★があります。
主人公への暴行描写があります。苦手な方は、★〜★の間の文章を読み飛ばしてください。
私は、王様に手紙を書くことにした、のはいいけれど、何を書こうか悩む。家庭教師の先生に教わったこの世界の文字で、不慣れな文章構築で、一体どれほどの気持ちが表せるだろうか。きっと普通に話すことすら難しい自分の気持ちを。
悩みに悩んで、手紙にたった一言だけを記し、私はそれに封をした。王様に届けて欲しいとお願いをして、屋敷のメイドさんにそれを渡す。届くのにいかほどの時を要するのか、それすらも知らずに私は、今日も家庭教師の先生にこの世界のことを教えてもらう。
王様に手紙を出してから、既に3週間が経とうとしていた。王様からの返事はない。当然のことだとわかっているのに、日に日に胸は苦しくなる。アーサーとは時々浜辺で会ったりもするけれど、そのお友達とやらに会いたいとは思わない。たぶん、アーサーがツェーリア様のことが好きじゃなかったら、きっとアーサーにも会いたいとは思わなかっただろう。
自らの部屋でグルグルと考え込むのにも疲れて、私は外の空気を吸いにいくことにした。
潮風に誘われて、私はまた浜辺へと散歩に向かう。この世界に来る前は、身近に海はなかったから、どこか現実離れしたその光景は自分の現状を一時忘れさせてくれる。
ぐーっと両腕を上に伸ばし、全身で伸びをする。そして、くたっと脱力した瞬間、ふと近くに人の気配を感じる。そう思ったときには、私の前に人影が現れて、そのまま鳩尾を殴られていた。強烈なその打撃に私は体をくの字に折り曲げる。痛みに瞬間的に意識が遠くなる。何を考えることもできずに私は地面に倒れた。
★
目を覚ますとそこはどことも知れない部屋の中だった。固い床の上に転がっていたらしい。こわばる全身と鳩尾の痛みに顔が歪む。ゆっくりと体を起こして周囲を見渡した。
(誰か、いる?)
怖い。けれど、確かめなくては。ここから逃げなきゃいけない。まだ立ち上がることは出来ぬまま、両腕で上半身を支えて起き上がろうとした。
「あー、目が覚めたんだ?」
「っ!!」
突然、後ろから声をかけられて、私は体を大きく震わせた。心臓がバクバクと恐怖を訴える。
「かーわいい。怯えてるの?」
男の甘ったるいような声に私は振り向くこともできずに固まる。この男は誰だ?私を殴ってここまで連れてきた本人だろうが、声に聞き覚えは一切ない。そもそもこの世界で、恨みを買われるほど、深く関わった人間なんて数えるほどしかいない。
「こっち向けよ」
唐突に頭を掴まれた。そのまま無理矢理横を向かされる。痛みに涙が滲んだ。
「泣きそうじゃん。かわいそうに」
全くそう思ってなんかいなさそうな声音で言葉を紡ぎ、目の前の男は口元に酷薄な笑みを浮かべている。
(きれい)
こんな状況にも関わらず、私は目の前の男の顔を見た瞬間、そう思った。自分でもどうかしてると思うけれど。それ故に、その瞳の奥の冷たい色が恐ろしい。
その男は、王様と並んでも遜色ないくらいの、美貌を持っていた。似ている、という訳じゃもちろんない。とても綺麗だけれど、王様は精悍な顔立ちだが、この男はどちらかといえば中性的な凛々しさがある。
「あれれ。もしかして、俺の顔見て言葉も出ないのかな?国王陛下の顔で慣れてるんじゃないのかよ?」
私の頭から手が離れ、男は私の前に来ると、しゃがんで私の顔を覗き込んだ。綺麗な顔が間近に迫り、ペチペチと頬を叩かれる。
