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人を穿ちてモノノケ語り  作者: 下鴨哲生
来栖旅館の陰摩羅鬼
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七の幕

 二階での作業を終え、我々は旅館の一階へと降りてきた。

「あの、鴨ノ川さん」

「桃狸でいいよ」

「えっ、あっ、えっと……桃狸さん」

「ん?」

 木がミシミシと音を立てる廊下でさくらは私に話しかけた。


「桃狸さんって……狸……なんですよね」

 私はさくらの方へ顔を向けた。

「また見たいの?」

「い、いえ……」

 さくらがたじろいだのを見て、私は少し微笑んだ。

「その通り! 我こそは、七十二(なじゅうに)年の時を生きる新進気鋭(しんしんきえい)の化け狸なり! ってね」

 私が七十二年生きているというところにさくらは驚きを示していた。

 何故、化け狸である私が柊旭と共にいるのかと思われる方もいるだろうが、それはまだ語るべき時ではない。


「じゃ、じゃあ、もしかして旭さんも……」

 我々と少し離れたところを歩いている旭を見ながら、さくらはつぶやいた。

 具体的に旭がどうであるのかは言っていないが、話の流れから大体のことはわかる。つまり「旭も妖怪の(たぐい)なのか」と聞きたいのだろう。


「大丈夫。旭は人間だよ」

 さくらはほっとした。

百五十(ひゃくごじゅう)年生きてるけどね」

「ひゃく……!?」

 さくらは驚愕(きょうがく)した。


「えっ!?でも……えっ!?」

 さくらが驚くのも無理はない。

 旭が百五十年生きているというのは事実である。実際には百五十一(ひゃくごじゅういち)年であるが、彼はどう見ても、百五十一年生きたご老体には見えない。

 

 それは何故か。


「呪いだよ」


 私は包み隠さず旭の秘密をさくらに打ち明けた。


「モノノケを撃つことができる狼の銃。そんなものは本来、人間の使うものではない。それを使うためには、アヤカシと等しい存在になれる呪いをその身に受けるしかなかったってことさ」

「不老の呪いってことですか……」

 私はさくらの言葉を受けて、大きくうなずいた。

「旭のここ。紅いでしょ」

 私は自分の横髪を触りながら言った。

 旭はくせ毛の長髪である。(ゆえ)に、横髪も長い。そしてその横髪は血のような紅い色で染まっている。彼の髪は基本が黒であるために、その紅い髪はなおさら際立(きわだ)ってしまっていた。


「あれね、どうやっても落ちないんだよ」

「落ちない?」

「うん。どれだけ黒に染めようとしても染まらない。ハサミで切ろうとしても切れない。呪いを受けたものは、体の一部分が紅くなるんだ。旭の場合は髪の毛がね」

 これが、旭がモノノケを(はら)う力の代償に背負っている呪いである。

 

 彼はこの呪いを「狼の呪い」と称した。狼の呪いには不明な点が多い。その呪いの根源(こんげん)起源(きげん)、銃がモノノケが生まれた要因を求めるのは何故なのか。それは未だにわかっていない。


「そんなもの……どうして……」

「どうして、そんな呪いをわざわざ受けたのかって?」

 私はさくらの気持ちを代弁した。

「それは……分からんよ。あいつは過去のことはあんまり話さない。俺も一介の狸であるから、そんな事を気にする事もない。ただ面白く生きれれば良いと願う、腐れ狸だからね。そういう関係で俺達はうまくやっているのさ」

 その時、私の話を聞いたさくらが、どこか悲しそうな顔をした事を、私はよく覚えている。


「相沢さん」


 前方にいた旭が立ち止まった。その場所は、俺達がいる本館と客室棟を結ぶ連絡通路への入り口。

 旭は客室棟の方をじっと見ながら、さくらの名前を呼んだ。


 名前を呼ばれたさくらはいきなり呼ばれた反動で「ひゃい」と不思議な返事をして、旭へと近づいていった。

「死体が見つかったのは客室でしたね」

「はい。一〇五号室で発見して、その後は女将と山田さんが遺体をどこかに運んだそうです」

 さくらの言葉を聞いた旭は客室棟を見ながら目を細める。そして、意をを決したように腕を上げると、連絡通路の入り口の左右に自分の持っていた御札を手早く貼った。


「おい旭、客室棟の方に貼りにいかなくていいのか?」

 私も二人へと近づいていき、旭に尋ねる。

「恐らく、向こうはすでに、モノノケの領分だ」

 彼は言った。


 その言葉を聞いて、私もさくらと共に客室棟のほうを見る。

 見ても、その先に何かが見えるというわけではない。しかし不思議なもので「モノノケの領分」と言われれば、その場所は何故か不気味に思えてしまう。


 そしてその瞬間、我々はあの鳴き声を聞いた。


 キョエェェェエェェェェェェ!


 何かの生き物と思われる声と共に、客室棟の方から俺達のもとへ突風が吹いた。

 風に触れた瞬間、断片的な映像が頭の中に流れ込んでくる。


 薄暗い部屋の中で泣く女。

 

 笑う男。


 それに……青い……鳥?


「これは……」

 旭はその突風を体で感じながら、目を見開いた。恐らく、私と同じモノを旭も見たのだろう。

「おい、これ……なんだ?」

 私は旭に問いかけた。旭は眉間にしわを寄せ、眼光を鋭くする。

「何かを……伝えたいのか……」

 旭は私の問いかけに対して答えたように見えた。だが、違う。

 彼が言葉は、ここに巣食うモノノケへの言葉。その時私は、彼が少し笑ったように見えた。

 


「まただ……また鳥の鳴き声……」

 旭にしがみつき、震えた声でさくらがつぶやいた。

「また? ……前にも、似たような鳴き声を聞いたのかい?」

 旭は彼女の目をまっすぐ見ながら問いかける。しかし、当人のさくらは今起きたことへの恐怖で軽いパニックを起こしていた。


 旭はそんな彼女の肩に手を置き、さくらの目をまっすぐ見る。自分を見る旭を同じくさくらも見つめ返した。

「大丈夫。落ち着いて。君のことは俺が守る。だからそのために、その時の事を詳しく教えてくれないかい?」

 旭の声は優しく、それでいて強い。


 そんな旭の声を聞いて、さくらも徐々に落ち着きを取り戻してきた。

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