことはないだろう。
確証があるわけではないから全て勘違いだったら何も問題ないが、少なくとも今日会った印象では間違いなく仲良く出来ない。
「夜になって私の家に来たってことは、何かあったのですね。私の胸を貸してあげますから安心してください」
ギュっと頭を抱きしめてきた姫乃に胸に顔を埋めさせられた。
理性が削られていく感覚はあるものの、やはり姫乃と一緒にいると心地良い。
姫乃からしてみたら麻里佳のことで辛くなった、と思っているかもしれないが、遠慮なく彼女の胸に甘えることにした。
☆ ☆ ☆
「ありがとう」
三十分ほどして胸から顔を離す。
こんなにも長時間胸に顔を埋められても、一切嫌なことを言わずに頭まで撫でてくれる姫乃は本当に天使だ。
他のことがどうでもよくなってしまうくらいに癒やされる。
好きな人にされている効果かもしれないが、少なくとも麻里佳ではここまで癒やされなかっただろう。
幼い頃からずっと一緒にいるからここまで癒やされない。
「いえ、私で良ければいつでもしますよ」
付き合ってもいないのにここまでしてくれるのは本当に優しいだろう。
今は姫乃の優しさに甘えてしまっているだけだが、今後は付き合いたいくらいに惚れさせなければならない。
ずっと一緒にいるために。
「それに、来てくれて嬉しいです。一人は寂しいので……」
本当に寂しそうな声だった。
同じく家に両親がいない隆史には幼馴染みがいるが、一人暮らしの姫乃にはいない。
一緒にいるのが当たり前になりすぎた影響もあるがもしれないが、やはり一人でいると寂しいのだろう。
一人で寂しいのに何で一人暮らしをしているのか不思議ではあるが。
「寂しいなら俺の胸貸すよ?」
先程まで胸を借りていたのだし、今度はこちらの胸を貸さないといけないだろう。
「ありがとうございます」
胸を借りられて嬉しくなったのか笑みを浮かべた姫乃は、もたれかかるように胸に顔を埋めてきた。
ただ、今回のは寂しさもあるが、何か他の気持ちもあるかのようだ。
やはり送り届けた後にメイド喫茶に行ったのが失敗だったのかもしれない。
メイド喫茶に行ったことを後悔しても遅いが、それでも今から寂しさをなくしてあげることは出来る。
少しでも寂しさをなくしてあげるのが今出来る仕事だ。
腕を背中に回して抱きしめ、少しでも安心させてあげたい。
姫乃は一人じゃないんだよ、と。
「タカくんといると安心して不安が全部吹き飛びます」
頬ずりしてくる姫乃が可愛すぎて押し倒したくなる衝動に襲われるが、信用してくれているから我慢しなくてはならない。
ここで襲ってしまってはもう一緒にいることが出来なくなるのだから。
付き合ってからならまだしも、今の関係ではするわけにはいかない。
「タカくん、今日は泊まってくれませんか?」
「泊まり?」
「はい。離したく、ありません」
本当に離れたくないようで、抱きついてくる力が強くなる。
「いいよ」
一晩中一緒にいれるのは嬉しく、隆史は姫乃の頭を撫でながら了承した。
ありがとうございます、と嬉しそうな笑みを浮かべた姫乃は、再び隆史の胸に顔を埋めさせる。
家には走ってきたから少し汗をかいたのだが、どうやらあまり匂いは気にならないらしい。
嫌いな匂いならこんなことしてこないだろう。
「タカくんは好きな時に来ていいので、私の家の合鍵を渡しておきます」
離れずにテーブルの上に置いてある鍵を取った姫乃に渡された。
「いいの?」
「はい。私はいつでも来てほしいって思ってますから。明日からは合鍵を使って入ってきてください」
「分かった」
好きな人の家の合鍵を貰うなんて嬉しくて舞い上がってしまいそうになるが、あまり喜びすぎてもよろしくないだろう。
心の中でガッツポーズをしてから再び姫乃を抱きしめる。
「もう少し嬉しそうにしてもいいのに……」
何やら小声で呟く姫乃であった。