「やっぱ慣れてはいるのかな?俺の顔見ても泣け叫ばないなんて及第てーん」
ニヤニヤと笑いながら男は私の顔と肩を掴んで床に転がした。無理矢理仰向けに引き倒されて目を見開く。顔には男の大きな手があり、力を込めて床に右頬を押し付けられている。汚い床のじゃりりという砂や埃の感覚を感じる。細かいそれらが顔に突き刺さる。
「お前そんな王様の色ばかり身につけてさぁ。私愛されてますってアピール?グチャグチャにしてやりたくなるなぁ」
顔から男の手が離れ私は地面から解放される。男を見上げれば加虐的な笑みを浮かべて、舌舐めずりをしているところだった。あまりの恐ろしさに自然と涙があふれる。怖い、なんて可愛らしい感情じゃない。殺されるかもしれないという絶対的な恐怖。
「まずはさ、俺にも股開いて媚び売ってみよっか?王様に出来たなら、俺にも出来るよね?ほら、早くしないと、また痛い目に合うよ?」
私は泣きながら頭を左右に振った。何が目的かはわからなかったけれど、少なくもこの男に私を犯すつもりがあるということだけはわかった。
「はなしてっ」
私は男から逃げ出そうとする。肩を掴む腕を振り払い、鳩尾に響く痛みを無視して、起き上がろうとした。次の瞬間、パァンっと頬を張られた。頭がグワンと揺れ、そのまま頭を掴まれ床に押し付けられる。唇が切れたのだろう。鉄臭い血の味がした。
「何やってんの?そぉんな非力な体で俺に抵抗して。ここから逃げられるなんて思わない方がいいよ。お前は今日から飽きるまでずっと俺の玩具なんだから」
理不尽な暴力、痛めつけられた体はガクガクと震えていた。涙が止めどなく溢れ出す。
「ほら。もっと抗ってみなよ?もしかしたら、俺の隙をつけるかもね」
そう言いながら、男は私の両手首を片手ずつ掴み固く汚い床に縫い付ける。下半身にのし掛かられそうになり足をバタつかせようとするも男の長い片足で両足の太腿を押さえ付けられる。両手首と両太腿に男の全体重が乗せられているかのような、骨が砕けそうなほどの圧迫を感じた。
「あははぁ。かわいそうだね。こぉんな簡単に押さえつけられちゃって」
整った男の顔がゆっくりと下りてくる。私は咄嗟に顔を真横に向けた。
「あれれ。慣れてるんじゃないの?ムカつくなぁ。こっち向けよ」
低い低い脅しの声。両腕と両足に更なる圧が加わり、骨が軋んだ音を立てる。
「い、いたっ!やめっ」
「やめて欲しいならさ、こっち向けよ」
骨が砕ける恐怖に背中を押され私は上を向くしかなかった。恐ろしいまでに整った男の顔面を見上げた。
「いいこだねぇ。ちゃあんと、俺の目を見ながら泣けよ」
目と鼻の先ほどまで近付いた男の顔は焦点がぼやけもう見えはしないが私は目を閉じることもできずに必死に唇を閉じていた。最後にベロリと唇を舌で舐められる。
「やっぱりお前いいね。意識保ってられるなんて」
ふっと男の顔が遠のき、両手首にかかっていた力が緩む。慌てて抵抗しようとすれば、また頬を張られた。
「ひっ」
「めんどくさいなぁ。大人しくしてないともっと痛くするよ?」
私は男に与えられる痛みに怯えてそれ以上何も出来なかった。腕を紐で縛られ、更にその紐を柱に括り付けられ、動かすことも出来なくなった。血流が止まっているかのように腕が冷たくなっていく。
「もう、やだっ。いたいの、いや」
私は泣きながら繰り返す。男はまた下卑た笑みを浮かべて私のジンジンと痛む頬を撫でた。それにびくりと体が震える。綺麗な微笑み、なのに、恐ろしくて堪らない。
