幼馴染みの誕生日と妹候補
「麻里佳先輩、誕生日おめでとうございます」
六月二日、本日は麻里佳の誕生日であり、学校が休みだから皆でお祝いすることになった。
皆といっても隆史と姫乃、それと美希だけだが。
麻里佳の両親は休みが不定期だから今日は仕事のようで、今は家にはいない。
クラッカーを鳴らしている美希のテンションが高いのは、本気でお祝いしているからだろう。
「ありがとう」
皆に祝ってもらえるのが嬉しいのか、麻里佳は「えへへ」と笑みを浮かべた。
「麻里佳の誕生日会を何で俺の家でするのかな?」
別に問題ないのだが、麻里佳の家でも出来たはずだ。
去年もこの家でやったが。
「せっかくの楽しい誕生日会なのに、そんなこと言わないでくださいよ。それに先輩の家に来ないといけなくなった私の身にもなってください」
そんなの知らんがな、とツッコミたくなったものの、面倒そうなので何も言わない。
昨日は妹になってあげますよ、と甘い囁きをしてきたのに、もう辛辣な態度になっている。
「私だって本当は麻里佳先輩の家に行きたいですよ? そして麻里佳先輩のベッドに顔を埋めて……」
はあはあ、と息を荒らげている美希は本当に変態だ。
妄想の中では麻里佳の初めては美希に奪われているのだろう。
女同士でどうやるのかは詳しく知らないが。
「あんな変態は放って置いて。麻里佳、誕生日おめでとう」
「おめでとうございます」
「ありがとう」
未だに妄想しているであろう美希のことは変な動物だと思っておけばいい。
変態だと罵っているのに姫乃と麻里佳が何も言ってこないのは、隆史と同じことを思っている節があるのだろう。
「変態だなんて酷いですよぉ。こんなに可愛い後輩が先輩の家に来ているんですから、本来は喜ぶべきです」
確かに可愛いのは認めてもいいが、だからって嬉しいわけではない。
辛辣な態度を取ってくる相手と一緒にいて嬉しいと思うのはドMな人だけだ。
だから不満そうに「むう……」と頬を膨らますのは止めてほしい。
「それに……先輩の妹になってあげるんですから、もっと嬉しそうにしてくださいよ」
耳元で甘い言葉を囁いてきたが、こちらからしたら興味がないの一言である。
麻里佳と仲良くなるために近づいてきているはずだからだ。
「春日井って面倒だよね」
思わず口にしてしまった。
「面倒とは何ですか? それに妹になるんですから美希って呼んでくださいよ」
「やだ」
本当に面倒だと思ったため、名前で呼ぶのは即答でお断りしておく。
「そっちだって俺のことお兄ちゃんって呼べるの?」
「うっ……先輩をそう呼ぶのは人生で一番の屈辱ですね……」
何でだよ? と言いたかったが、面倒だったから口にしなかった。
本当に屈辱のようで、美希の表情が引きつっている。
それほどまでに呼びたくないのだろう。
「じゃあ妹になるのは諦めることだね」
むしろ絡んでくるのを諦めろ、と言いたい気分だ。
「呼びたくはないけど、先輩の妹になったらもっと麻里佳先輩ともっと仲良くなれる……」
何やら真剣な表情でボソっと呟いているため、本当に嫌な予感しかしない。
「てか、土曜なのにバイト休んでいいのか?」
メイド喫茶は接客業なので、土日は忙しいはずだ。
美少女であざとい性格をしている美希を目的で来店する客は多いだろう。
もしかしたらかなりの人気があるかもしれない。
「麻里佳先輩の誕生日だから希望休出したに決まってるじゃないですか。それにバイトだから結構融通ききますよ」
「そんなもんなんだ」
バイトをしたことがないから分からないが、休みを取れたから本当に融通がきくのだろう。
「あっ、あれですか? メイド姿の私を見たいから働けってことです?」
「どう考えたらその結論に達するのか知りたいんだけど」
美少女だというのは認めても、メイド姿の美希を見たいと思ったことはない。
メイド喫茶でバイトしているのは驚いたが。
「先輩はツンデレだから」
「男のツンデレに需要はあるのかな?」
女性からしたら男のツンデレは需要あるのかもしれない。
そもそもツンデレではないから見当違いだ。
「春日井なんかに興味ないんだからね。どうしてもって言うから仕方なく妹にしてあげるんだからね」
「……キモっ」
失礼にもほどがあるし、真顔で低い声で言われると腹が立つ。
「でも、言質取れましたね。仕方なくでも妹にするって言いましたし」
「今のはなしでしょ。ツンデレ台詞を言ってみただけだし」
「なしには出来ません。せ……お、お兄ちゃんも男なんですし、口にしたことは守らないと駄目ですよ」
一番の屈辱と言っていたのにお兄ちゃんと口にしたのは、本気で隆史の妹になって麻里佳と仲良くなるつもりなのだろう。
麻里佳ともっと仲良くなりたいのであれば本人に直接妹になりたいとか言えばいいのだが、以前断られたのかもしれない。
「だからこれからはちゃんと美希って呼んでくださいね。そして……お兄ちゃんの妹にした責任、取ってくださいね」
耳元で砂糖のような甘い台詞を囁かれた。
兄として妹のために麻里佳と仲良くなれる方法をしっかりと考えろ、ということだろう。
「やっぱり春日井さんも危険人物、です」
姫乃の口から嫉妬してそうな声が聞こえたが、美希にハメられただけだから気にしなくても問題はない。




