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何もかもすっ飛ばして頭を空っぽにして読むタイプの王子様




その夜、私と王様の間に何かあったのかと言えば、何もなかった。まるで、あの日の再現のようで、その後の結末は全く異なるものになった。あの日よりも出会ってから長く時間を過ごし、少しは仲良くなれたと思っていた。

王様に抵抗したのも、その口づけを受け入れたのも、たぶん、あの日よりもずっと王様のことを特別に思っていたからなのに。それでも、私と王様が結ばれることはない。神様の描いたシナリオは、私と王様の恋物語ではきっとないのだ。

出て行くと言った私を、王様は引き止めることなく、私は王城を去ることになった。ツェーリア様が何度も王様に止めるよう訴えてくれていたけれど何も変わりはしなかった。



(これじゃあまるで引き止めて欲しがってるみたい)



そんなことはない、とはなぜかどうしても言えなくて。けれど、出ていくと決めたのは自分自身だ。



「お世話になりました」



お城を出て行く日、私はお世話になった全ての人に頭を下げてお礼を言った。王様にも、挨拶をしに行ったけれど、結局もう会ってもらうことは出来なかった。



「レオ様」



最後に会ったツェーリア様は泣いていた。私のせいで、と泣く彼女に、私はそれは違うのだと告げる。それから、私は身の回りの世話をしてくれていたメイドさんに準備してもらった鞄を持って、馬車に乗り込んだ。他に必要なものは新居に用意されていると言う。向かう場所は、この王都から離れた港町。私が、海が見える場所に家が欲しいと言ったから、王様が準備してくれた。

身一つで追い出されたってきっとおかしくない。どうして、最後の最後まで、王様は私に優しくしてくれるのだろう。私には何も返すことは出来ないのに。


最後に謁見した日、王様は、私にお金を送ると言ってくれた。いらない、とは言えなかった。無一文の私には、王様の支援なしでは城を出ることすら出来ないのだ。それが申し訳なくて、けれど、まるで事務仕事のように淡々とそれらを告げる王様に、私はやっぱり悲しくなった。



「金は充分な額を送るつもりだが、足りないようであれば言え」


「は、い」



深く頭を下げる。一瞥もされずに謁見は終わった。私にとって王様は、気軽に会える人では、なくなった。


港町に用意されたお屋敷はとても広くて、何人もの使用人が既に雇われていた。崖の上に建つ屋敷は、どの部屋からでも海を一望できる。

この港町で、私は新しい運命の相手を探すことした。それが、私が神様に唯一与えられた使命であり、幸福になるための足がかりなのだから。






その日、私は、海を眺めながら散歩をしていた。

そして、あまりにも不自然な局地的な大波にさらわれた。

にも関わらず苦しみはない。目を開ければ、そこは水の中であって、呼吸ができるという不思議な空間だった。

そこで、川の底で出会った神様に再会した。

神様はあいも変わらず野暮ったい格好をしていて、無精髭を撫でている。



『君は、あの人間の王が、好きなんだね』



突然の再会にも関わらず、神様はそれだけを告げた。きっと、何から何まで知られているのだろう。



「…わかりません」


『素直じゃないなぁ。君、今自分がどんな顔してるか知ってる?あんまり、あの人間は俺の好みじゃないんだけど、まぁ、君が好きになったなら仕方ない。ヒーローは別に用意していたんだけど、でも、彼が君の運命だというのなら、俺のシナリオは不要だね。あとは全部、君が紡いでご覧。そして、俺に見せてよ。君の描くハッピーエンドを』


「でも、もう、私は…」



王様の元を去ってしまった。それに、王様の運命をねじ曲げてまで、彼を好きだとは、思わない。思ってはいない筈だ。



『言っただろう。ありとあらゆる困難を乗り越えてこその、ハッピーエンドだ。君が望めば、運命は変わる。まさに、君は俺の愛子だからね』



神様は眼鏡の奥の瞳を優しく細めて私を見る。



『まぁ、別に急がなくてもいいよ。あの人間の王でも、他の誰かでも、君と相思相愛になったなら、2人の結末はハッピーエンドだ。もう、俺の描いたシナリオはない。ヒーローも決まってはいない。けれど、忘れないでくれよ。俺は君を幸せにしたいんだ』



王様じゃなくても、いいのだ。



(けれど、私自身は?本当に王様じゃなくても、いいの?)



