幼馴染みは察しがいい
「何かたっくんから私以外の女の子の匂いがするよ。しかも美少女の香り」
学校から帰ってきた麻里佳の最初の一言だった。
普段だったら一度自分の家に帰ってから来るはずなのだが、制服だから今日は自分の家には行かずに直接来たようだ。
風邪を引いている隆史がよほど心配だったのだろう。
ただ、隆史の家に来て早々に異変を察知したらしく、麻里佳はくんくん、と匂いを嗅ぎ始める。
ちなみに姫乃は既に自分の家に帰っているからここにはいない。
「犬か」
「違うよ」
全く失礼な、と麻里佳は隆史の言葉に「むう……」と頬を膨らます。
美少女の香りを察知出来るのだし、犬並の嗅覚がないと不可能だ。
いや、実際に犬並じゃないのは分かっているが、先程までいた姫乃の香りを察知するからそう思わずにはいられない。
「ねえ、お姉ちゃんに隠し事してるでしょ?」
「な、なんのことかな?」
いつものように近づいてきた麻里佳の質問に、隆史は視線を外して答えた。
視線を外したおかげで嘘だとバレバレだろうが。
「お姉ちゃんに隠し事は通用しないよ? さあ答えなさい」
「ちょっ……止めて」
どうにかして隠し事を話してもらいたいのか、麻里佳は風邪を引いている隆史にくっついてきた。
いつもは手を繋いでくる程度なのに、今日は胸はが当たるほどにくっついてくる。
どんな手を使ってでも聞き出したいのだろう。
「正直に答えないのはこの口か」
うりうり、と麻里佳は隆史の唇に人差し指を軽く押し付けてくる。
手を繋ぐ程度だったらともかく、好きな人にここまでひっつかれると精神的にヤバい。
恐らくは無意識でしてきているのだから、余計に質が悪い。
普通はフった相手にくっついてくることなんてないのだから。
「ちゃんと答えなさい」
「答えるって何を?」
いい加減鬱陶しいので、隆史は麻里佳の手を取って自分の唇から離す。
ずっと唇に指を当てられていたらまともに話すことが出来ないからだ。
「お姉ちゃんに隠していることだよ。何でこんなに美少女の香りがするのかな?」
「ああ、もう分かったよ。話します」
どうせ学校で姫乃と一緒にいることになるのだし、その内麻里佳の耳に入るから話しても問題ないだろう。
お姉さん気質だから女子人気は麻里佳の方があるようだし、出来ることなら彼女の手も借りたい。
「もう、すぐに話してよ」
分かったから、と今度はくっついている麻里佳を引き離す。
「白雪姫乃って知ってるよね?」
「うん。男子に圧倒的な人気があるからね」
新入生であればともかく、大抵の生徒は姫乃のことを知っているだろう。
「麻里佳にフラれた日に彼女が屋上で泣いてたんだ」
「うん。私がたっくんをフったことに関しては言わなくてもいいんじゃないかな?」
その通りかもしれないが、実際にフラれた日にあった出来事だから仕方ない。
「彼女は、モテ過ぎるって女子から嫉妬されてるんだよ。凄い酷いことを言われたらしいんだ」
麻里佳もモテるものの、恐らくは姫乃よりは圧倒的に劣るだろう。
何と言っても圧倒的なブラコンのせいで告白して来ないらしいのだから。
でも、姫乃は美少女の上に謙虚な性格をしているため、男子からすれば男心がくすぐられてしまう。
だから物凄く告白されるのだ。
一年間で五十人以上から告白されるのは普通ではない。
「酷いことを言われて傷ついちゃったんだね」
「うん。そして俺もその日は傷ついてた」
「それは言わないでよ。私が悪いみたいじゃん」
告白されて断るのは何も悪いことではないが、傷ついてしまったのは事実だ。
「お互い傷ついてた状態だったから、慰め合ったんだ」
「な、慰め合った? そ、そそそそれはもしかしてえっちいこと?」
何でこんなに動揺するのか分からないし、慰め合ったイコールエッチなことだと思うのは止めてほしい。
「違うから。抱き合ったけど」
「抱き合うだけでえっちだよ」
「普段俺の手を握ってくる麻里佳が言うの?」
「私はお姉ちゃんだからいいんです。他の人にはしないし」
確かに他の人にしているとこは見たことないな、とも思うが、隆史と麻里佳は姉弟のように育った幼馴染みとはいえ、実際に姉弟なわけではない。
だからお姉ちゃんを強調するのは間違いだろう。
「話を纏めると傷ついた者同士で慰め合ったってこと?」
「そうだな。まだ続きがあって、昨日の彼女は女子から水をかけられた」
「水をかけるなんてなんて酷いことを……」
麻里佳から怒りのオーラを感じる。
元気で優しい性格をしているのだし、虐めは許さないのだろう。
しかもただモテ過ぎるからという理由だけで虐めたのだし、間違いなく麻里佳は姫乃を虐めた女子に対して怒りを覚えている。
「ん? もしかしてたっくんが風邪を引いたのって……」
「はい。濡れている彼女を抱きしめました」
下着姿のというのは隠すにしても、嘘を言っても通じなさそうなので、正直に言うことにした。
「それで白雪さんは責任感じちゃったんだね。白雪さんが家に来たんでしょ?」
「うん。今日来て看病してくれたよ」
「そっかそっか。でも、何で白雪さんはたっくんの家知ってるの?」
「連絡先交換したからだよ」
昨日も家に来たことは内緒にしておこう、と思いながら、嘘ではない連絡先のことを伝えた。
何で昨日は家に来たことを察知出来なかったのか不思議だが、恐らくはリビングのみだからだろう。
それに濡れて匂いがいつもよりなくなっていたからというのも原因があるのかもしれない。
「ん? ちょっと待って。私にフラれた日にってことは、もしかして朝帰りしたのって白雪さんの家にいたから?」
一番バレてはならないことを察知され、隆史の身体から冷や汗が大量に流れる。
連絡しないで女の子の家に泊まって朝帰り……お姉ちゃんぶる麻里佳からしたら許せないことだろう。
「チ、チガウヨ……」
「棒読みで否定されても全く説得力がないんだけど……」
初めて麻里佳に白い目を向けられたかもしれない。
「でも、今日家に来てくれたってことは襲ったりはしてないんだよね?」
「そうだね。俺の好きな人は麻里佳だから」
「もう……たっくんは弟だから付き合えないよ」
「知ってる」
少しの希望すらないようだった。