「痛いことされたくなけりゃ、ほら、股を開いて、王様よりも俺が良いって、俺の玩具になるって言えよ。王様よりも俺の方がお前のことたぁっぷり可愛がってやるぜ」
男は私の首元に手をかけた。そのまま、身に纏っていた濃紺のワンピースが簡単に裂かれていく。下着だけの姿になった体を男の手が這う。
「このたっかそうな服破ってやりたかったんだぁ。お前にはこの惨めな姿の方が似合ってるよ」
「いやっ!やめて!ほんとにやだぁっ!」
「いやいや言ってばっかりだなぁ。王様にどれだけ優しく抱かれてたんだ?まぁ、いいや。ほら、俺に股開いて媚び売らないと、まぁた痛いことされちゃうよ?頬っぺた真っ赤に腫れ上げさせて、鼻血垂らしながら慣らしてももらえずに犯されたいの?」
「ふぅっ、ひっく、いやぁ…」
(誰か、助けて…。お願い、王様、助けて)
とうとう嗚咽が我慢できなくなる。痛くて怖くて辛くて。私はもうどうすれば良いかわからなかった。
「泣いてないで早くしろよ。足を開いて持ち上げるんだよ」
私は痛みを与えられないようにするためだけに言われるがまま足に力を込めようとした。
★
「レオっ!!!!」
私の上にいた男の体が浮き上がった。え?と思った時には、その男の体は吹き飛び壁に激突していた。それを数人の人影が囲い拘束していく。私は、大きなマントを体にかけられ、両腕をきつく縛る紐を上から降りてきた細身な人物に切られていた。冷たくなってしまっていた両腕はしばらく痺れたように全く力が入らなかった。
「ど、どうして?」
男をたった一撃で壁まで吹き飛ばしてしまったその人は私を振り返りゆっくりと私のそばに跪いた。肩にかけていたマントは今は私の上にある。
「王様、なんで、ここにいるの?」
私はポロポロと涙がこぼれるのも構わず王様に抱き付いた。今そばに誰がいようとも、一番抱きしめて欲しいと願うのは、王様だった。
久しぶりに感じる王様の匂い。優しく受け止めてくれる暖かな腕の中。
「おうさま、おうさまぁっ」
「もう、大丈夫だ。そなたを傷つけるものはもうおらぬ。レオっ、すまない…」
王様に抱きとめられて私は安心した。他の誰でもなく、王様だから、安心できた。王様が来ていたジャケットを脱いで私に着せる。ボタンまできっちり閉めれば、王様と私の体格差ゆえ、太腿の付け根あたりまで覆い隠してくれた。その上からマントで更に包まれて、そのまま王様に抱き上げられる。王様の馬車に乗って私は屋敷に帰った。
メイドさんたちにシャワーに入れてもらい、そのあと傷の手当てを受けた。頬を消毒してもらい冷やしておく。手首と太腿は酷く痛んだが、骨が折れているわけではなかった。テーピングをしてもらい安静にする様に言われた。
メイドさんたちに王様の居場所を尋ねる。王様はまだこの屋敷に居た。私は王様のいる部屋に向かい、声をかける。
「王様、レオです」
ガチャリと扉が開き王様が姿を現した。王様の背後で閉じた扉の中では、何かお仕事をしていたのか部屋の机に書類が散らばっていた。改めて落ち着いて考えると、どうしてここに王様が居て、あんな場所まで私を助けに来てくれたのだろう。王様は多忙な人なのに、わざわざ…。疑問と、そんなものよりも助けに来てくれた嬉しさとが合わさって、なかなか言葉が出てこない。
「どうした?」
話を促す王様の声に私は勇気を出して王様の広い胸板に飛び込んだ。身勝手に王様のもとから去った私なんかに、なんでそんなに優しく声をかけてくれるの?
(期待、してもいいの?)
