四の幕
「ここにいるのは、女将の来栖洋子さん。主人の来栖吉勝さん。大旦那の来栖公三さんに板前の小山謙さん。番頭の山田浩二さん。仲居の深田翠さん。そして……同じく仲居の相沢さくらさん。以上七名……って多いな」
私はこの場にいる全員を一人ひとり確認した。大切なことではあるが、すこし面倒である。
さくらの案内により、我々は大広間に案内された。大きな長テーブルの端、いわゆるお誕生日席というやつに、二人並んで我々は座っている。ちなみに、私はあぐらをかき、旭は正座だ。
このテーブルは宴会用である。故に、テーブルは大きく、当人たちは反対側の端に寄っているため、我々とは微妙な距離感が生まれていた。
「もう少しバランスよく座りませんか?」
私はここにいる人達へ提案した。しかし、ただざわざわとするだけで、何一つとして返答が帰ってこない。やがて、彼らの視線は偉そうな威厳を持った女将へと向けられる。
視線を受けた女将はすこし戸惑いながらも、次の瞬間にはキッと睨みを効かせながらこちらを向いた。
「あんた達が信用出来ないのよ。こんな状況でしれっと入ってきたあんた達を信用できるわけがない。あんた達は誰? 目的は何?」
「いやでも、女将様……もし、この方々が普通のお客さんだったら……」
「お黙り山田!」
万が一を心配した山田は女将の一声によって押し黙った。その様子を見て、他の従業員達も寡黙になる。
しかしまたこの人達は……我々が本当に宿泊客だったらどうするつもりなのか。まぁ、普通の宿泊客ではないため、その考えも杞憂ではあるのだが。
我々の目的を話すのであれば、私の口からではなく彼の方が適任であろう。
私は隣にいる友人に視線を送り、また彼も視線で了承した。
「さて、目的……でありますか」
旭は不気味かつ優しげな微笑みを含ませながら話し始めた。この瞬間、この大広間に少し冷ややかな戦慄が走る。
我が友人の柊旭という男は、いつも落ち着いていて、人の好さそうな雰囲気を醸し出しているが、このことを話し始めるときだけいつも雰囲気が変わる。これは恐らく、彼の悪い癖のひとつなのだと私は理解した。そして、その癖が披露されるこの瞬間を、私は何故か気に入っている。
「なに笑ってるのよ……気味悪いわね……早く言いなさいって!」
「いやぁ、申し訳ない。こういう時にどうも笑ってしまうようで。それで……私がここに来たのは」
旭はここで少し深呼吸した。
「撃つためです。モノノケをね」
旭の言葉はここにいる者たちの心を撃ち抜いた。たぶん、悪い意味で。
○
「モノノケ……ですか?」
旭の言葉を聞き返したのは、意外にもさくらであった。
「はい。モノノケです。この世ならざるモノの中で最も厄介な類の、モノです。その多くが人に害をなし、時に人の命までをも奪う。俺はソレを撃たねばなりません。それが、俺の本分ですから」
彼はそう言いながら、自分の懐から細長い塊を取り出し、机に置いた。一同の視線がその塊に集中する。
旭が取り出したのは銃身が少し長いアンティークピストル。そしてそのアンティークピストルには銃身を喰らうように銀の狼の装飾がなされていた。
「きれい……」
「ありがとう。相沢さん」
旭は言葉を返し、さくらは少し頬を染めた。
「きれい……じゃないだろ! そんな物騒なもん持ちやがって! それでなんだ……? モノノケ……? そんなもんを誰が信じるって言うんだ。百歩譲ってそんなものがいたとしても、だったら早く、その銃でモノノケを撃てばいいじゃないか」
机をバンッ!と叩きながら、小山が叫んだ。
まぁ……そうですよね。誰がこんな話を鵜呑みにするものか。
一同が小山の言葉にざわざわとし始める中、旭はしばらく黙っていた。
が……しびれを切らして目の前の銃を対面にいる大旦那へ構えた。
その様子はまるで獲物を狙う狩人のごとく。
旭が銃を構えたことに、驚かなかった者はいない。しかし、それを阻止するより先に、彼は無情にも引き金を引いた。
〇
――カチンッ
予想していなかったであろう撃鉄の間抜けな音が大広間に響く。
私は思わず「あちゃ~」とつぶやきながら頭を抱えた。
旭が引き金を引いた瞬間、一同はそれぞれがそれぞれの反応を示していた。のけぞる者、身を伏せるもの、ただ驚き一つも動けなかった者。そして、銃を向けられた当人である大旦那は、目を見開き口を縦長に開いて固まっていた。
「この通り、この銃には弾が入っていません。ついでに言えば、弾を入れるとこすらありません」
旭は銃をテーブルに戻し、話を続ける。
「この銃を使うためには、こいつに聞かせなければならないんです。ここに巣食うモノノケが、いったい何をもってこの世に生まれたのか。いったい何のために生まれたのかを」
旭の話を一同はただ聞いていた。そして、話がひと段落した時、さくらが小さく手を上げる。それを見て「はい、相沢さん」と旭は質問を促した。
「モノノケが何故生まれたのかって事は、モノノケって最初はいなかったってことですよね。もともといるものではないってことなんですか?」
「あぁ〜それな。相沢さんが考えているのは多分アヤカシとか妖怪って呼ばれるモノのこと。モノノケってのはそれとはちょっと違うんだ」
さくらの質問を聞いて、私は思わず旭への質問を横取りしてしまった。旭は私のほうを向いて「信じられない」とでも言いたげな顔をしている。
私はそんな旭に軽く謝罪し、あとは彼に説明を任せた。
旭は再びシュッとした顔に戻ると、質問の答えを返し始める。
「コレの言うとおりです。モノノケとは人に害をなすもの。しかし、根本的に人を傷つけるのはいつだって人です。人には感情があり、情念があり、そこには執念が存在する」
「執念……ですか」
「はい。アヤカシ達がそこに喰らいつき、絡みつき、この世にモノノケが生まれる。つまり、モノノケには生まれる要因があり、ソレが生まれた要因を突き止めなければ、この銃を使うことはできないのです」
旭は依然、真剣な面持ちのままであった。
「じゃあ、その真相を突き止められなければ……俺達はどうなる」
腕を組み、ただ黙って話を聞いていた吉勝がここに来て初めて口を開いた。
「どうなるかはモノノケそれぞれによって異なりますが、最悪の場合……」
旭の言葉に一同は耳を傾けていた。しかし、その次に出る言葉は、一同には到底受け入れ難く、痛烈なものである。
「取り殺されるでしょうね。ここにいる全員が」
我が友人は、歯に衣きせず、全てを簡潔に言い放った。