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過去のこと 後編

「あまり眠れない」


 少しばかり寝てから目が覚め、時計を確認するとまだ昼前だった。


 前日によく寝たし、今は薬が効いているからかあまり怠さを感じない。


「遊園地行きたかったな……」


 今頃香菜と麻里佳は一緒に遊園地を楽しんでいるのだろう。


 本当は今すぐにでも行って一緒に楽しみたいが、風邪を引いてしまっては無理だ。


「録画したアニメでも見よ」


 ベッドから起き上がった隆史は、テレビとレコーダーを付けてアニメを見ることにした。


 物心ついた時からアニメが好きで、両親に頼み込んでテレビとレコーダーを買って貰ったのだ。


 今まで貯め込んでいたお年玉をいくらか使うという条件だったが、好きな時に録画したアニメを見れるので後悔はない。


「隆史、今すぐ病院に行くぞ」


 凄い足音を立てた父親が部屋に入ってきた。


「病院? もう体調良いよ」

「隆史じゃない。香菜と麻里佳ちゃん」

「二人がどうかしたの?」

「いいから行くぞ」


 有無を言わさず手を引っ足られた隆史は、青い顔の両親と共に病院に行くことになった。




「お姉、ちゃん……」


 病院に着いて案内された場所で白い顔の香菜が目を瞑ってベッドで横になっていた。


 普段も白い肌ではあるが、今回はまるで生気がないくらいに白い。


「お姉ちゃん、どうしたの? 目を開けて?」


 全く反応がないし、顔には大きな傷がある。


「ねえ? どうして目を開けてくれないの?」


 ここは病院だから香菜がどういう状態になっているか理解出来ているが、この状態を信じたくない。


「お姉ちゃ。……冷たっ……」


 香菜の顔に手で触れると、生きてるとは思えないくらいに冷たかった。


「嘘、だよね?」


 信じたくない信じたくない信じたくない、そんな言葉が何度も頭を過ぎる。


 だって朝は凄い元気そうだったから。


「ねえ、お姉ちゃんは目を覚ますよね? ちょっと疲れて寝てるだけだよね?」


 辺りを見回すと皆顔を背けるし、両親に至っては泣いている。


 それが分からないほどの歳ではなかった。


「いや、いややぁぁぁぁ」


 最早香菜が亡くなったのは事実であり、否定する要素はどこにもない。


 もう香菜の死を受け止めるしたなくなった隆史は、その場で崩れ落ちた。


☆ ☆ ☆


「お姉、ちゃん……」


 香菜が亡くなって葬儀を終えた数日後、隆史は何も口にすることが出来ないでいた。


 食べ物はおろか飲み物すら口に入らず、少し飲んだだけでも戻してしまうほどだ。


 原因は分かりきっており、大好きな姉が亡くなった精神的ショックから。


 体重が減っていくのは自分でも分かるが、お腹が空くのも喉が乾くのも感じない。


 何も口にしないためか、隆史は病院に強制入院となって左腕は点滴の管が繋がれている。


「たっくん……」


 車椅子に乗った麻里佳が来た。


 香菜が車から庇ったおかげで足と手首の骨折だけで済んだらしい。


 もう少し入院が必要なようだが、骨折が治ったら普段通り生活が出来るようになるとのこと。


「麻里佳……お姉ちゃんが……」


 点滴で水分が身体に潤っているせいか、少し前まで出なかった涙が出てきた。


 香菜が亡くなった日も身体中の水分が無くなるまで泣き、これからもそうなるだろう。


「ごめん、ごめんね……」


 申し訳なさそうな声だし、麻里佳も泣いている。


 事故にあった原因は麻里佳が遊園地に行くのが楽しみにし過ぎて走り出して車道に飛び出てしまったかららしい。


 運悪くそのタイミングで車が来てしまった。


 急いで香菜が駆け寄って麻里佳を庇ったが、二人とも車に轢かれてしまった。


 麻里佳に覆い被さるようにした香菜はほぼ即死、麻里佳は骨折と打撲という重症だ。


 骨折しているのに隆史が入院している部屋に来てくれたのは、本当に心配しているからだろう。


「麻里佳……」


 別に麻里佳のせいにいたいわけではないし、隆史だって嬉しくて行く途中にはしゃいでいたかもしれない。


 だから麻里佳を責める気にはなれなかった。


 けれど精神的ショックを受けたのは事実であり、今にも香菜の元に行きたいほどだ。


「たっくん……」


 悲しさを堪え切れなくなったため、隆史は麻里佳に抱きついた。


 寝ても起きても香菜のことを考えてしまうため、今は少しでも人肌を求めてしまう。


「私ね、香菜さんの代わりにたっくんのお姉ちゃんになるよ」

「麻里佳……」

「このままじゃたっくんが駄目になっちゃう。だから私がたっくんのお姉ちゃんになってずっと一緒にいるよ」


 麻里佳なりの罪滅ぼしなのだろう。


 自分の不注意で香菜を死なせてしまった、そう考えているのかもしれない。


「大丈夫だよ。私がずっと一緒にいるからたっくんは大丈夫だよ」

「ありがとう」


 二人揃って涙が枯れるまで泣いた。


☆ ☆ ☆


「以上が俺たちの過去」


 姫乃に話終えた隆史は、目尻が熱くなっていくのを感じた。


 傷は癒えたとはいえ、やはりこのことを思い出すと悲しくなる。


 大好きな姉と会えなくなったのだから。


「そう、なのですね。だから式部さんはあんなにタカくんの姉であることに拘って……」


 話を聞いた姫乃も悲しそうな表情だ。


「俺は麻里佳のおかげで立ち直れた。そして好きになってしまったよ」


 姉であろうとする麻里佳は本当に一生懸命だったし、その頑張りが隆史の心に響いた。


 惚れない方がおかしいだろう。


「今は姫乃一筋だから安心して」


 ギュっと姫乃を抱きしめ、しっかりとフォローを入れておく。


 いくら麻里佳を好きだった過去があるとはいえ、今は姫乃しか好きになれない。


 麻里佳に感謝しているが、恋愛は別問題だ。


「分かってますよ」


 どうやらその辺りは心配ないらしい。


「でも、まるで呪縛ですね」


 姫乃も同じことを思ったようで、呪縛という言葉を口にした。


「そうだね。でも俺は麻里佳に助けられたからお姉ちゃんを止めてって言えないんだよ」


 確かに麻里佳がしっかりとしていれば防げた事故かもしれないが、事実彼女のおかげで立ち直れたのだ。


 強く言えなくても仕方ないだろう。


「それに多分麻里佳と高野が会ったらマズいと思う」

「私もそう思います。自分のせいで死なせてしまったと思っているのに、そっくりな人が現れたらどうなるか……」


 どうなるかは火を見るより明らかだ。


「せっかく付き合いだしたのに悪いんだけど、俺は麻里佳のフォローをしないといけないと思う」


 クラスは違えど全く会わないのは無理なため、絶対に鉢合わせするタイミングが来る。


 だからその時が訪れたら麻里佳の側にいなければならない。


「私もそう思います。だけどあまり式部さんといられたら嫌なので私も一緒にいます」

「分かった」


 二人して麻里佳のフォローをすることに決めた。

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