「王様、助けに来てくれて、ありがとうございました」
「っ!…良い。礼など要らぬ。もっと早く駆けつけてやれずすまなかった」
王様は私の体を引き離す。ポッカリと空いた空間に寂しさが満ちる。王様の表情はまるで痛みを堪えているかのようだった。
「王様、もし、もしもまだ私のことがお嫌いでないなら、もし、哀れと思ってくださるなら、私のこと抱きしめてください」
たぶん許されないことをした、と頭では分かっていても、王様の態度に期待してしまうのも確かで、私はまた出会った日の夜のように王様の慈悲に縋る。
「やめよ。俺にその資格はない。俺はあの男と変わらぬ。そなたを無理矢理、己が物にしようとした」
それが、王城でのあの夜のことを言っているのだと分かった。確かに、王様は力任せに私を押し倒してひどい言葉を言った。でも、それがどれほど加減されていたのか今回のことで分かってしまった。あの時、王様に掴まれた腕に痛みなんてほとんどなくて、王様が本気じゃなかったって、明らかになる。それに、あの時王様は何もしなかった。なんでも出来たし、たぶん、何をしても良い立場にいたのに。私が城を出ていくと言っても言わなくても、結局、何もしなかったんだろう。そうじゃなきゃ、城を出た私にここまで心を砕いてくれるはずがない。
「それでも、私は今王様に抱きしめて欲しいです」
こう言えば、優しい王様が抱きしめてくれると半ば確信しながら私は王様を見上げる。けれど、そうはならなかった。
「そなたを慰める者は俺では不適当だ。あの男は、そなたが俺の恋人だと思っておったから、そなたを襲った。俺が、そなたを手に入れようとしたせいだ」
あの男が王様に執着していたのは分かっていた。でも、それで王様のせいになるわけがない。悪いのは全部あの男だ。
「王様は、何も悪くないです」
私がフルフルと首を振っても、王様は頷いてはくれなかった。
「そなたには、今後護衛を何人かつけることにする。決して裏切らぬ優秀な者をこちらで手配する」
そんな言葉が欲しいわけじゃない。私はもう王様じゃなきゃ嫌だ。運命の相手だと思っていたから好きになった、でも今はそうじゃないってわかってる。運命じゃないけど、私が王様の運命になりたい。身勝手でもなんでも。王様の運命を変えてでも。
「……王様はどうしてこちらに来てくださったのですか?私の、手紙を見てくださったからじゃ、ないのですか?私が、会いたいって、書いたからっ」
叩きつけるように叫んだ。王都からこの港町まではとても遠いから。もともとこの地に王様が来てくれていたからこそ、私はあんなにもすぐに助けてもらえたんだろう。
「……俺は、愚かだ。そなたは、俺を運命の相手だと思っていただろう?俺はそれが違うと知りながら、そなたを愛してしまった。そなたが俺を本当の意味で愛することなどないと、そなたは神の愛子であり、運命の相手が他に用意されていると知っていながら。いずれ他の者の手を取り俺から離れていくと知りながら。生温い幸福に浸かっていたくて、そなたの時間を無駄にさせた。あまつさえ、そなたの無垢な言葉に苛立ち、傷付けた」
「無垢な、言葉?」
「そなただけを妻にしろと、言ったであろう?そのようなこと、許されるはずがない。そなたはいずれ俺から離れ、誰とも知れぬ男と添い遂げる。そなたはそ知らぬ顔で俺を、この国を、壊すのかと、思えば、腹が立った。そして、そなたが俺を拒絶する様を見て、理性が一瞬、飛んだ」
「そんなことを、思ってらっしゃったのですね…」
王様は、知っていたんだ。何故か。王様が自分の運命の相手だと盲信していた私とは違って、神様に用意された私の運命の相手が王様ではないと。私がいつか離れていくと思いながらも、優しくしてくれた。
「どうしてですか?どうして、私が王様のもとを離れていくと知りながら優しくしてくださったのですか…」
私は王様のブルーサファイアの瞳を見上げた。美しく気高く澄んだ湖のように清らかな。凛と美しい王様にぴったりな色を。
「わかって、いるのだろう。俺はそなたを愛していた」
その過去形の言葉に視界が揺らいだ。愛されていたと、わかっていた。だから、今もそうだと、思っていたかった。けれど、現実はそう上手くはいかないらしい。
「今は、愛しては、下さらないのですか」
「……あぁ」
王様は確かに首肯した。
私が王様のもとを去ったあの時から、王様の感情は変わってしまったのだろうか。私の感情が、変わってしまったように。
「ならば、もう一度私を愛してください。その為に、私を王様のおそばに置いてください」
