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人を穿ちてモノノケ語り  作者: 下鴨哲生
来栖旅館の陰摩羅鬼
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五の幕

「冗談じゃないわ! そんなホラ話に付き合って殺されてたまるもんですか! アヤカシだのモノノケだの……そんな……」

 女将の怒号はどこか弱々しく感じられた。モノノケの存在を感じつつも、それを認めるわけにはいかない。そんな気持ちが見て取れるようだ。


「あなた方はすでにモノノケの片鱗(へんりん)を体験したはずです。それに、普通はお客やら、従業員やら、もっと人がいてもいいはずです。それなのに、この旅館にあなたがたしかいないのは」


――何故?


 旭の言葉に空気が凍りついたのを私は肌で感じた。

 ここにいる人達は、何かを知っている。何かを隠している。それは、私から見ても明らかであった。


 旭は大きく息を吸った、

「それに、モノノケの存在は証明できなくても、アヤカシがこの世にいるということなら、今すぐ証明できます。ね? 桃狸(とうり)君」

 旭はまるでいたずらっ子のような笑顔を私に向けてくる。その笑顔を見て、私はあからさまに嫌な顔をしてみせた。

「見せなきゃダメ?」

「ダメ」

「そんな軽く見せちゃだめなんだぜ?」

「それは君の世界の道理だ」

「まったく、これだから人間は」

 私は諦めた。


 私は勢いよくテーブルに飛び乗り、一同に向けて仁王立ちしてみせる。腕を組み、顎を反らせ、渾身(こんしん)のドヤ顔を見せる。

 

 我こそは百戦錬磨の武神なり!


 とでも言ってやりたいが、さすがに雰囲気に合わなくなるのでやめておこう。

「さてさて、ご着席の紳士淑女諸君! ここからは、よそ見禁止の(まばた)き禁止。是非是非その目に焼き付けよ! これが我が身の正体なり!」

 今思えば、これも雰囲気にあっていなかったと思う。だが、私はこういう時にも面白きを忘れない阿呆であったため、まぁしょうがない。


 私はくるりと身を(ひるがえ)し、我が周りには薫風(くんぷう)が吹き荒れた。


     ○


 ここまで読者諸君には黙っていたことがある。


 実は私は人間ではない。


 テーブルの上に立っていた男は、またたく間に消滅し、一同の目の前に残っているのはちんちくりんな茶色い毛玉。


 私の正体は、(たぬき)である。

 

 今まで私は読者諸君に伝わりやすいようにできるだけ丁寧に……たぶん丁寧にこの物語を(つづ)ってきた。

 しかし本来、狸は自由気ままで、|面白きことに目がない生き物である。

 雑食性だし。それは関係ないか。


 私のありのままの姿を見た一同は、面白いくらいに色々な反応を示した。

 軽く叫声(きょうせい)を上げた者、戸惑う者、目の前の出来事を理解できずに固まるもの。

 まったくもって面白い。

「そんなに驚かなくてもいいじゃないですか。俺だって、この世に生きる生き物なんですぜ」

 私が声を発したせいで、この場は更に混乱を(きわめ)めた。そんなに驚くことかな。


 私は毛玉の姿のまま、旭の肩に飛び乗り首に巻き付いた。

「暑いよ、桃色だぬき」

「知るか。お前のせいだ。それに誰が桃色だ」

「じゃあピンクだぬき」

「変わってないではないか」

 誤解がないように言っておくが、私の毛並みは茶色もしくは薄茶色である。


「なんなのよソレ!」

 翠が叫んだ。

 ソレとはなんだソレとは。私は喉から出そうなその言葉をぐっと飲み込んだ。

「コレは狸ですよ。古来(こらい)より、狸は人を化かし、時に人に化け、時代を気ままに面白く生きてきました。桃狸くんはその中の一人……いや、一匹。ただそれだけです」

 おい旭、コレとはなんだコレとは。

「おい旭、コレとはなんだコレとは」

 私は旭に対しては、言葉を飲み込むことはしない。

 旭は私の言葉を聞いても、ただ笑うばかりで、挙げ句の果てに私の顔に向かって勢いよく息を吹きかけた。コノヤロ。


「狸を妖怪と称するのは少し違いますが、この世の摩訶不思議なこと、ひいては、アヤカシを証明することにおいて、コレ以上に説得力があるものは他にない」


 あ、またコレって言いやがった。

 私は今一度人間へと立ち戻り、旭の肩にパンチをお見舞いした。


    ○


 しばらく間をおいて、一同の驚きも薄れてきた頃。

「それでは、ここで何があったのか。一つ残らず聞かせていただきたい」

 旭はあらたまってお願いをした。私の存在があってのことか、モノノケの存在を否定しようとする者は誰もいない。

 しかし、だからといって素直に何かを話そうと思う者もいないようだった。


 少しの間、大広間に沈黙が流れる。やがて、耐えきれなくなった一人が口を開いた。

 それは、今まで半べそをかいていた仲居の翠だった。

「人が……」

「翠っ!」

「人が死んだんです!」

 女将の制止を振り切って、翠は叫んだ。他の人達も何かしら反応を示している。これは恐らく、事実であろう。


「やはり、もう殺されていたか」

 旭は予想していたという意味を含みながら言葉を発した。

「やはり、亡くなっていた女の無念が今回のモノノケを生んだということか」

 吉勝が旭をまっすぐ見て聞いた。なかなかいいところをついている。

 モノノケが生まれるには要因があり、その多くは恨みつらみによるものが多い。だとすれば、"殺された女の無念"というのは十分要因となりうるだろう。

 

 だが、我が友人の見立てはどうやら違うようだった。

 私が横を向いた時、旭は眉間にシワを寄せ、テーブルをただ見つめていた。

「いや……おそらくその人を殺したのはモノノケでしょう。この旅館にいるモノは、そんな生まれて間もないものとは思えません。もっと前からこの旅館に巣喰っていたものが何かのきっかけで動き出した。そう思えてならないのです」

 旭はそう言い切り、目の前をまっすぐ見据えた。その眼光は鋭く、かつ哀れみを帯びた目であった。


「モノノケを生んだ理由が他にある……と」

「はい。それも……ここに残った皆様に関係がある出来事でしょうね」

 吉勝のつぶやきに対して、旭が答えた。その瞬間、一同が一斉に顔を見合わせ始める。モノノケを生んだ当事者達に、その要因の自覚があるのかどうかはまだわからない。


 だが、必ずここにいる誰かが知っている。

 これは以前、旭が言っていたことだが、モノノケにはモノノケの意図があり、モノノケは必ず、自らの要因に関係がある人に近づこうとする。

 その道理に従うのであれば、ここに残された人物達は少なからずその要因に関係がある者達であるということだ。


「一つだけ、ここに来てから気になっていることがあります」

 旭は指を一本立てて見せる。

「天井が低いんです」

「天井……?」

 さくらは旭の言葉を繰り返し、天井を見上げた。

「この建物の高さは、旅館のつくりと比べて少し高い。天井の高さから見て、三階か、少なくとも屋根裏部屋があるはずです。しかし、この旅館は二階までしかない。隠された階層はどこにあるんでしょうか」


 旭の言葉に、答えられる人及び答えた人はいなかった。

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