神様は、また言いたいことだけを告げると姿を消した。そして、私はまた海の波に体をさらわれた。






「…っはっはっはぁっ」



体をグイッと引っ張られ、重たい体を水の中から引き揚げられる。目を開けば、そこには、見知らぬ青年がいた。青年は荒い呼吸を繰り返しながら心配そうに私を覗き込んでいる。



「はぁっ、あ、目、覚めたんだな」



私も青年も全身が海水でびしょ濡れだ。たぶん、海に浸かっていた私をこの青年が助けてくれたのだろう。赤い髪から水滴が滴る青年は、ほっとしたように笑った。状況の把握に数秒を費やしてから、私はなんとか口を開いた。



「助けていただいたみたいで。ありがとうございます」


「いや、まぁ、目の前で溺れ死なれたら寝覚めが悪いしな」



若い。たぶん私とそう年齢の変わらなそうな青年はそう言ってにかっと笑った。私が散歩に出たのは昼前だったが、あたりは既に夕暮れ時のようだ。海に日が沈む直前。グズグスしていればすぐさま暗闇に包まれるだろう。



「あんたどこに住んでるんだ?家まで送るよ」


「あの崖の上の屋敷です」


「え…。マジかよ。じゃあ、あんた、もしかして、王都からやってきた神の愛子?なーんて」


「まぁ、そう言われてますね」


「えっ!?マジ!?」



こんな王都から離れた場所でもその噂が広まっているのか。青年と肩を並べて歩きながら、私はぼんやりとそんなことを考える。



「そっか…。そっかぁ…。なぁ、また今度、会えないか?聞きたいことがあるんだ」


「もちろん。大丈夫ですよ」



きっと、この青年に助けられなくとも、溺れたりはしていなかっただろうけれど、少なくとも彼が私を助けようとしてくれたのは確かだ。私としてもお礼をしたいと思っていたのでちょうど良い。



「ありがとう。じゃあ、またここに来るからさ」



屋敷の前に辿り着き、赤髪の青年はそれだけ言うと薄闇の中を颯爽と走っていってしまった。数日後、言葉通り彼は屋敷にやってきた。

いつの間にか、習慣と化してしまったお祈りを終えて、私はこの世界の言葉を家庭教師の先生に教えてもらう。話すことはできるけれど文字を読むことができなかったからだ。この家庭教師の先生も、私が望んだら王様が雇ってくれた。

先生に事情を説明して、今日の授業を切り上げると、私は赤髪の青年の待つ応接室に入った。



「お待たせしてごめんなさい」


「いや、大して待ってないよ。それより、ちょっと外に出れないか?」



屋敷の中では出来ない話なのだろうか?私は不思議に思いながらも彼と共に屋敷を出て、海までの坂道を下る。



「悪いな。せっかくお茶の準備してもらってたのに。また後でご馳走になるから」



少しでもお礼になればとお菓子を焼いてもらっていたことをどうやら彼は気付いていたらしい。頷きながらさらに疑問が増えた。



(そんなにも急いで聞きたい人に聞かれたくない話ってなんだろう?)



海にたどり着く。人影はなく港町の喧騒は遠く小さい。



「そういえば、名乗ってもなかったな。俺はアーサー。あんたは?」


「レオです」


「レオ、か。そういえば、俺に敬語はいらねぇよ。年も大して変わらなそうだし」


「わかった。改めて、昨日は助けてくれてありがとう。アーサー」



そういえば、敬語ではなく話すのが久しぶりなことに気付いた。私がこの世界で仲良くなった2人は身分が高すぎて、タメ口で話すような相手ではなかったし。なんだかくすぐったいような。そんな気持ちになる。



「いいっていいって。それよりさ、レオは、国王陛下の婚約者と会ったこと、ある?」


「え…?」



思ってもいなかった問いに私は間の抜けた返事をしてしまう。王様の婚約者といえば、ツェーリア様だ。



「ツェーリア様?会ったことあるっていうか、仲良くしてもらっていたけど」


「そ、そうか!なら、アイツ幸せそうだったか?」



私の返答にアーサーは勢いこんで質問を続ける。その言葉に私は違和感を抱いた。



(アイツ?)