「話を、聞いていなかったのか。俺は、そなたの運命の相手ではない。そなたは、いずれ他の男の」
「王様、私、ここにきて、神様にお会いしたのです。そこで、私の運命の相手が王様ではないと言われました。けれど、その後、神様はこうも言いました。その運命は消したって。私の運命は、私が決めろって」
決意と覚悟が伝わるように瞳に力を込める。平凡で何も持っていない私だけれど、完璧すぎるほどに完璧なこの人の隣に立ちたい。
「私は、王様の運命になりたい」
「な、にを。そなたは、俺を愛しては、いないだろう。無理をするな。そなたが王都に戻りたいと言うなら、住まいなどは整えてやる。欲しいものが、あるのなら」
「私の覚悟、伝わりませんか?」
わがままを言っているのはわかってる。王様にもう気持ちがないのなら諦めた方がいいっていうのも理屈としては理解できる。でも、何もせずここで諦めてしまったら、私はきっと後悔するから。
「好きです。王様」
「何故、今更になって…。あの日、俺を拒んだのはそなたではないか」
「嫌だったんです」
「なに?」
「王様との初めてのキスがあんな苦々しいものになるのが、嫌だった。好きだったから、初めてだったから、もっと優しくしてほしかった」
「な…」
目を瞠る王様。私の真意が伝わっていなかったのだと知る。けれど、あの時の王様の真意だって私には伝わっていなかったのだから、当然のことだろう。あのお城で私は自由を与えられていたわけじゃなかった、ただ諦められていただけだったんだ。いつか私は王様から離れて行くと。
(こうやってちゃんと言葉にしなきゃいけなかったんだ)
「王様と離れて、私、ずっと王様のことばかり考えていました。なんでこんなにも王様のことばかり考えてしまうのか不思議でした。だって、私は王様のことをそんなにも好きだなんて思ってなかったから。でも、離れてみて自覚してしまったんです。私にとって、王様という存在がどれほど大きかったのか。王様以外の誰かを好きになれそうもないって」
(それは、なんて、チープな恋愛小説だろう。離れてから思い知るだなんて…)
「今だけの感情だろう」
「…そんなの、誰にもわからない。感情なんて移り変わるものだから。でも、私は今王様のことがこの世界で一番好きです。この好きが消えることなんてきっと有り得ない」
思いをありったけこめて王様の大きな手をぎゅっと握った。信じてもらいたい。もう諦められたままでなんかいたくない。そして、願いが叶うならば、もう一度私を愛して欲しい。今は、それ以外の何事も考えてはいなかった。
「…そなたが俺を愛さずとも望みは全て叶えてやる。この国の重責を背負わずとも、他の誰を愛そうとも、俺の手が届く場所にある限り、そなたを守り愛してやる」
「そんなものは、欲しくありません!私が欲しいのは貴方の隣に居てもいいという許しだけ…」
まだ、伝わらないのか。どれほどの言葉を尽くしても。王様を、彼自身を、私自身が欲しているというのに。王様に付随するものが欲しいわけじゃない。その権力が、その財力が、例えなくても、私は彼自身を好きでいる。だって、王様は、私を娼館から救い出してくれた。悪意の全てから守ろうとしてくれた。ただただ優しくしてくれた。私のたった一言でここまで来てくれた。
「…そうか。俺では、そなたには見合わんと思っていた。だから、俺がやれるものならば全て与えてやろうと思った。だが、そなたは、それだけでは足りぬと、俺を、俺自身をも望んでくれるのだな」
くしゃりと端正な顔立ちがほんの少し泣きそうに歪む。けれど、王様は決して涙を見せることなく、そのまま私の体を抱き寄せた。嬉しくて私の頬を熱いものが伝う。許されて、いると、思って良いのだろうか。この、王様の腕の中にいてもいいのだと。
「もう、離したりはせぬ。そなたが離れたがったとしても。他の男と、恋に落ちたとしても」
想像だけで王様の声に混ざる苦痛に、思わず笑ってしまう。そんなこときっと無いのに。
「笑うな。俺は本気だ。例え、そなたの自由を奪うことになろうとも、俺に縛り付けて離さない」
「王様。私はそのお言葉に甘えてもいいのですか?王様がそのおつもりならば、私は王様を私一人だけのものにしたいのですが」
「っ!あぁ、俺はもうずっと前から、そなただけのものだ」
ぎゅっと私を抱きしめる王様の腕に力が籠る。逃げる隙間もなく、頭のてっぺんから爪先まで王様に囚われている。それが嬉しい。私はただ望んで欲しかったんだ。国も、運命も、しがらみも、何もなく。はなから諦めたりせず、私に愛されたいと望んで欲しかった。
「王都に戻ろう。そなたの全てを、俺のものにしたい」
「はい。王様」