幼馴染の姉は転校生に夢中
「何で、香奈さんが?」
梅雨入りが発表されて数日たった六月も終わりの日曜日の午前十時過ぎ、何故か高橋家に来た香苗を見た真奈が驚いている。
香奈を知っている人が香苗を見たら誰だって驚きはするだろう。
隆史自身も本当に驚いたのだから。
「このやり取りは何回したらいいのかしら?」
既に何度も隆史の姉に間違えられている香苗は呆れたような表情をこちら向けてきた。
面倒くさいわ、て思っていそうな表情だ。
「後、何回か続くかもしれない」
諦めろ、という意味を込めて言ったのは、まだ隆史の両親が香苗を見ていないから。
死んだ娘と瓜二つの人が目の前に現れれば驚くだけじゃ済まないかもしれない。
面倒ならもう絡むの止めればいいのに、と思ったが、止めたら隆史を観察出来なくなるから嫌なのだろうから言わないでおく。
でも、本当に面倒らしく、不満そうな表情を隠しきれていない。
「てか何で来た?」
フワフワなフリルの付いた水色のワンピースを着ている香苗に向かって尋ねる。
姫乃は付き合っているから手を繋いで当たり前のように隣にいるが、何の理由もなく知り合ったばかりの隆史の家に来るはずもない。
「式部さんに誘われて来たのだけど、本人はいないのね」
「麻里佳は今料理作ってる」
今日のお昼ご飯は私が作るね、と半ば無理矢理言った麻里佳はキッチンにいる。
今は玄関にいるから麻里佳の姿がないだけだ。
「それで? 私にこの子の説明はないの?」
どうやら麻里佳と違って香苗を香奈と勘違いしてないらしく、麻奈は隆史の方を向いて尋ねてきた。
あまりにも似すぎて驚いて思わず香奈だと一瞬思ったようだが、今では香奈そっくりか美少女を早く紹介してほしい顔をしている。
憧れの人と瓜二つなのだから紹介してほしい気持ちは分かるものの、もう少し静かにしてほしい。
こちらは遅くまで姫乃と一緒にイチャイチャしていたので眠いからだ。
「今年一緒の学校に転校してきた高野香苗だね。見ての通りお姉ちゃんそっくり」
「香苗ちゃんって言うのね。私は麻里佳ちゃんの姉の麻奈っていうの。仲良くしてね」
本当に仲良くしたいのか香苗の右手を両手で握って自己紹介してきた真奈は、姫乃の時以上に目をキラキラ、目を輝かせている。
香苗には悪いが、これでしばらく真奈の視線を姫乃から彼女に逸らすことが出来るだろう。
「式部さんと違った意味で常軌を逸していそうね。もしかして女の子大好きな人なのかしら?」
「そだよ。特に真奈姉はお姉ちゃんに憧れてたからファイト」
はあぁ、と深いため息を吐いた香苗は、本当に面倒な人が増えた、と思ったようだ。
未だに香苗を香奈と勘違いしている麻里佳よりマシかもしれないが、憧れの人と瓜二つの容姿をしている彼女と真奈は本当に仲良くしようとするだろう。
大学があるからずっとこっちにいることはないにしろ、もうかなり単位を取っているからしばらく実家にいるかもしれない。
「面倒なら来なきゃいいのに。予定があるとか言って」
「その方法は既に何回かやってしまったわ」
もうやっていたのか、と思った隆史は、ご愁傷様、と手を繋いでいない右手を自身の胸の前に持って来た。
流石に何回も予定があると嘘は付けないだろうし、もしかしたら泣いてお願いされたのかもしれない。
「それにこんな人いるなんて聞いてない、わ」
手を繋ぐだけで我慢出来なくなったのか、頬擦りしようとしている真奈を引き離そうとしている香苗は、来たことを心の底から後悔しているだろう。
「そんな連れないこと言わないで、これから一緒のベッドで寝ない?」
「絶対一緒に寝ませんからね」
一緒に寝たら襲われてしまう、と思っているかもしれない。
スキンシップは激しいけど無理矢理襲うなんてことはしないだろうが、流石に初対面の人と一緒に寝るのは抵抗はあるだろう。
「てか麻里佳から高野のこと聞いてないの?」
麻里佳のことだから真奈に『香奈さんの幽霊が現れた』くらいのことはメッセしていそうだ。
「メッセきたけど香奈さんの幽霊が出た夢でも見たのかなあとは思ってたわよ」
未だに頬擦りしようとしている真奈は、どうやら夢だと思っていたらしい。
「香奈さんそっくりな美少女の香苗ちゃん……いっぱいイチャイチャしたいわ」
この様子からして真奈は香奈の死から立ち直っているのは分かるが、等の本人である香苗は本当に迷惑そうだ。
普通に仲良くするだけならともなく、こんなにもくっつかれたら流石に嫌だろう。
「まあ、家に入るか帰るかどちらかにしたら?」
梅雨に入って外は雨が降っているからジメジメと湿度が高く、どうするか早く決めた方がいい。
「せっかく来たから上がるわ。ケーキ食べたいし」
ケーキの誘惑に負けてきた香苗がサンダルを脱いで家に上がった。
 