ツェーリア様のことをアイツ呼ばわりする人間がこの世界に何人いるだろうか。それに…。



「なんで、そんなことを聞くの?ツェーリア様が幸せじゃないかもなんて、普通思うものかしら?」



だって、ツェーリア様が不幸せだなんて、普通思う人っているのだろうか?ギンベル公爵家の令嬢にして、国民に尊敬される国王陛下の婚約者であるツェーリア様。羨望の眼差しを向けられる事はあれどその逆があるとは思えない。アーサーはもしかしてツェーリア様が結婚を望んでいないことを知っているほど、ツェーリア様と親しいのだろうか?



「えっ?いや、もちろん、幸せだと思うよ。思うけど…嫌な噂も聞くし」



歯切れの悪いアーサーの言葉に私は首を傾げた。



「気になるんだ。俺、ツェーリア、様とは、昔馴染みだから」


「そうなんだ。ツェーリア様は…」



幸せ、だっただろうか?たぶん、違う、だろう。だって、ツェーリア様には好きな人が他にいて、好きではない王様と結婚しないといけないのだから。それに、ツェーリア様に対する王様の態度はとてもではないが優しいとは思えなかった。その理由が、もし私が居たから、ならば、今はもうあんな態度をされてはいないと思うが。そう考えれば、私はツェーリア様にとって疫病神だったのかもしれない。



「どうだろう。私にはわからないけれど、…もし、幸せそうじゃなかったと言ったら、アーサーはどうするの?」


「っ!そ、うか。いや、…別に、どうも出来ないさ。俺には、まだ」



最後の一言は聞き取れなかったが、その表情に答えは書かれているようなものだと思った。己の不甲斐なさを悔やむような、けれど、それを変えようとする燃え上がるような決意の表情。それを見た瞬間、私はもしやと思っていたことに、なんとなく確信を得た気持ちになった。



("アーサー"って、もしかして…)



「レオは、なんで王都からここにやってきたんだ?」


「私は、まぁ、王様に愛想尽かされた、だけだよ」


「はぁっ?うそこけ!それなら、なんであんな立派なお屋敷与えられてんだよ!しかも、使用人までつけられておいて!?」


「うるさ…。なんで、アーサーがそんなに全力で否定するのよ」



あまりの声の大きさにびっくりする。アーサーの反応は、まるで、私が王様に愛想を尽かされていたら困るとでも言いたげである。



「アーサーは、私が王様に愛想尽かされてたら困ることでもあるの?」


「いや、別にないって。けど、だって、レオは神の愛子なんだろ?今、国中がレオと国王陛下の噂で持ちきりだぜ?結婚も秒読みかって」


「…ねぇ、アーサーもしかして、私をだしにツェーリア様を王様から奪おうとか考えてない?」


「…なに言ってんだよ。そんなわけ、ないだろう。俺と、ツェーリア、様じゃ、身分が釣り合わない。そもそも、ツェーリア様と俺はそんな仲じゃ」



アーサーに告げても良いものか、迷う。アーサーがもし本当にツェーリア様の想い人であったならば、ツェーリア様はそれを想い人に伝えて欲しいと望むような気がした。それにたとえ、私の愚かな勘違いだったとしても、それならそれでアーサーになにが出来るわけでもないだろう。ツェーリア様はこの国の唯一無二の王妃様になる人なのだから。それに、私たち以外ここには誰もいないし、アーサーにツェーリア様を害するような気持ちがあるようにはどうしても見えなかった。



