幼馴染みの本気
「たっくーーん」
自宅に帰ると麻里佳がおり、いきなり抱きしめられた。
隣には姫乃がいるのだが、寂しすぎてくっつきたくなったようだ。
姫乃と出会う前はこんなに激しく密着してこなかったのだが、最近はあまりしないから我慢出来ないらしい。
「式部さんはタカくんにくっつきすぎです」
「私はたっくんのお姉ちゃんだからいいの」
何がいいのか分からない。
「いいわけないでしょう。あなたはあくまでタカくんの幼馴染みです」
グイっと姫乃に引っ張られるが、麻里佳が離してくれないから板挟みみたいになっている。
「じゃあ私が法的にたっくんのお姉ちゃんになればいいのかな?」
「……は?」
言っていることが分からず、隆史は目が点になった。
そして姫乃も同じような顔になっている。
「きちんと法的に姉弟になる覚悟だって出来てるよ」
「ちょっと待って。おじさんたちはどうするの?」
麻里佳にはきちんと両親がおり、普通だったらそんなことは許さないだろう。
娘が自分の娘じゃなくなるのだから。
「もちろん話したよ」
真面目な顔をして言っているため、本気で法的に姉弟になる覚悟があるということだろう。
「法的に姉弟になれば私はずっとたっくんのお姉ちゃんでいられる……白雪さんがいるからそうするしかない」
「いや、手続き面倒じゃない?」
ラブコメアニメでは親の再婚で姉弟になったりというのがベタな展開だが、そうでなければ裁判所などを通さないと出来ないはずだ。
法律に詳しいわけではないものの、面倒そうなのは想像がつく。
「たっくんのお姉ちゃんでいられるなら、私は努力を惜しまないよ」
努力は別のことで使ってほしいが、確かにお姉ちゃんになるために麻里佳は頑張っていた。
怪我もリハビリをして治し、家事はもちろんのこと、勉強だって努力をかかしていない。
全ては隆史の姉でいるためだろう。
「とりあえずリビングで話そう」
玄関で話すことではないし、二人にくっつかれながらリビングに向かった。
「ずっとたっくんのお姉ちゃんでいたいよ」
リビングのソファーに座って早々に麻里佳が口にした。
「式部さんがタカくんのお姉さんでいたい理由は聞きましたよ。でも、だからって拘りすぎではないですか?」
確かに理由があるとはいえ、麻里佳の姉ぶるのは尋常じゃない。
普通では考えられないことだし、姉であることに鎖で縛られているかのようだ。
アニメや漫画だったら、裸で鎖に縛られている麻里佳の描写が入っているだろう。
少し想像してしまったのは内緒にしておく。
「理由を聞いたなら理解出来るよね? 私はたっくんのお姉ちゃんでいると決めたの。この先何があってもそれだけは譲れないよ」
麻里佳の覚悟は相当なようなので、諦めさせるのは容易でないことは想像出来る。
「理解出来なくはないですが、あなたの場合は度が過ぎています」
理解はしてくれているらしい。
自分のせいで幼馴染みの大切な姉を死なせてしまったと思えば、誰だって代わりになろうとするのかもしれない。
麻里佳にとってはショックを受けた隆史を見ていられなかったのだろう。
恐らくは姫乃が麻里佳の立場であったとしたら、同じように姉でいようとしたかもしれない。
そう考えた上での理解出来るなのだろう。
度が過ぎているのは納得できないようだが。
「香菜さんが死んだ時のたっくんは私にフラれた時より明らかに酷かった。だから私がお姉ちゃんでいるしかないの」
確かに麻里佳にフラれた時より香菜の死の方がショックを受けた。
フラれた時は姫乃のが慰めてくれたというのもあるかもしれないが、もう会うことが出来ないからかなりショックを受けてしまったのだ。
「でも、タカくんはお姉さんの死の傷は癒えています。あなたが頑張ったおかげでしょう」
麻里佳が頑張ってくれなかったらどうなっていたか分からない。
「だからもうお姉さんになる必要はないのですよ? タカくんには私がいるので、今が弟離れする時です」
一緒にフォローすると決めたはずなのに、姫乃は麻里佳に対して結構強気だ。
隆史自身が強く言えないため、代わりに自分が言おうと思ったのだろう。
「やだやだ。私はたっくんのお姉ちゃんでいるの」
まるで駄々をこねる子供のように、麻里佳が泣き出した。
どうやら思っていた以上に鎖は強く深く縛られているらしい。
「式部さん、私はあなたのことを尊敬します。いくら自分のせいでタカくんのお姉さんを死なせてしまったと思っても、自分のことを置いといてまでタカくんのために頑張ってきたのですから。私ではこうは出来ないでしょう」
確かに相当な覚悟がないと出来ないことだ。
今の姫乃だったら出来そうな気がするが、あえて言わないでおく。
「たっくんの傷はあなたの頑張りで癒えました。だからもう式部さんは自分のために時間を使ってもいいのではないでしょうか?」
「白雪さん……」
「今までお疲れ様でした」
まるでお母さんが子供を慰めるみたいに、姫乃は麻里佳を抱きしめた。
恥ずかしがらも隆史が以前姫乃の胸に顔を埋められたのは、彼女の母性本能に惹かれたのもあるかもしれない。
「ごめんね。いくらたっくんの彼女である白雪さんの頼みでも聞けないかな。だって私がたっくんと一緒にいるのはこれしかないから……」
後半は声が小さ過ぎて聞こえなかったが、やはり一筋縄ではいかないようだった。