「ツェーリア様、言ってたよ。心に決めた人がいるんだって。だから、王様と結婚したくないって」


「っ!!」



アーサーの榛色の瞳が大きく見開かれた。そして、慌てたようにその表情を腕で覆って隠そうとした。



「ツェーリア様の心に決めた人って、アーサーなんじゃないの?」


「ちがっ」



わかりやすいほどにわかりやすいアーサーの顔は真っ赤に染まっていた。そんなにチョロくて、あの王様からツェーリア様を奪うなんて出来るとは思えないけど。



「違うって言うなら追求はしないけど。一応言っておくと、王様からしたら私にはもう何の価値もないよ。だから、交渉材料とかにはならないからね」


「ばっ!なに言ってるんだよ!」


「一応、一応だってば」



怒った顔をしたアーサーに私は少しだけ焦る。



「自分に価値ないとか、言うなよ。そもそも、交渉材料ってなんだよ…」


「そんなこと言ってないよ。王様にとってはってだけで」


「…そうとは思えねぇけど。普通、好きじゃなくなったやつにそこまでするか?」


「お屋敷とかお金のこと?王様は優しい人なだけだよ」


「誰に対してもそんなことしてたら国は破綻するんだよ」



そう、言われて、もしかしたらまだ王様に愛されているかもと考えたら、嬉しくなってしまう自分がいた。

自分勝手にも程がある。

けれど、やっぱり、私の心の中の王様の存在感はまだあまりにも大きい。どれほど経てば忘れられるのだろう。



「アーサーは、ツェーリア様とはどのくらい会ってないの?」


「唐突だな。王様が即位する前だから4年前が最後だな。すぐに二人は結婚すると思ってたんだがな、何故かそうはなってねぇ」


「アーサーは2人が結婚したら諦めるの?」


「…そりゃあな、流石にそうなっちまったらもう、俺の入り込む余地はないだろ」


「あれ?認めるの?アーサーがツェーリア様の想い人だって」



そういえば、さっき聞いた時は否定していたのに。



「ツェーリアが、それを言ってるってことは、レオのこと信用してるからだろ。なら、俺もそうすることにしただけだよ」



そう言って、アーサーは笑った。そうか、アーサーはツェーリア様が信用してくれた私だから打ち明ける事にしたんだ。それはどれだけ離れても、どれだけの時間が経とうとも揺らぐことのない信頼関係。

私は王様とツェーリア様が結婚したら王様のことを諦められるだろうか。



「本当はもう、諦めたほうが良いんじゃないかって思ってた。けどさ、ツェーリアが俺のことそんな風に言ってくれてたって、今レオから聞いたから、やっぱり諦めなくて良かったって思った。だから、ありがとな」



私は首を振る。私がお礼を言われるようなことなんてない。私は、ツェーリア様を望まぬ結婚から解放することは出来なかった。そして、自分の都合で、1人だけ王城から逃げたんだ。ツェーリア様は逃げたくても逃げられないのに。



「…でも、2人が結婚したら、諦めるんでしょう?」


「あぁ」


「良いの?」


「だから、まだ諦めねぇよ。ツェーリアは遠いけど、まだ届かないほど、遠いわけじゃねぇ。それに、神の愛子であるレオとこうして会えたわけだし。レオには俺とツェーリアのために頑張ってほしいんだけどなぁ」


「…もう無理だよ。私から王様のこと遠ざけたんだから。今更戻りたいなんて、虫が良すぎる」


「なんだ。レオも王様のもとに戻りたいのかよ。なら、そんなこと気にすんなよ。王様は、レオのこと、たぶんまだめちゃくちゃ好きだぜ」


「どうしてそんなことアーサーがわかるの?」


「何でって、気付いてねぇのかよ…。こりゃ王様も苦労するわ」



呆れた顔でそんなことをアーサーは言う。何かを知ってるようなことを言うくせに、その根拠は教えてはくれなかった。

お屋敷とか、お金とか、プレゼントだとか、確かに王様は今でも、私のことを養ってくれているけれど、でもそれはきっと義務感とか、そう言うものからだと思う。私のことが好きだからなんて、普通に考えたらあり得ない。だって、王様は私に会いに来てくれないし、お手紙さえくれないし、王城を出るときに最後の挨拶だってさせてはくれなかった。



(我ながら、わがままだ)



「そんな、国王陛下の色や紋章だらけの服やアクセ付けてよく言うぜ。独占欲丸出し」


「え、なんて?」


「なんでもねぇよ」



小さなアーサーの囁きが聞き取れなくて、私は何度も尋ねるけれど、結局やはりアーサーはなにも教えてはくれなかった。



「ま、金も貰ってるみたいだから、贈られたもんそのまんま身に付けてるレオも大概だけど」


「だから、なんて?」


「言っても良いけど、そしたらあんた俺に協力してくれる?ツェーリアと俺のために王様のこと独占してくれよ」


「そ、その作戦は失敗したのよ。だから、私はここに来てるわけだし。協力はするけど、王様に私が働きかけても無駄だから」


「だから、無駄じゃないと思うんだけど」


「他のことなら協力するから!」



王様のことを思えば、協力すると言ってしまって良いのか、悩むところだけれど、ツェーリア様のためを思えば、私としては協力したいという思いが先に来る。ツェーリア様ほど完璧でなくとも、王様ならいくらでも素敵なご令嬢がお嫁さんに来てくれるだろう。何故かほんの少し胸が痛んだが、気にしないようにする。



「ま、王様のこと誘惑する気になったら、もう一回聞いてくれ。それより、そろそろ腹も減ったし、レオの屋敷でお菓子でも頂こうかね」



アーサーはクスクスと笑いながら、屋敷への坂道を登り始めた。それに並びながら私はアーサーを見上げる。ツェーリア様の想い人は、王様とは比べものにならないくらい普通だけれど、それでも、ツェーリア様がアーサーに惹かれる理由がなんとなくわかった。まっすぐでキラキラしていて正義感が強くてほんの少し意地悪で、たぶんツェーリア様の身近にはあまりいないタイプの。



「俺に惚れても良いことないよ?」



榛色の瞳をほんの少し眇めてアーサーが私を見下ろした。心の内を読まれたような気がしてびっくりする。



「そういうとこが、良い奴って思ってしまうんだけど。わかってるわよ。だって、アーサーはツェーリア様に夢中だもの」


「ま、レオも王様に夢中だから、おあいこだな」


「私は、…そうかな。王様のこと、好きなのかな?」


「さぁね。そんなこと俺に聞かれてもわからないよ」


「今、私が王様に夢中だって言ったくせに」


「本心なんて、自分にしかわかんないだろ」


「私の本心は、自分でもわからないのに。私はどうしたらいいんだろう」


「もう一度、王様に会ってみたら?そしたら、わかることがあるかもよ」


「わかっても、もう遅いのに?」


「王様のこと本気で忘れたいなら、俺以外の男を好きになったら?友達くらいなら紹介するぜ」



もとよりそのつもりだった。他に好きな人を探すためにここに来たのに。思い出すのは王様のことばかりで。アーサーが紹介してくれるという友達にもかけらも興味が持てない。私ははぐらかすように質問を口にした。



「その人優しい?」


「まぁ、普通には。何かあれば命がけで守ってはくれるだろうさ」


「それってめちゃくちゃ優しくない?」


「そうか?普通だろ」


「かっこいい?」


「それは保障しかねるな」


「なにそれ」



アーサーと軽口を言い合いながら、屋敷に戻った。お屋敷のみんなが出迎えてくれる中2人で応接室に入る。準備してもらった美味しいお菓子と紅茶を頂いて、私は久々に心の底から笑っていた。



「アーサーが、あの人のこと、好きじゃなかったら、私きっとアーサーに溺れてたよ」


「それは、無理な話だな。俺は5つの時からあの人一筋だから」



心からの言葉ではないから、アーサーも笑ってそんな風に返してくれる。出会ったばかりだというのに、アーサーとの心地よい時間はあっという間に過ぎていく。アーサーは別れ際にもう何度目かの言葉を言う。



「レオ、後悔したくないなら、早く行動しろよ」


「アーサーは後悔してるの?」


「そうだよ。今更な。だから、レオには忠告しといてやる。それに、レオが王様とくっついてくれりゃ、俺の方もやりやすくなるしな」


「他力本願だよそれ。でも、…ありがとう」



この世界での2人目の友人の、茶化すようなけれど本心からのそのセリフに、私はようやく頷くことができた。



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